【待ちきれなくて】女「いいから、じっとして・・・」男「え?」。バイト帰りに出会った女が、突然、男に・・・その後、まさかこんな神展開が待っているとは・・・・

最初にちょっとした俺の詳細

 

当時20歳

 

すこし細かく言うと大学一浪して
四月生まれだった俺は
入学直後に成人した大学一年生。

 

顔はよくはないが
それほど絶望的ではないと思いたい。

 

コミュ力も低くはないはず

 

まあ多分高校ならクラスに一人、
大学だったら大勢いそうな一学生といえば想像しやすいかも知れない。

 

当時は地元の隣県の国立大学に入学して二か月弱だった。

 

高校のころは一人暮らしにあこがれを抱いていて、その大変さを過ごしてから気づいて、自分の無能さに気づいて、ようやく生活リズムが出来上がったころにバイトを始めた。

 

仕送りも一応してもらっていたが俺の周りの奴らは結構苦学生が多くて、「俺も何かするべきなんじゃないか」なんて考えたり、恋人もいない、他学部と比べると暇である、といういくつかの要因も重なってバイトを始めた。

 

今の日本何て地方はどこも人が少ない。

 

夜の九時過ぎにもなれば飲み屋街以外は人影もまばらだ。

 

日付は確か六月の中旬ぐらいだったと思う。

 

その日は綺麗な三日月が浮かんでいたのを覚えている。

 

バイト終わりの俺はそんな夜道を歩いていた。

 

そんななかで公園の近くを通ると控えめなギターの音色が聞こえた。

 

今考えても不思議な話で、言い方は悪いが気まぐれみたいなものでギターの音色にフラフラ誘われて音源に近づいていった。

 

通りを一本裏に入って行ったところにあったその公園は、大きさの割に街灯の数が多くなかった。

 

だから音源の位置の特定に少し時間がかかった。

 

街灯の真下のベンチに人影はなかった。

 

そこから少し離れたベンチから音が出ていた。

 

エルトン・ジョンの「Your song」だった。

 

女性の綺麗な歌声だった。

 

気が付けば聞き惚れていた。

 

弾き終わった彼女がこちらに気が付いた。

 

どうやら下を向いて歌う彼女の顔を見ようとして近づきすぎてしまったようだった。

 

だが近づいたおかげでぼんやりと彼女が認識できる。

 

制服のように見えるが薄暗くて詳しくは判別しかねる。

 

学生だろうか。

 

「「あっ・・・」」

 

俺と彼女の声が重なった。

 

思ったよりも若い声で俺の方に声をかけてきた。

 

少女「見られてましたか?恥ずかしいな・・」

 

彼女は勝手に見ていた俺を非難することもなくそういった。

 

依然として顔が見えないので表情は分からないが言葉通り恥ずかしがっているように感じた。

 

俺「いや、上手だったよ。聞き惚れてた。」

 

少女「本当ですか!?嬉しいなぁ!あっ!リクエストあるなら弾きますよ!!」

 

彼女の声が嬉しそうな声色に変わる。

 

ほめられてテンションが上がったらしい。

 

「へぇ、色々出来るの?」

 

「はい!和洋中なんでもどうぞ!」

 

この受け答えの時点で中々冗談の通じそうな子であることと、同時に少し変わった子だということを理解した。

 

「料理じゃないんだからwそうだな…いきなり言われてもなぁ・・・」

 

正直言ってその少女のレパートリーが分からないわけで、リクエストのしようがない。

 

「無いなら適当にやりますよ。すみません、ちょっと待ってください。」

 

そういうと少女は少しチューニングをしてから、

 

「では!」といって歌いだした。

 

浜田省吾の『もう一つの土曜日』だった。

 

バラードが合うのか歌がうまいのか。

 

きっと両方だろう。

 

巧拙を語れるほどに俺は上手くないから批評なんてできないのだが、おそらく魂がこもっていると言えば一番近いのだろう。

 

しっとりと歌い上げる彼女の声が響く。

 

「お疲れ様。」

 

歌い終わった彼女に声をかけると、顔は依然見えないながらはにかむ様に

 

「どもども」

 

という声が返ってきた。

 

曲が終わると何を話せばいいのか分からなくなった。

 

わずかに沈黙が続く。

 

が、突然彼女が叫ぶ。

 

「うわ!もうこんな時間!」

 

というと少女は手慣れた様子でギターをケースにしまい、立ちあがって公園の出口に向かっていった。

 

