【死なすもんか】男「自殺するっていうなら、その前に僕に抱かれませんか?」。自殺をキッカケに距離を縮める男と女。ところが突然、男が不可解な質問を・・・そして、男の口から本当の目的があきらかに・・・・

男「靴脱いでるし、これから飛び降りるんですよね?」

 

女「おっしゃるとおり、飛び降りようとしてましたけど。
なんですかあなた?」

 

男「よかったあ!」

 

女「はい?」

 

男「だって自殺するんですよね、ここから飛び降りるってことは」

 

女「そうですが」

 

男「自殺するっていうなら、その前に僕に抱かれませんか?」

 

女「はい?」

 

男「なかなか出会えないんですよね、これから死ぬって人に」

 

女「……」

 

男「しかも僕は運がいい。こんな美人とめぐり会えるなんて」

 

女「あの、飛び降りていいですか?」

 

男「僕の話、聞いてたでしょう?」

 

女「ええ。エッチがどうとか言ってましたね」

 

男「フッ、そうです。僕の目的はただその一点のみです」

 

男「安心してください」

 

男「あなたの自殺を止める気なんて、僕にはこれっぽっちもありませんよ」

 

女「帰ってもらっていいですか?」

 

男「僕に帰る場所はありません。あるとしたら、あなたの胸の中だけだ」

 

女「もう飛び降りていいですか?」

 

男「どうして!?」

 

女「ご自分の胸に聞いてください」

 

男「いいでしょう。あなたを止める資格は、僕にはない」

 

男「ただ、ひとつだけ聞かせてもらってもいいですか?」

 

女「ひとつだけですよ」

 

男「三日前って白のパンティー履いてました?」

 

女「……はい?」

 

男「『なぜ見ず知らずの男が、わたしの履いているパンティーの色を知っている?』」

 

男「そんな顔をしてますね」

 

女「あなた、なんなんですか」

 

男「フッ、どこにでもいる素人童貞ですよ」

 

女「それは聞いてません」

 

男「なぜ僕があなたのパンティーについて知っているのか」

 

男「簡単ですよ。あなたはここ一週間、このマンションの屋上から飛び降りようとしていた」

 

男「そうですね?」

 

女「一週間も前から、わたしのことを見ていたんですか」

 

男「正確にはあなたではなく、あなたのスカートの中を、ですがね」

 

男「あなたは飛び降り自殺を実行しようとしていた」

 

男「しかし、いつもギリギリでやめてしまいますね」

 

女「……」

 

男「いやあ、一週間前にこのマンションを見上げたときは驚きましたよ」

 

男「『あっ、パンツだ!』って」

 

女「パンツだったんですか、真っ先にあなたの目に飛びこんできたのは」

 

男「そりゃそうでしょう」

 

男「なかなかないんですからね。パンチラに出会う機会って」

 

女「あなた、これから死ぬ人間によくそんなことを言えますね」

 

男「逆ですよ。口なしになる人にだからこそ、思ったことをぶっちゃけてるんですよ」

 

女「で、抱かせてくれ、ですか?」

 

男「フッ、なんなら僕が抱かれてもいいですよ」

 

女「けっこうです」

 

男「うーむ。どうも、あなたは難しい人間のようですね」

 

女「わたしはいたって普通です。おかしいのはあなたでしょう。
死後の世界にだって、初対面で抱かせてくれる人なんていませんよ」

 

男「たしかに。いきなりすぎましたね」

 

女「わかってもらえたならいいです。それじゃあさよなら」

 

男「なんでまた飛び降りようとしてるんですか」

 

女「死ぬからです」

 

男「待ってくださいよ。まだ抱いてないんですから」

 

女「あなたに抱かれるつもりはありません」

 

男「今は、でしょう?」

 

女「一生です」

 

男「だから一生を終わらせようとしないで。僕の話、まだ終わってません」

 

男「実はどうしても聞きたいことがあったんですよ」

 

女「なんですか?」

 

男「なぜ今日はスカートじゃないんですか?」

 

女「なにが言いたいんですか?」

 

男「フッ、この建物の下から空を見あげるとね、見えるんですよ」

 

男「太陽よりもまぶしいもの。あなたのパンツがね」

 

女「あなた、どんだけパンツ好きなんですか」

 

男「最近の僕にとっての一番の楽しみだったんですよ。それなのに、どうして……!?」

 

女「べつに。今日はスカートの気分じゃなかっただけです」

 

男「たまたまスカートじゃなかった、そういうことですか?」

 

女「そう言ってるでしょう」

 

男「じゃあ今からスカートに着替えてきてもらっていいですか?」

 

女「そんな暇があるなら、さっさと死にます」

 

男「なぜそんなに死に急ぐんですか?」

 

女「死にたいからです」

 

男「べつによくないですか? どうせもうあなたは死ぬんだから」

 

女「どういうことですか?」

 

男「死ぬって決めたら、こころにゆとりができません?」

 

女「ゆとり、ですか」

 

男「だってこれからなにが起きても、あなたはここから飛ぶんですよ」

 

男「いつでも人生をクリアできるんだから、なにが起きても安心でしょう?」

 

女「ゼロになるというか、終わらせられるというか……結果は決まってます」

 

男「つまり、たいていのことは許せますよね?」

 

女「たしかに。たどる結末は見えてますからね」

 

男「じゃあ僕に抱かれましょう」

 

女「結局それですか」

 

男「僕に抱かれるのが、イヤなんですか?」

 

女「イイと思うんですか、わたしが?」

 

男「質問に質問は感心しませんね」

 

女「あなたの言動よりはマシでしょう。でも、そうですね……」

 

男「おやおや。ようやく僕を受け入れてくれますか」

 

女「ええ。最期ぐらいは、役に立つことをしてもいいかもしれません」

 

男「話の理解が早い人で助かります」

 

女「ええ。警察に通報します」

 

男「フッ……」

 

女「言っておきますけど、おどしとかじゃないですから」

 

男「ほほう」

 

女「こんな世の中です。
女であるわたしがあなたを通報すれば、どうなるかはわかりますよね?」

 

男「フッ、あまいですねえ」

 

女「あまい?」

 

男「あなたは自殺を図っていた。身元整理はしてるんじゃないですか?」

 

女「それは……」

 

男「ケータイを解約したりとか、遺言書を残してたりすれば」

 

男「自殺の証拠としては十分ですよね」

 

男「ていうか、ケータイ解約してたら警察に通報すらできませんけどね」

 

女「うっ……」

 

男「つまりあなたは、僕に抱かれて死ぬか」

 

男「僕を通報して、ダラダラとこの世界で生きていくって選択肢しかないんですよ」

 

女「どっちも地獄ですね」

 

男「さあどうしますか?」

 

女「……」

 

男「おとなしくしていれば、優しくしますよ」

 

女「きゃあああああっ! 誰か助けてえええ!!」

 

男「ええっ!?」

 

男「これから死ぬくせに、なに助けを呼んでるんですか!?」

 

女「あなたを出すとこに出して、それから死ぬことにしました」

 

管理人「なにかあったんですか!?」

 

男「!!」

 

女「実はここに極めて特殊な変態が……」

 

管理人「なぜ裸足なんですか?」

 

女「え? あ、いやその……ちょっと開放的な気分になりたくて……」

 

管理人「開放的な気分ねえ」

 

女「ほ、本当です。あの、coccoとかそういう歌手の人のマネです」

 

管理人「悪いけど、屋上から出てもらってもいい?」

 

女「……」

 

管理人「こんな世の中だと、ついつい暗い考えが浮かんでしまうんですよ」

 

女「……わかりました」

 

管理人「おねがいしますね」

 

女「はい」

 

男「いやあ、ビックリしたあ」

 

女「ひゃっ!? きゅ、急に声出さないでくださいよ」

 

男「おっ。はじめて驚いた顔をしてくれましたね」

 

女「……悪いですか?」

 

男「いえ、ぜんぜん」

 

男「それにしても。あなたが叫んだ瞬間に、おばさんが来たんで焦りましたよ」

 

女「管理人さんです」

 

男「思わず隠れてしまいましたよ」

 

女「隠れたんですか?」

 

男「おや? 気づきませんでした?」

 

女「管理人さんのほうに気をとられてましたからね」

 

男「靴のことを指摘されて焦ってましたね」

 

女「……うるさいです。それより、どうやって隠れたんですか?」

 

男「ん?」

 

女「ここ、とっさに身を隠せる場所なんてありませんよ」

 

男「あなたなら、塀の上から見慣れてると思うんですけど」

 

女「わたしなら……あっ、そっか」

 

男「気づきましたか?」

 

女「屋上の塀のでっぱりに、とっさに隠れたんですね」

 

男「正解です。小さな塀とは言え、よくとっさに隠れられたと思います」

 

女「……」

 

男「って、どこへ行くんですか?」

 

女「屋上から出ます」

 

男「あれれ? なんで?」

 

女「管理人さんに言われたからです」

 

男「屋上から出て、どうするんですか?」

 

女「いったん部屋に戻ります」

 

男「え? 死なないんですか?」

 

女「…………」

 

男「なるほど。そういうことですか」

 

女「なんでそんなにニヤニヤしてるんですか?」

 

男「これからあなたの部屋に行って、僕とあなたで……」

 

女「ちがいますっ!」

 

男「ちがうんですか?」

 

女「そもそもどうしてあなたを部屋にあげるんですか」

 

男「……野外プレイがお好みということですね」

 

女「自殺する前に、あなたを殺したほうがいいかもしれませんね」

 

男「犯罪者になると?」

 

女「どうせ結末は同じですから」

 

男「だったら僕に抱かれてしまえばいいじゃないですか」

 

女「もうその話は飽きました」

 

男「エレベーターに乗りましたけど、あなたの部屋ってなん階なんですか?」

 

女「教えません」

 

男「どうせこれから知りますよ」

 

女「今ここはなん階でしょうか?」

 

男「一階ですね。一階なんですか、あなたの部屋は」

 

女「いいえ。これから外に出ます」

 

管理人「おや。どこかへおでかけですか?」

 

女「ええ、ちょっと早めの夜ご飯を食べに」

 

管理人「そうですか。物騒な世の中ですから、夜道には気をつけてください」

 

女「ええ。実感しているまっただ中なんで、気をつけます」

 

男「ちょっとちょっと、マンションの外に出てるじゃないですか」

 

女「やっぱり部屋にはもどりません」

 

男「どうして!?」

 

女「この状況で聞けるって、あなたすごいですね」

 

男「たしかに僕は素人童貞ですけど、女性ひとりを満足させるぐらいのテクニックなら……!」

 

女「死ね」

 

男「僕たち会ってから、まだそんなに仲良くないですよ!?」

 

女「抱かせてくれって言うよりはマシです。ていうか、自殺してください」

 

男「ついには自殺勧告をするとは」

 

男「しかもなぜかマクドナルドに来てますし」

 

女「今日の夕飯はここにします」

 

男「え?」

 

女「ついてきてもかまいません。でも、ここで食べることは決定ですから」

 

男「ハウスで食べるって選択肢は?」

 

女「ありません」

 

男「わかりましたよ。僕は食べませんけどね」

 

女「……拗ねてるんですか?」

 

男「そりゃあねえ。なんでこんなチェーン店なんかで……」

 

女「ふーん。じゃあ入りますね」

 

女「てきとうに決めましたけど。あなたは食べないんですか?」

 

男「お腹すいてないんですよ」

 

女「だったら席をとっておいてくれればいいのに。
あなたが童貞な理由が垣間見えますね」

 

男「……なんかだんだん馴れ馴れしい、っていうかふてぶてしくなってません?」

 

女「あなたにだけは言われたくないですね、トウシロさん」

 

男「……」

 

女「……」

 

男「……」

 

女「なんで急に黙るんですか」

 

男「いいから早く食べましょう」

 

女「そんなにわたしの部屋に入りたいんですか」

 

男「いいえ。部屋じゃなくてもいいですよ」

 

女「わたしはどこでもイヤです」

 

男「ていうか、いいから早く食べてください」

 

女「なぜそんなに急かすんです? 最後の晩餐なんですよ」

 

男「最後の晩餐がマックって、絶対に死んでから後悔しますよ」

 

女「フレッシュネスバーガーのほうがよかったかもしれませんね。
ていうか、わたしってマック好きじゃないんですよね」

 

男「……じゃあなぜここに足を運んだんですか?」

 

女「確かめるためです」

 

男「どういうことですか?」

 

女「空腹は最高のスパイスって言葉は知ってますよね」

 

女「あの言葉って人間のバグを端的に表してると思うんですよ」

 

女「お腹がすいてるって理由で、食べ物がおいしくなる」

 

男「ああ、なんとなく言いたいことがわかりました」

 

女「これが最期の食事だと思ったら、なにか変わるかなって思ったんです」

 

女「変われば、わたしはこれから死ぬってことをより実感できますからね」

 

男「ハンバーガーの味はどうなんですか?」

 

女「よくわかりません。普段よりおいしい気もしますし、変わらない気もします」

 

女「ひょっとしたら、わたしは味の変化を認めたくないのかもしれません」

 

女「自分でも、どうしてそんなことを思うのかはわかりませんけど」

 

男「僕にはなんとなく、あなたの気持ちがわかりますよ」

 

女「気持ちわるいこと、言わないでください」

 

男「まあまあ。そう言わずに。僕の話を聞いてくださいよ」

 

女「……勝手にどうぞ」

 

男「気持ちひとつで、なにもかも変わるってことを認めたくない。
そういうことじゃないですか?」

 

女「……」

 

男「これから自殺するって人間としては、そういうのって知りたくないですよね」

 

 

 

男「気持ちひとつで昨日まで輝くかもとか思うと」

 

男「死のうとしていた意志までゆらいじゃいますもんね」

 

女「わたしが死ぬのは決定事項です。今さら変わりません」

 

男「いいえ。だったら喜んであなたは、最後の晩餐を楽しめると思いますよ」

 

男「たかが百円のハンバーガーで、自分の意志が消える」

 