「あ、あのさ!」

 

自分でもこの時に何故声をかけたのかは分からない。

 

「また、ここに来る?」

 

「う~ん・・・今日だけのつもりだったけどお客さんがいるならもう少しこようかなw」

 

その一言だけを残して少女は振り返ることもなく公園から立ち去った。

 

街灯の下を通る彼女は制服姿だった。

 

伊達「という夢を見たんだな?」

 

俺「いや、開口一番でそりゃないだろw」

 

こんな会話はその日の翌日に俺の部屋で交わされた。

 

会話の相手は高校からの旧友・伊達(外見上サンドイッチマンの伊達にどことなく似ているので便宜上「伊達」)だった。

 

学部こそ違うが地元の高校から一緒にここまで来たのはこいつだけだ。

 

こいつとは高校からの付き合いだが似ている部分が少ないのに仲が良かった。

 

学力の差だろうか?

 

伊達は俺と同じく一浪こそしているものの医学部合格を果たした秀才である。

 

価値観も考えも違う。

 

だからこいつに話を聞いてもらうことでだいぶ違う見方ができたりする。

 

だが些か話しにくいところもある。

 

「何で小島(俺、ノリがアンジャッシュの小島ににているらしいので顔は似ているといわれる芸能人がいないのでご想像で)だけ現役JKと出会いがあるんだよ!俺もお近づきになりたい!」

 

残念なことにこんな感じの男だった。

 

「落ち着けよ。俺自身奇妙に思ったから相談してるんだよ」

 

「ふん。いいよいいよ。リア充の小島様は俺みたいにクリスマスにもエロゲやってる奴の気持ちはわかるまい!」

 

「そう言うなって。後でハーゲンダッツ奢ってやるから。」

 

「聞こう!」

 

「正座までしやがった!」

 

現金な奴だ。

 

だがダッツくらいで話を聞いてくれるなら安いものだ。

 

「で、何?具体的にどうしたいの?」

 

「どうって・・・」

 

言われて気づいた。

 

会いたい、とは思ったが会って何をするか何て全く考えていなかった。

 

「何さ?雨降って透けブラ見たいって?何てエロゲさ!」

 

「言ってねぇだろ!落ち着けって・・・はぁ・・・」

 

俺がこの男を頼るのは少なくない事だが話題が逸れるため少々相談をためらう事もまた多い。

 

もう一度言うがこんな男なのである。

 

「そうだな・・・何をしたいかは考えていなかったな・・・」

 

「は?マジで?そんなのでいいの?」

 

素のトーンで心底意外だというように伊達が驚く。

 

「そんなのって・・・お前なぁ・・・」

 

「なあ小島よ。未来は可能性で出来てるんだぜ?」

 

呆れ笑いとでも言えば良いのだろうか。

 

伊達は俺にそんな表情で言った。

 

少し考える。

 

「まぁ、そうだな・・・望みを言えばまた歌を聴きたいのと、少し話してみたいな、名前も知らんし。」

 

「ふむ、そうか・・・なら今日も会えるんじゃないか?そういう約束なんだろ?」

 

「約束、ねぇ・・・」

 

顔すらよく知らない女の子とまた会おうなんて約束に現実味が湧かなくて苦笑する。

 

俺が微妙な顔をしたからだろう。

 

伊達がおもむろに立ち上がり、テーブルに足を乗せながら、

 

「この伊達明慶(あきよし、名前は本名)には夢がある!」

 

バーン!という効果音をつけたくなる伊達。

 

「いや、そういうのいいんでw」

 

ネタは分かるが返したらドツボにはまるのは目に見えている。

 

そしてこいつは俺の何倍も幅が広い。

 

魔法少女からモビルスーツまでそつなく話せる奴だ。

 

「なんだよ~、まぁいいや!ダッツ買いに行こう!」

 

「はいはい・・・」

 

面と向かってなんて言えないがこいつがいるだけで大分助かっているし、人生が楽しくも感じる。

 

伊達との会話は朝の事だった。

 

その日は日曜だったので10時くらいから二時半まで伊達と一緒に試験勉強をしてから三時からのバイトに向かった。

 

バイト先はコンビニ、

 

一緒のシフトは五十過ぎの店長、(便宜上ジャムおじさんとでも呼ぶことにしよう。)

 

「ねぇ、小島君?ほぼ毎日来てもらって何だが彼女とかいないのかね?」

 