男「それがコワイんじゃないですか?」

 

女「これはビッグマックなんで、百円じゃありません」

 

男「ここぞってところでボケないでください」

 

女「むぅ」

 

男「ついでに、僕に抱かれてもいいと思っている自分がいる。そうですね?」

 

女「いえ、それだけは死んでも変えるつもりはありません」

 

女「人間のバグっていうのは、なかなか人間に都合よくできてるみたいですね」

 

女「でも、世の中には変わらないこともあります」

 

女「わたしの気持ちは動きません」

 

男「あなた、さてはすごいガンコですね」

 

女「そうです。石のようにかたい意志をもってるんです」

 

男「あと、ギャグセンスないですよね」

 

女「……べつに、あなたを笑わせたいわけじゃないんで」

 

女「ていうか、さっきから変な会話をさせないでください」

 

男「変な会話?」

 

女「ええ。さっきから妙に視線を感じるんです」

 

男「これから死ぬのに、赤の他人の視線が気になるんですか?」

 

女「う、うるさいです。とりあえずさっさとここを出ます」

 

男「最期の食事なのに、そんな食べ方しなくても」

 

女「……」

 

男「急にがっついたと思ったら、今度は食べるのをやめて……ブレブレですよ」

 

女「ちょっと黙ってください」

 

男「結局すごい時間をかけて食べましたね」

 

女「最期の食事ですから。当然でしょう。なにか文句でも?」

 

男「いえいえ。そんなことよりも、これからのことについて話しましょう」

 

女「あなたと話すことはありません。ていうか、いつまでついてくる気ですか?」

 

男「僕の善意を無下にする気ですか?」

 

女「善意?」

 

男「あなたが死ぬ前に、僕がベッドの上で天国へ導いてあげようとしてるのに」

 

女「わたしが地獄へ送ってあげてもいいんですけどね」

 

男「あははは、それは無理ですよお」

 

女「たしかに、そんな気がします」

 

女「……ていうか、あなたってすごい変わってますよね」

 

男「僕の求愛行動がですか?」

 

女「ちょっとその話題からはなれましょうか」

 

男「なにがいったい変わってるんですか?」

 

女「全部が全部変ですけど、普通の人って自殺する人に対してその理由を聞きますよね?」

 

男「なんですか、ひょっとして自殺する理由を聞いてほしいんですか?」

 

女「ち、ちがいます。変な勘違いしないでください」

 

男「僕に抱かれたくない理由なら、お聞きしますけど」

 

女「あくまでその話題にもってこうとしますね」

 

男「だって、あなたの自殺理由を聞いても、あなたを抱けるわけじゃないですよね」

 

女「しつこいですっ!」

 

男「まじめな話すると、死ぬ理由って聞いても面白くないじゃないですか」

 

女「面白いって……」

 

男「だいたい予想がつきますしね。興味がわかないんです」

 

女「ずいぶん簡単に言いますね」

 

男「ええ、本気でそう思ってますから」

 

男「僕は、死ぬ理由よりも、どちらかというと生きる理由のほうに興味があります」

 

女「生きる理由?」

 

男「死ぬ理由に比べて、生きる理由って曖昧だと思うんですよね」

 

男「そして死ぬ理由よりも、ずっといろんなものがあると思います」

 

男「どうせ聞くなら、そっちのほうがいいでしょう」

女「生きる理由……そんなの、なんとなくですよ」

 

女「死なないし、なんか生きてるから生きてる」

 

女「そんな感じで生きてることに答えなんてないですよ」

 

男「それがいいんじゃないですか」

 

男「一生かけても見つからない理由。いや、死んでもなおわからない理由」

 

男「そういうのって、ステキじゃないですか?」

 

女「……遠まわしに、わたしの自殺を止めようとしてるんですか?」

 

男「いえ、ぜんぜん。あくまで僕はあなたのからだが目的なだけです」

 

女「スキがあったら、その話題にもってきますね!」

 

女「世の中には死ぬよりつらいことってあると思うんです」

 

男「そういうことも、たしかにあるかもしれませんね」

 

男「でも、世の中には……」

 

女「わたしよりもつらい思いをして、でもがんばっている人がいる」

 

女「そういうありきたりなことを言うつもりですか」

 

男「おおっ! すごいですね、これがうわさのコールドリーディングですか」

 

女「自殺志願者に言う言葉なんて、限られてますから誰でもわかります」

 

男「それもそうですね」

 

女「そういう不幸を相対的に見るのっておかしいですよね」

 

女「わたしとわたし以外の人間の不幸に、いったいどんな関係があるっていうんですか」

 

男「ごもっともです」

 

女「またあっさりと認めるんですね」

 

男「ええ。言ってるでしょう? 僕はあなたの自殺を止める気なんてないって」

 

男「ただ肉体関係を一度だけ結んだら、それで十分ですから」

 

女「もうなにも言いません」

 

男「え? ということはいいんですか?」

 

女「そういうことじゃありませんからっ!」

 

男「コワイなあ。だんだん凶暴になってません?」

 

女「あなたのせいでしょう!?」

 

男「じゃあわかりました。クールダウンのために、ひとつ質問しましょう」

 

女「どうせまた、いやらしいことに結びつける気でしょ?」

 

男「ちがいますちがいます。今度はまじめな質問です」

 

男「あなたは死んで、それからどうするんですか?」

 

女「……どういう意味ですか?」

 

男「フッ、そのままの意味ですよ。考えてみましょうよ」

 

女「そう言われても、よく意味がわかりません」

 

男「だーかーら、自殺してそのあとにどうするかって話ですよ」

 

男「自殺する楽しみをあなたが見出すために、僕は質問してるんですよ」

 

女「はあ。死後の世界のことですか」

 

女「でも、たしかに死後の世界とか幽霊って存在はあるっぽいですもんね」

 

男「ええ、一考の価値はあると思いますよ」

 

女「死んだらどうなるんでしょうね」

 

女「なんだかいろんなことができそうですよね」

 

女「あっ、でも天国へ行くとか地獄へ行くとか、そういうのもありますもんね」

 

男「意外と考えてみると、なかなか止まらないでしょう」

 

女「でも、こんなことを考えてもなにも変わりませんよ」

 

男「自殺への意欲を高めることにはつながりますよ」

 

女「そうですねえ。じゃあ死んだら、素敵な恋人を作ります」

 

男「死んでからはじまる恋ですか」

 

女「ええ。素敵な幽霊の恋人を作ります。そして、幸せになります」

 

女「そうすればわたしの自殺は間違っていなかったって、証明もできますからね」

 

男「楽しそうですね」

 

女「あなたの提案でしょう?」

 

男「まあそうですけど」

 

女「天国とか地獄とか、そういうのはわかりませんけど考えるのはやめておきましょう」

 

男「うーん」

 

女「なんですか? 俗物的とか言いたいんですか?」

 

男「いえ、やっぱりほぼすべての人間が、そういうふうに思いこんでるんだなと思って」

 

女「思いこんでる? なにを?」

 

男「そもそも疑問に思ったことはありませんか?」

 

女「……えっと、幽霊なんて実はいないとかそういう話ですか?」

 

男「いえ、幽霊の有無に関してはいると思いますよ、たぶん」

 

男「それより、こういう疑問をもったことはありませんか?」

 

男「心霊写真とかってありますよね?」

 

男「あれってすごく変だと思いませんか?」

 

女「おっしゃってる意味がぜんぜんわかりません」

 

男「まあ人が死ぬ理由はいろいろありますから、一概には言えませんけど」

 

男「こういう心霊写真の話は聞いたことありません?」

 

男「自殺した人間の霊が、その自殺現場で撮った写真に映る」

 

男「これっておかしいと思いませんか?」

 

女「べつに。なにか強い怨念とかがあって、写るとかそんな感じでしょ」

 

男「じゃああなたに質問します」

 

男「自殺したあと、写真に写りたいって思いますか?」

 

男「死んで生きてる人間から開放されることを望んだ結果が、自殺だったのに」

 

女「……人それぞれでしょう、そんなの」

 

男「でもあなたのように、死んでほかの幽霊と添い遂げて幸せになったら」

 

男「写真に写ったりしないんじゃないですか?」

 

男「たとえ写ったとしても、あんなふうに見た人を戦慄させるような写り方、しますかね?」

 

女「もっとはっきり言ってもらっていいですか?
わたしにはあなたがなにを言いたいのか、全然わかりません」

 

男「すべての人が勝手に信じてることへの疑問ですよ」

 

男「死んで幽霊になる。まあこれはいいでしょう。問題はその次です」

 

男「幽霊になったら、ほかの幽霊も見える」

 

男「生きてたときに見えなかったものが、死んだら見えるようになる」

 

男「どうしてそんなふうに、人々は思いこんでるんでしょうか?」

 

女「幽霊になっても、幽霊は見えない……」

 

男「不思議ですよねえ」

 

男「幽霊を信じない人はいます」

 

男「ですが、死んだら幽霊が見えるということについては、疑う人いないんですよ」

 

女「だからなんだって言うんですか?」

 

女「そんなおどしで、わたしが自殺するのをやめるとでも?」

 

男「同じことを言わせないでくださいよ。
僕にはあなたをどうこうする資格はありませんって」

 

男「ただ転がらない疑問を転がしてみただけです」

 

女「あなたの疑問なんてどうでもいいんですよ」

 

男「いいんですか?」

 

女「同じことを言わせないでください」

 

男「あっ、マネした」

 

女「あなたが先にわたしのマネをしたんです」

 

男「じゃああなたは、べつの誰かのマネをしたんですよ」

 

女「そうかもしれませんね」

 

男「それに、あなたにとっては重要な疑問だと思ったから言ったんですよ」

 

男「これから死ぬ人にとっては、考えるべきことじゃありません?」

 

女「死んでからのことなんて、やっぱりどうでもいいです」

 

男「では、生きてるあいだのことについて考えましょうよ」

 

女「そうですね……って、なにまた話を続けようとしてるんですか!?」

 

男「まあまあ。こうして僕と話しているうちは、あなたは抱かれることはありませんよ?」

 

女「はあ……言われたことありませんか?」

 

男「なにをですか?」

 

女「しつこいって」

 

男「……」

 

女「すごいまじめな顔して考えてますね。こころあたりがありすぎるんですね」

 

男「いいえ。あなたがはじめてです」

 

女「嘘はいりません」

 

男「ホントなのになあ」

 

女「はいはい。それで、なんの話をしてたんでしたっけ?」

 

男「あれれ? 話す気になったんですか?」

 

女「あなたが、はなしてくれませんからね」

 

男「ちょいちょいびみょうなことを言いますよね、あなた」

 

女「うっさい。話すなら話してください。死にますよ?」

 

男「はいはい、わかりましたよ」

 

女「……」

 

男「どうして人は、死ぬことをコワイと思うんでしょうか?」

 

女「知りません」

 

男「少しは考えましょうよ」

 

女「本能」

 

男「本能、ですか」

 

女「死を恐れるのは人間だけないですよね」

 

女「動物とかは、本能的に生きようとしますし」

 

男「あなたってロマンがないですよね」

 

女「嬉しそうに言わないでください」

 

男「僕、女の人ってもっとキラキラしてるのかと思ってました」

 

女「これから死ぬって人間が、目をかがやかせてロマンチックなことを言うとでも?」

 

男「あはは、たしかに」

 

女「じゃあロマンのある死を恐れる理由ってなんなんですか?」

 

男「ロマンチックかどうかはわかりません」

 

男「ですが、疑問に思うことをやめるのって死んでるのと同じことだと思うんですよ」

 

女「一理あるかもしれませんね」

 

男「謎や疑問は、いくらでも日常にあふれてると思うんです」

 

女「そう思って生きることができたら、楽しいでしょうね」

 

男「ええ、きっとね」

 

女「……あなたって鈍感ですよね」

 

男「え? なんだって?」

 

女「絶対聞こえてましたよね」

 

女「ていうか、話が進みませんね」

 

女「あなたの考えを教えてください」

 

男「わかりましたよ」

 

男「死んだことがない人間が、どうして死をコワイと思うのか」

 

男「実は僕たちは、死ぬことじたいはそれほど恐れてはいないんじゃないでしょうか」

 

女「じゃあなにを恐れてるんですか?」

 

男「死んだあとのことですよ」

 

男「実は僕たちは、なんとなく知ってるんじゃないでしょうか?」

 

男「死んだそのあとのことを」

 

女「死んだそのあと?」

 

男「ええ。その先にあるものを、僕たちはおぼろげに知っている」

 

男「生きてるより、ずっとつらいことが死んでから待ち受けている」

 

女「笑えないですね」

 

男「笑えないですよ。生きてるのがイヤになって自殺したら」

 

男「生きてるよりつらいことが待ち受けていた、なんてねえ」

 

女「すごいニコニコしながら言いますね」

 

男「たぶん最初からじゃないですか」

 

女「ええ。わたしと話していてここまでニコニコしてる人は、あなたがはじめてです」

 

男「やだなあ、照れるなあ」

 

女「そして、ここまで人と話してイライラしたのもはじめてです」

 

女「知ったふうな口をきく人がきらいなんです、わたし」

 

男「ああ、わかりますよそれ」

 

女「あなたのことなんですけどね!」

 

男「言われなくても知ってますって」

 

女「あなたのような人は、わたしみたいな人間にとって一番イヤなんですよ」

 

男「自殺をする人間からしたら、それを止める人間は死神みたいなものですもんね」

 

女「……しかも上から目線で、わかりきったことを延々と言ってきますからね」

 

男「現実から逃げようとしてるのに、現実を突きつけて引きとめようとしますからね」

 

女「あなたみたいな人、本当にきらいです」

 

女「ささいなことをとりあげて、ネチネチと言ってくる人間ってムカつきます」

 

女「上からあわれみの視線を送ってくる人もきらい」

 

女「親切とお節介をはきちがえてる人とか最低です」

 

男「自分のことは?」

 

女「……考えたくもないです」

 

男「僕のことは?」

 