「店長・・・w」

 

苦笑する。

 

自身の口から言うのは中々の敗北感だった。

 

「俺の顔でそんなのいませんて。」

 

「そうかい?君は無個性だが好感の持てる青年だと思うんだがね。」

 

聞き捨てならないことをいうジャムさん。

 

だがこうやって冗談の言える人としては数少ない年上の人物でもあった。

 

「まあ、しないよりもしたほうがいいものだよ?恋愛は」

 

「否定はしませんが相手がいないんですよ・・・」

 

苦笑しながら休憩に入って行った。

 

男子大学生の悲しすぎるが偽らざる事実だった。

 

(だがまあ、考えてみりゃこの子も一応対象にはなり得るんだよな。)

 

「♪~~~♪~~」

 

昨日よりも少し近くなった彼女との距離を気にしながら彼女の声に聞き入る。

 

ワイシャツにチェックのスカート、

 

赤いギター、

 

昨日よりも少し鮮明に彼女を捉えた。

 

今日もまた彼女は洋楽を歌っていた。

 

スティービー・ワンダーの「Part time lover」だった。

 

アコギでやっているので少し曲調が変わっているが相変わらず上手い。

 

(そもそも名前も知らんしなぁ・・・)

 

コミュ障ではないが、俺は人見知りだ。

 

出会って二日目で面識がほぼ皆無の女性に自分から名前を聞く程のスキルは俺には無かった。

 

観客が一人のリサイタルがいったん止まる。

 

「えへへ、どうでした?」

 

「ああ、うん。じょうずだった・・・って語彙貧困だな俺はw」

 

距離が少しだけ近くなったおかげだろう。

 

昨日見えなかった彼女の顔が少しだが分かる。

 

整った顔立ちはいつぞや伊達が見せたアイドルに似ていた。

 

その顔がにこやかに俺を見る。

 

「本当ですか?ギター始めたの少し前だから全然自信なかったんですよ。」

 

「へぇ。そうなんだ。歌が随分うまいからてっきりずっとやってたのかと思った。」

 

「ううん、お兄ちゃんがやってたから貰ったの。」

 

「へぇ・・・」

 

指使いは随分と淀みがなかったので初心者には思えなかった。

 

「お兄さんは?何か楽器とかできないの?」

 

「俺?昔友達にギターのコード教えてもらったかな…今はほとんど忘れるくらいだから本当に嗜む程度なんだがw」

 

「お兄さんも出来るんだ!」

 

同好の士を見つけたからだろう。

 

嬉しそうな声音が響く。

 

「いや、でも弦抑えるのだけで精一杯で曲なんか弾けないよ」

 

「そうなの?残念だなぁ…あっ!じゃあさ!」

 

私が教えてあげるよ。

 

彼女は笑いながらこう続けた。

 

伊達「という夢を見たんだな?」

 

俺「いや、使いまわしはするなよw」

 

再び伊達と会談。

 

と言っても今度の会話は人でごった返す学食で行われた。

 

進展があったら言えと釘を刺されていたので今に至る。

 

だが想定外だったのは他の友人たちも一緒に居ることだった。

 

どうやら伊達が漏らしたらしく、さながら事情聴取だった。

 

友人A「何さ!ギターの練習しててうっかり手が触れてイチャイチャな雰囲気に持っていくんだろ?」

 

B「羨ましいぞ!小島!俺らにも分けろ!」

 

C「然り!俺も『お兄さん』って呼ばれたい!」

 

俺「ええい!静まれ!」

 

伊達「でも断らなかったんだろう?」

 

閉口する。

 

だが一人の男子としてそんな申し出を断れるかと言われたら答えはNOだろ?

 

俺と伊達の友人という点と会話文から推察できるだろうが友人らは女の子(二次三次とわず)大好きな変人たちである。

 

と、不意に対面の伊達が立ち上がる。

 

「伊達?」

 

「諸君、私は女の子が好きだ。諸君、私は女の子が好きだ。諸君、私は女の子が大好きだ!」

 

「「「「「「少佐~~~!!!」」」」」」

 

「・・・」

 

無言で席を離れようとして両隣の友人たちが俺の肩を抑えて座らせる。

 

地獄だ・・・

 