女「よくこの流れでそれをぶちこんできますね」

 

女「あなたのこともきらいです」

 

男「どうして!? なんで!?」

 

女「疑問に思う部分じゃないでしょうそこは!」

 

女「すべての人間がきらいです」

 

女「わたしより幸せそうに生きてる人も」

 

女「わたしよりも不幸なのに生きてる人間も」

 

女「生きてる人間なんてきらい」

 

男「じゃあ僕のことはきらいじゃないってことですね」

 

女「……え?」

 

男「だって今言ったじゃないですか」

 

男「『生きてる人間なんてきらい』って」

 

女「つまらない冗談ですね。これっぽっちも笑えません」

 

男「冗談じゃなくても、笑えませんね」

 

女「今さら霊能力に開花されても困ります」

 

男「最近は嘘に敏感な世の中ですからね。きっとインチキ霊能力者って呼ばれますよ」

 

女「それで幽霊についての本を書いたら、ゴーストライターって言われるんですね」

 

男「ますます死にたくなりそうですね」

 

女「……それに、そういう嘘をつくならもっと事前に準備しておくべきですね」

 

男「準備?」

 

女「あなた、屋上で管理人さんと会ったとき、わざわざ隠れたじゃないですか」

 

男「そうですね」

 

女「見えないなら、わざわざ隠れる必要なんて……」

 

男「どうしましたか?」

 

女「……」

 

女「そう、隠れたんですよね。一回目管理人さんに会ったときは」

 

男「……」

 

女「でも、二回目会ったときは、あなたは隠れていなかった」

 

女「でも管理人さんは」

 

管理人『物騒な世の中ですから、夜道には気をつけてください』

 

女「男女ふたりでいるなら、そんなことは言わない……?」

 

男「あなたが気づいていなかっただけで、僕はこっそり隠れたかもしれませんよ」

 

女「……でも、あなたはマックでなにも食べなかった」

 

女「そして席とりもしなかった」

 

女「じゃあ、あの店内で感じた視線って……」

 

男「気づいちゃいましたか」

 

女「え? ちょ、ちょっと待ってください。
わたし、周りから見たらずっとひとりで話してたってこと?」

 

男「だから言ったじゃないですか。早く食べて店から出ましょうって」

 

女「あの流れでわかるわけないです!」

 

男「あらら、大丈夫ですか? 今まで一番すごい顔してますよ」

 

女「恥の多い生涯を送って来たって自覚はあるけど……うぅ……」

 

女「いえ、待ってください」

 

男「まだなにか言いたいことでも?」

 

女「あなたが幽霊なら、触れることはできませんよね?」

 

男「さあ? どうでしょう? 案外そんなこともないかもしれません」

 

女「……」

 

男「あの、目つきがコワイんですけ……どおぉっ!?」

 

女「わわっ……ほ、本当にスケスケだ……!」

 

男「いや、なんで殴ったんですか? 生きてたら鼻が曲がってるとこでしたよ」

 

女「……なんとなくです。ていうか瑣末なことはどうでもいいです」

 

男「けっこう重要だと思うんですけどね」

 

女「ていうか、なんで最初に教えてくれなかったんですか?」

 

女「おかげで恥をかいたじゃないですか」

 

男「いいじゃないですか。どうせ結末は見えてるんだから」

 

女「そういう問題じゃないです」

 

男「やはりいろいろと難しい人ですね、あなたは」

 

女「いいからわたしの質問に答えてください」

 

男「いやあ、単純に信じないだろうなって思って」

 

男「自己紹介でいきなり幽霊だって言って、信じますか?」

 

女「まずあなたは、わたしに素人童貞ってことしか教えてません」

 

男「あはは、これはうっかり」

 

男「でもやっぱり自己紹介をしても、絶対にあなたは信じなかったでしょう?」

 

女「それか間違いありません」

 

女「でも管理人さんが屋上に来た段階で、説明はできたはずですよね?」

 

男「あそこらへんはテンションあがっちゃって……思わず自分が生きてると錯覚しちゃったんですよ」

 

女「死んでるのにテンションあがっちゃうんですね」

 

男「僕の場合はね。ほかの人は知りません」

 

女「……でも、どうしてわたしにはあなたが見えるんですか?」

 

男「それについては本当にわかりません」

 

女「本当に?」

 

男「命をかけてもいいですよ?」

 

女「バカ」

 

男「僕もこんなことははじめてなんです」

 

女「こんなこと?」

 

男「死んでから、人と話すのが」

 

女「……」

 

男「僕が死んでから何年たっているのか、それはわかりません」

 

男「ですが、少なく見積もっても五年は経過してるはずです」

 

女「幽霊歴、けっこう長いんですね」

 

男「ええ。でも、はじめてだったんですよ」

 

男「僕が話しかけて、反応をしてくれたのは」

 

男「しかも僕の姿が見えてるなんてね。奇跡かと思いましたよ」

 

女「奇跡、か」

 

男「どうしました?」

 

女「……誤解してほしくないから、先に言っておきます」

 

女「わたしはあなたみたいな意味不明な人はきらいです」

 

男「幽霊ですよ」

 

女「うっさいです。男のくせにいちいち細かい」

 

男「あっ、今のは問題発言ですよ!」

 

女「話が進まないから、そういうのはいいです」

 

女「ついでに言うと、わたしは気づかいというのができません」

 

女「でも、あなたのことが少しだけかわいそうだと思いました」

 

男「どうして?」

 

女「あなたのことが見える人間、それがわたしだったから」

 

女「あなたが無類のおしゃべり好きだってことは、わたしでもわかります」

 

男「続けてください」

 

女「せっかく自分のことが見える人間が、わたしのようなろくでもない女で」

 

女「……すこしだけ申し訳ないと思いました」

 

女「どうせなら、もっと楽しい人と出会えたほうがよかったですよね?」

 

男「……」

 

女「言っておきますけど、すこしだけしか申し訳ないって思ってませんから」

 

女「変な勘違いはしないでくださいね」

 

男「……僕はあなたでよかったと思いますよ」

 

女「なんです? 口説きにかかってるんですか? 素人のくせに生意気です」

 

男「あはは、言われたことありません?」

 

女「なにをですか?」

 

男「言動がきついって」

 

女「……」

 

男「考えこまなくても、こころあたりはたくさんあるんじゃないですか?」

 

女「いいえ。あなたがはじめてです」

 

男「嘘、ではなさそうですね」

 

女「わたし、普段はそんなにしゃべらないんです」

 

女「人と話すと、すごい疲れるっていうか」

 

女「当たり障りのないことしか、言えないし、本音を話せる友達もいません」

 

女「あなたに話しかけられたときは、もうなんかすべてがどうでもよくて」

 

女「こんなふうに、誰かにひどいこと言ったのは、たぶんはじめてです」

 

女「話しかけてくれたのが、あなたでよかったかもしれません」

 

男「え? もしかして僕を口説いてるんですか?」

 

女「くたばれ」

 

男「やだなあ、とっくに死んでますよお」

 

女「……答えたくないなら、答えなくてけっこうです」

 

男「ん?」

 

女「あなたはどうやって死んだんですか?」

 

男「ああ、自殺です」

 

女「あなたが?」

 

男「意外ですか?」

 

女「よくわかりません。続きを話してください」

 

男「……実は僕も、このマンションの住人だったんですよ」

 

女「まさか、ここで死んだんですか?」

 

男「自分の部屋のベランダでね」

 

女「飛び降りたんですか?」

 

男「ちがいます。僕の住んでた階は、三階でしたので死ねない可能性があったんです」

 

男「だから確実に死ぬために、首吊りをしたんですよ」

 

女「首吊り……」

 

男「飛び降りるより、首吊りのほうが確実なんですよ」

 

男「ベランダから飛び降りるようにすれば、間違いなく死ねます」

 

女「どうして自殺なんてしたんですか?」

 

男「あなたと似たような理由だと思いますよ」

 

男「でもまあ、簡単に言うとここじゃないどこかへ行きたかったんでしょうね」

 

女「天国とかですか?」

 

男「あるいは地獄だったかもしれません」

 

男「でも首を吊って、次に目が覚めたときは絶望しましたよ」

 

男「なぜかこのマンションの目の前にいたんですからね」

 

男「最初は自分が死んだかどうかさえわかりませんでしたよ」

 

男「幽霊になったというよりは、透明人間になった気分でしたね」

 

男「しかも、幽霊ってかなり不便なんですよね」

 

女「不便?」

 

男「扉とかはすり抜けられるんですけど、壁とかはすり抜けれないんですよ」

 

女「へえ。意外ですね」

 

男「空を飛べたりするんじゃないかって、思ったんですけどそんなこともできませんし」

 

男「写真に写ったりできるんじゃないかと、試したこともあるんです」

 

女「写れたんですか?」

 

男「わかりません。たしかめられませんでした」

 

男「あと、温泉で女湯に入ろうとしたこともあったんです」

 

女「……その話は聞かなきゃダメですか?」

 

男「意外なことに、僕はのれんをくぐれなかったんですよ」

 

女「どういうことですか?」

 

男「原因はわかりません」

 

男「でも、生きてるときにできないと思ったことは、どうも実行できないみたいなんです」

 

女「変なの」

 

男「あと、眠ったりとかもできないんですよね」

 

男「まあでも、こんなことは本当にささいなことなんです」

 

男「一番衝撃的だったのは、自分以外の幽霊に会わなかったことです」

 

女「あなたは幽霊を見たことがないって言いますけど」

 

女「幽霊の見た目とか、どんなふうかわからなくないですか?」

 

男「ええ。ですから、あるときからずっと叫んでみたんですよ」

 

男「『誰か死んだ人はいませんか』って」

 

女「それで、反応した人はいなかったってわけですね」

 

男「ええ。心霊スポットとか樹海とか自殺現場にも、足繁く通ったんですよ」

 

女「それでも誰にも会わなかったんですね」

 

男「はい。そこではじめて気づいたんですよ」

 

男「幽霊になっても、幽霊は見えないって」

 

男「それに気づいたとき、死のうと思ったときと同じぐらい死にたくなったんです」

 

女「おしゃべり好きな人は、自殺しないほうがいいってことですか」

 

男「……あれ、まだ言ってませんでしたっけ?」

 

女「ん?」

 

男「僕、生前は人と話すのがイヤでイヤで仕方なかったんです」

 

女「……」

 

男「目は口ほどにものを言うって言葉の意味がわかりました」

 

女「バレました?」

 

男「嘘だろっていうのが、一瞬で伝わってきましたよ」

 

女「わたしは以心伝心の意味がわかりました」

 

男「ほほう」

 

女「あと目は口ほどにものを言うって言葉の意味も。変なかんちがいしないでくださいね」

 

男「照れなくてもいいのに」

 

女「はいはい」

 

男「まああなたが、そう思うのも無理はありません」

 

男「でも、本当の話なんですよ」

 

男「友達も全然いませんでしたし、まして異性の知り合いなんて……」

 

女「そのわりには、わたしと話すときはすごい流暢でしたよね?」

 

男「死んでから、ずっといろんな人に話しかけてたんですよ、僕は」

 

女「人と話すのはきらいだって、さっき言ってましたよね?」

 

男「ええ。ですけど、何年たってもやることがないんですよ?」

 

男「知ってる人とすれちがっても、もちろん気づいてもらえない」

 

男「僕のことを見てくれたのは、たぶんカメラとかだけなんじゃないですか」

 

女「……」

 

男「死んでからはじめて思ったんです。誰かに気づいてほしい」

 

男「誰かとお話したいって」

 

男「死んでからはいろんな人に話しかけましたよ」

 

男「公園のベンチでぼーっとしてるおじいさんとか」

 

男「砂場で遊んでる小さなお子さんとか」

 

男「明らかにコワそうな集団に飛びこんだりもしました」

 

男「もちろん、誰も気づいてくれませんけどね」

 

女「かえってつらくなりません、それ?」

 

男「ええ。でもときどき、会話が噛み合ったりするとすごく嬉しいんですよ」

 

男「声をかけて、偶然こちらを見てくれたりとかもね」

 

女「せつないですね」

 

女「じゃあわたしに話しかけたのも……」

 

男「いえ、それはすこしちがいます」

 

男「もうここ半年ぐらいは、そういうのもやめたんです」

 

女「じゃあ、どうしてわたしに?」

 

男「飛び降りようとしてたからです」

 

女「……」

 

男「一週間前からずっと、あなたの背中に声をかけ続けてたんです」

 

男「でもどんなに呼びかけても、あなたは泣き叫んで僕の声をかき消すんですよね」

 

女「飛び降りれなくて。そのたびに泣いてたの、見てたんですね」

 

男「はい、ばっちり」

 

女「やっぱりあなた、ムカつきますね」

 

女「……なんか納得しました」

 

男「納得してくれるんですか?」

 

女「普通にコミュニケーションできる人なら、あんな止めかたはしないでしょうから」

 

男「たしかに。本当はもっとまともなことを言うつもりだったんですよ」

 

男「けど、今日になって僕の声はあなたに届きました」

 

男「不謹慎ですけど、嬉しすぎて舞いあがっちゃったんですよ」

 

男「『僕の声が届いた!』って、はしゃぎそうになりました」

 

女「のっけから言いたい放題でしたもんね」

 

男「はい、あんなに自分が口達者だとは夢にも思いませんでした」

 

女「ありがちな説教をされてたら、わたしはあそこから飛んでました」

 

男「じゃあ僕の説得は正解だったわけですね」

 

女「どこが説得だったんですか」

 

女「自殺することじたいは、止めなかったじゃないですか」

 

男「まあ結果オーライじゃないですか」

 

女「なに言ってるんですか?」

 

男「え?」

 

女「わたしがたどる結末は変わりません」

 

男「普通ならここで、僕の話を聞いて考え方を変えるって展開じゃないんですか」

 

女「あなたのおかげで救われたなんて、そんな展開はごめんです」

 

女「ですが、延長しようと思います」

 

男「延長?」

 

女「今日はむだにお話して疲れました」

 