「年下の女の子が好きだ。
同い年の女子が好きだ。
年上の女性が好きだ。
ネコ耳が好きだ。
メイド服が好きだ。
巫女服が好きだ。
スク水が好きだ。
ジャージが好きだ。
制服が好きだ。
テニスウェアが好きだ。
ゴス服が好きだ。
諸君、私に付き従う同志諸君、君たちは一体何を望む?」

 

「「「「「「うおおおおおおお!!!少佐~!!!」」」」」」

 

「よろしいならば尾行だ!第三次ゼーレベ作戦、状況を開始せよ!」

 

分かってたさ・・・

 

分かってて目を逸らしたんだ・・・

 

こいつらは、バカだ・・・

 

その日のバイト先は異様な雰囲気だった。

 

そりゃコンビニの雑誌コーナーに七人も男がいりゃぁ異様だろう。

 

しかも全員が成人誌読んでるし

 

「ねぇ・・・小島君?彼ら君がシフト入ってからずっといるよ?大丈夫?警察呼ぼうか?」

 

はたから見て異様なのは明白だった。

 

俺とほとんど同じタイミングで入ってきたので心配したジャムおじさんは結構真剣に提案してくれた。

 

「はい・・・大丈夫です・・・」

 

友人です、というとまた色々心配されそうである。

 

というか警察沙汰になれば一人ぐらい連れていかれてもおかしくなさそうな奴らであるのでそれもまた危険だった。

 

常識人のジャムさんからしたらこんな奴らが自分の街にこんなにいると分かったら卒倒しかねない。

 

「っと・・・そろそろあがりだね、今日もお疲れ!」

 

いい笑顔で笑いかけるジャムさん。

 

昼とのあまりのギャップに僅かに涙腺が緩んだ。

 

「はい、おつか、っと、いらっしゃいま・・・マジか・・・」

 

あがろうとして来客、とりあえずあいさつはしようとして―固まった。

 

今のタイミングで一番来てほしくない、来てはいけないお客様が来店した。

 

どことなくみたことのある少女

 

そうつまり―ギターケースを肩に掛けた制服姿のJK

 

「あっ!お兄さんだ!」

 

例の彼女である。

 

「「「「「「「!!」」」」」」」

 

雑誌コーナーの全員がこちらを伺う。

 

成人誌片手に。

 

瞠目するジャムおじさん。

 

しかし瞳には「興味」の二文字が浮かんでいる。

 

つい先日女っ気がないという話をしたばかりだったのもあるだろう。

 

「ちょ、違、これには訳がですね!」

 

ジャムさんが何か言う前から慌てて弁明する俺。

 

「お兄さんまだバイト?はやく行こうよお兄さん!お兄さんの知らないこと色々教えてあげるから!」

 

少女が悪戯っぽく意味深にそういうと目元を細め、口だけ動かして笑う。

 

・・・orz・・・

 

「いや、ごめんねwお兄さんに迷惑かけたみたいでw」

 

店長からの尋問をかいくぐり逃げおおせると店の前で待つ彼女と合流した。

 

確実に確信犯な少女は笑いながら謝罪した。

 

中々いい性格である。

 

伊達と同じ匂いだ。

 

がそうなると共通する弱みがあるはず。

 

恐らくハプニングに弱いだろう。

 

後で試そう。

 

「いや、まあ、そういうこともあるよ・・・」

 

しかし今は怒る気力すら湧かない。

 

今後のバイトが憂鬱だ。

 

「でもお兄さんあのコンビニでバイトしたんだね。私よく行くけど会ったことなかったから知らなかったよ。」

 

「ああ、シフトによって結構変わるからな。」

 

「いつもカッコいい店員さんだからあそこ行くんだけど偶然だね。」

 

「カッコいい店員ねぇ・・・」

 

福士君(福士蒼汰似のイケメン同僚)だろうか。

 

何とも言えない敗北感を味わう。

 

やはり顔か・・・

 

こんなとりとめのない会話をしながら公園へ。

 

距離にすると公園はバイト先から徒歩で三分ほどの距離だった。

 

いつものように彼女はほとんど光が差さないベンチに腰掛ける。

 

「そういえばさ、お兄さんって小島って名前だったんだね。」

 

ギターをケースから出してチューニングしながら少女は思い出したように言った。

 

「ん?そうだけど・・・俺名乗ったっけ?って、ああ、そうか名札か。」

 

「そうそう、よくよく考えたら私たち名前も知らないで二日間も当たり前に喋ってたんだよね、ちょっと不思議だね。」

 

言われてみればちょっと―というかかなり―不思議な関係だ。

 