女「ですので、明日の午前十一時にまたマンションの前に来てください」

 

男「え? あなたはどうするんですか?」

 

女「今日は寝ます」

 

男「は、はあ」

 

女「言っておきますけど、あとをつけたりしないでくださいね」

 

男「……読まれてましたか」

 

女「明日また会いましょう。おやすみなさい」

 

男「……おやすみなさい」

 

男「いやあ、長いんですよねえ」

 

女「会ってそうそうなんですか」

 

男「死んでからの夜は長いって話です」

 

女「わたしは夢を見てましたよ」

 

男「いいなあ」

 

女「夢の内容は教えてあげませんから」

 

男「聞きませんよ。それより、これからなにをするんですか?」

 

男「なんだか大きなバッグも、持ってますし」

 

女「あなたが使っていた部屋に行きます」

 

男「は?」

 

男「ど、どういうことですか?」

 

女「不動産屋に問い合わせたら、すぐわかりました。あなたが使っていた部屋のこと」

 

女「それから、現在は引越し時期ってことで部屋も偶然空いてるそうです」

 

男「いえ、そういうことじゃなくて」

 

女「いいからついてきてください」

 

男「……」

 

女「……手、引っ張ろうとしても触れないんでしたね」

 

男「スケスケですからね」

 

女「でもついてきてください」

 

男「わかりました」

 

男「うわあ、クリーニングされたんですね。すごいきれいになってます」

 

女「わたしの部屋よりきれいですね」

 

男「でも、なにもありませんね」

 

女「わたしたちしかありませんね」

 

男「……」

 

女「なにか感想は?」

 

男「いえ、正直この部屋を見ても、なんの実感もわきません」

 

女「ここで昔暮らしてたんだ、とかそういうのもありませんか?」

 

男「ひょっとして、僕を気づかってここにつれてきたんですか?」

 

男「だとしたら、申し訳ないんですけど……」

 

女「わたしは気づかいが苦手な人間です」

 

男「知ってますよ」

 

女「ここに来たのは、見てみたかったからです」

 

男「どこへ行くんですか?」

 

女「……おそらく、ここだけはほとんど変わってないんじゃないですか?」

 

男「なるほど」

 

女「ベランダ、どうですか?」

 

男「そうですね。そんなに変化はないですね。あ、でも柵は取り替えられたのかも」

 

男「でも、一番変わってないのはここからの景色かもしれませんね」

 

女「これが、あなたが見ていた景色なんですね」

 

男「ええ。どこにでもある、ありふれた光景です」

 

女「けど、わたしが見たいと思った景色です」

 

男「……」

 

女「本当に、なんの変哲もない景色ですね」

 

男「がっかりしましたか?」

 

女「よくわかんないです。でも、ここに来てもピンときませんね」

 

男「なにがですか?」

 

女「あなたって人が死んだ場所って」

 

男「そんなものですよ」

 

女「お供え物みたいなものも、このバッグに入れておいたんですよ」

 

男「嬉しいですね。でも、ここにものを置いていくと迷惑になります」

 

女「そうなんですよね。だから、いっしょになにか飲みません?」

 

男「どうやって?」

 

女「いろいろもってきたんですよ。ちっちゃい缶ジュース」

 

男「うわあ、すごい量ですね」

 

女「アルコールとかのほうがよかったですか?」

 

男「いえ、酒の類はほとんど飲まないんで」

 

女「わたしもです。飲むとすぐ気持ち悪くなっちゃって」

 

女「現実逃避のためにブラックニッカ飲んだら、気持ち悪すぎて」

 

女「また死にたくなりました」

 

男「よく死にたくなる人ですね」

 

女「死にたくなる人はたくさんいると思いますよ、きっとね」

 

男「死にたくなる人は、ね」

 

女「……はい、わたしが缶をもっててあげますから、口つけてみてください」

 

男「じゃあ、このジュースで」

 

女「はい、どうぞ」

 

男「ほかの人がこの光景を見たら、なんて思うでしょうね」

 

女「ひとりぐらい笑ってくれるんじゃないですか?」

 

男「それは笑われてるんですよ」

 

女「うっさいですよ。さっさと飲んでください」

 

男「えっと……では……」

 

女「わたしもいただきます」

 

男「……」

 

女「ふふっ……変なの。おちょぼ口になってるし」

 

男「いや、こうするしかないでしょう」

 

男「はたから見たら、変なのはあなたですよ」

 

女「昨日の夜ご飯のときも、こんな感じだったんですかね」

 

男「おそらく」

 

女「……ジュース、どうでした?」

 

男「きっとおいしかったです」

 

女「……」

 

男「どうしました?」

 

女「本当に、わたしったらなにやってるんでしょうね」

 

男「僕とジュースを飲んでるんですよ、ごくごくと」

 

女「ごくごくって、なんか生きてるって感じがしますね」

 

男「……そうですね」

 

女「それじゃあ、行きましょうか」

 

男「次はどこへ?」

 

女「決まってます。屋上です」

 

男「屋上に行って、なにをするんですか?」

 

女「いいから、ついてきてください」

 

男「……わかりましたよ」

 

男「それで、いったいここへなにしに来たんですか?」

 

女「わかりませんか?」

 

男「思いあたることがありすぎて、ちょっと」

 

女「そうですか」

 

男「ちょ、ちょっと……!」

 

女「塀のうえに登ったぐらいで、そんな声を出さないでください」

 

女「あなたは言いましたよね? 自分にわたしを止める資格はないって」

 

男「言いましたけど、それは……」

 

女「嘘をつくのはよくありませんよ」

 

男「自分で自分を殺すよりは、マシだと思いますよ」

 

女「……」

 

女「なにか勘違いしてません?」

 

女「もう一度言います。嘘をつくのはよくありませんよ」

 

男「嘘なんてついてませんよ、僕は」

 

男「あなたに話したことは、全部事実です」

 

女「いいえ。あなたは嘘をついてます」

 

男「なにを?」

 

女「本気でわかりませんか? それともとぼけてるんですか?」

 

男「だから、とぼけてなんて……」

 

女「パンツ」

 

男「……はい?」

 

女「だから、パンツです」

 

女「昨日管理人さんが、ここからいなくなった段階で気づけたはずなんですよね」

 

女「塀の下には、人が身をひそめられるぐらいのでっぱりがある」

 

女「これで気づくべきでした」

 

女「マンションの下から覗いても、でっぱりがジャマでスカートの中なんて見えるわけがないんですよ」

 

男「……」

 

女「どうですか? 間違ってないでしょう?」

 

男「いえまあ、おっしゃるとおりなんですけど」

 

女「パンツの色は適当に言えば、当たりますしね。外れても問題ないですし」

 

男「……えっと、その確認のためにここに来たんですか?」

 

女「とても重要なことでしょう?」

 

男「まあ重要じゃないとは、言いませんけど」

 

女「お嫁に行けるか行けないかの問題でしたからね、わたしにとっては」

 

男「お嫁?」

 

女「……ひとつ、わたしの憧れてたことの話を聞いてくれません?」

 

男「憧れてたこと、ですか。どうぞ」

 

女「わたし、大学生になるぐらいまで、ドラマチックに死にたいって思ってたんです」

 

男「変わってますね」

 

女「はい、自分でもそう思います」

 

女「世界の終わりに好きな人と寄り添って死ぬとか」

 

女「自分の命を使って、誰かを助けて死ぬとか」

 

女「なんか、そういうものに憧れていたんです」

 

女「生きてみじめな姿をさらすなら、自殺したほうがマシ」

 

女「けっこう本気でそう思ってたんです。いえ、昨日までずっと……」

 

男「命をかけるってことが、フィクションの世界だと美しいものとして描かれることがありますよね?」

 

男「おそらくそういう影響なんじゃないですか?」

 

女「ああ、自分の命よりも大切なもの……みたいな?」

 

男「そうです」

 

女「そうですね、きっとわたしはそういうのに憧れてたんですね」

 

男「僕も死ぬ前は、そういうのに憧れてましたよ」

 

女「今は?」

 

男「言わせないでください」

 

男「フィクションにおける主人公とかは、そういう命をかける場面に遭遇したりします」

 

男「そういうのに、昔は僕も自己投影してたりしてました」

 

男「でも、今はみっともなくても、みじめでも」

 

男「生きたいって懇願する人物のほうに、ついつい共感してしまうんでしょうね」

 

女「漫画とかに出てくる仲間を売って自分だけ助かる、みたいな悪役とかですか?」

 

男「ああ、そういうのですかね」

 

男「どうしてなんでしょうね?」

 

男「ああいう人たちが、さも間違ったもののように描かれてしまうのは」

 

女「みじめで、みっともないからじゃないですか?」

 

男「そういうことをする人より、命を投げ出す人のほうが好かれるんですよねえ」

 

男「ごめんなさい。愚痴っぽくなりましたね」

 

女「あなたの本当の性格が垣間見えましたね」

 

男「恥ずかしいです」

 

女「……でも、あなたの気持ち、今ならわかります。ほんの少しだけ」

 

男「嬉しいですね」

 

女「昨日夢を見たって言ったじゃないですか、わたし」

 

男「言いましたね」

 

女「透明人間になる夢を見たんですよ」

 

女「夢の中ではわたし、なぜか中学生にもどってたんですよ」

 

女「夢の中では、学校の廊下を走っても誰にも注意されませんでした」

 

女「バスに乗っても、お金を払う必要がありませんでした」

 

女「みんな見てないみたいでした。わたしのことなんて」

 

女「最初はね、うらやましいだろって優越感に浸ってたんです」

 

女「でもだんだん、それがつよがりになって」

 

女「誰かにわたしの名前を呼んでほしいって……夢の中で思ったんです」

 

男「まさしく透明人間ですね」

 

女「でも、わたしはいやらしいことは思いつきませんでしたけどね」

 

男「僕が死んでから、変なことをしたみたいじゃないですか」

 

女「ちがうんですか?」

 

男「否定はできませんね」

 

女「やっぱりね」

 

男「なんだか、あなたが楽しそうに見えます」

 

女「気のせいですよ。わたしの人生はみじめでみっともないものです」

 

女「それこそ、自殺したくなるぐらいにね」

 

男「……」

 

男「でも、それでも生きてれば、いいことはあるかもしれませんよ」

 

女「そう言って、なにも起きないまま人生が終わって」

 

女「なんでもっと早く死ななかったんだろうってみじめな思いをしそうですね」

 

男「そうですね。生きてればいいことがある、なんて無責任な発言です」

 

男「ですが、断言します」

 

男「あなたがここから飛んでも、いいことは起こりません。絶対に」

 

女「そんなのは自殺する人は、たぶんみんな知ってます」

 

女「あなただってそうだったんでしょう?」

 

男「……」

 

女「そう。自殺なんてしなくても、たどる結末はみんな同じなんですよ」

 

女「いつか、絶対に人は死ぬ」

 

女「……そうなんですよね、いつかわたしたちって絶対に死ぬんですよね」

 

男「待ってください。しつこいですけど、ここから飛び降りても……!」

 

女「もう遅いです。えいっ」

 

男「……」

 

女「塀から飛び降りましたよ」

 

男「……内側にね」

 

女「わたしは嘘はついてませんよ。一度も飛び降りるなんて言ってません」

 

男「……そのとおりです」

 

女「そう、結末は決まってます。どうせここで死ななくてもいつかは死ぬ」

 

女「だったらみっともない、みじめな人生を続けてもいいかもしれません」

 

女「あなたは言いましたね」

 

女「『死ぬって決めたら、こころにゆとりができません?』って」

 

男「そんなこと言いましたっけ?」

 

女「ええ、はっきりと」

 

女「みんな最後は死ぬって思ったら、少し生きようと思いました」

 

女「もう少しだけ、生きてみじめな思いをしようと決めました」

 

男「……後悔するかもしれませんよ」

 

女「そうしたら、死にます」

 

男「また後悔するかもしれませんよ」

 

女「だったら、生きて後悔するほうをとります」

 

男「あなたは変な人ですね」

 

女「あなたに言われたくありません」

 

女「あなたのせいで、わたし、生きることになりましたから」

 

男「ひどい言い草ですね」

 

女「ホントですよね」

 

男「僕ならいいですけど、ほかの人とお話するときは、もう少し言葉を考えたほうがいいですよ」

 

女「そっくりそのままおかえしします」

 

男「あはは、たしかに僕も人のこと言えませんね」

 

女「認めたくありませんが、案外わたしたちって似たものどうしなのかも」

 

男「……この手は?」

 

女「握手です」

 

女「わたしはあなたがきらいです」

 

男「あれ? 生きてなければきらいじゃないみたいなこと、言ってましたよね?」

 

女「あなたは例外です」

 

男「あらら。死んでから、生まれてはじめてフラれるなんて。悲しいですね」

 

女「はいはい、わかりました」

 

男「……握手、どうすればいいんでしょうか?」

 

女「細かいことは気にしないでください」

 

女「ただ、わたしの手を握ってください」

 

男「……はい」

 

女「ふふっ……やっぱり変ですね」

 

男「あはは、手が微妙に透けてますね」

 

女「かんちがいはしないでくださいね。わたしは、あなたのことがきらいですから」

 

男「しつこいですね、あなたも」

 

女「あなたには負けます」

 

男「どうでしょうね」

 

女「……きらいなあなたのせいで、わたしは生きようと思っちゃいました」

 

男「あなたらしいセリフですね」

 

女「でも、ありがとうございます」

 

女「あなたに会えて、本当によかったです」

 

男「……」

 

男「やだなあ、勘弁してくださいよ」

 

女「?」

 

男「もっと生きたいって思っちゃうじゃないですか」

 

女「じゃあいつか、あなたが死にたくなるぐらい幸せな姿を見せてあげますよ」

 

男「いつごろになりますかね」

 

女「知りません。生きてるうちに、とだけ言っておきます」

 

男「楽しみにしておきます」

 

 

 

 

引用元:

男「自殺するっていうならその前に僕に抱かれませんか?」

http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1397221752/

 


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