「一応私も名乗っておくね、白石、白石麻衣(しらいしまい、後々伊達がAKBだかの白石って子に似ているらしいので便宜上)。

 

お兄さんの下の名前は?」

 

「雅人(まさひと、本名です)まあ、好きなように呼んでくれ。」

 

「う~ん…お兄さんかな?」

 

「名前知っても意味ないじゃんw」

 

笑いあう俺と少女―白石―。

 

今でも思うことだが似ている部分の少ない俺らだがどうやら波長は合うらしい

 

「さて、じゃあ弾こうかな。」

 

たまには邦楽を、といって彼女が歌いだしたのはコブクロの「赤い糸」だった。

 

歌い終わった彼女は一息つくと、

 

「じゃあお兄さん。練習しようか。」

 

昨日言ったことはどうやら本気だったようで彼女は俺に手招きをした。

 

それに従って近づく俺。

 

「はい、ここ座る!」

 

座っているベンチの空いている部分を手でぺちぺち叩く仕草がかわいい。

 

「はいはい。」

 

「はい、持って。で、持ち方はこう・・・」

 

と言って遠慮する様子もなく俺の手に触れてくる

 

一瞬強張る俺。

 

座ったまま俺のほうに身を乗り出すような姿勢なので距離が異様に近い。

 

仲のいい女友達ならいるがこんなに近づいたことはないし、ここまで接触すらそんなにしないため俺は大分緊張していた。

 

「まずAがこう人差し指をこうして・・・」

 

彼女の指が俺の指を弦の決まった位置に促していく。

 

男の手とは違う柔らかさが確かにあった。

 

目の前にある髪から良いにおいがする。

 

考えないようにして心臓が逆に跳ね始める。

 

リアルにシロクマ効果なんて初めてかもしれない。

 

白石の声がどこか遠く感じる。

 

「で、これで弾くと・・・この音がA、覚えてね。で、次がE、今度はこうして・・・」

 

こうしてギター講座は二十分ほど続いてから「時間だから」の一言を残して白石はいつものように去って行った。

 

左手に残る感触がいやに現実的だった。

 

「なぁ、小島よ・・・」

 

どこかで見ていたであろう伊達がいつの間にか背後にいた。

 

そして一言、俺の肩に手を乗せながら、

 

「爆発してくれない?」

 

数年の付き合いの中で指折りの笑顔を浮かべて言い放った。

 

きっとこれから伊達の部屋で酒盛りが始まるだろう。

 

主に俺への怨嗟の声で充ちるだろうが。

 

こんな感じでバイトのある時は帰りがけに、無い時も出来るだけ余裕を作って白石に会いに公園に足を向けるようになった。

 

公園にはほとんど毎日行っていたがそこで彼女に会えなかったのは数えるほどしかなかった。

 

そのぐらい日課になっていたといってもよかった。

 

その時の彼女に恋愛感情が全く無かったと言えば嘘になる。

 

俺が行くと彼女が公園に居るというのがほとんどだった。

 

大体の流れとしては彼女が一曲歌う→リクエスト→ギター教室という流れだった。

 

その日もバイト帰りに公園によると見慣れた格好の白石が座っていた。

 

「ん、お疲れ。ほれ、差し入れ。」

 

コーヒーとスコールの二択で白石は後者を取った。

 

「あ、お兄さんだ。うん?気が利くね、褒めて遣わす!w」

 

「そりゃどうも・・・隣良いか?」

 

「あ、うん…お疲れ?」

 

いつもは立ちっぱなしで曲を聴く俺がいきなり座ったからだろう、意外そうといった声で俺に問う白石。

 

「ん?ああ、期末に向けてやらなきゃいけないこともあるし、今日は違うが最近、夜勤入れられてるから朝キツイしで、まあ少しは疲れてるかな。」

 

「へぇ、大学生って大変なんだね。高校生で良かった。」

 

「再来年あたりはお前も大学生だろ?今のうちに遊んどけw」

 

「うん・・・そだね。」

 

いつもは溌剌として冗談を口にする彼女にしてはどことなくぎこちない答え方に感じた。

 

「どうかしたのか?」

 

「ん?どうして?」

 

「いや・・・なんとなく・・・」

 

「お兄さんの気のせいだよ、きっと。」

 

そういって白石は持っていたスコールを喉に流し込んでいく。

 

俺にはなんとなく、本当に何となくだが喉から出かかった言葉を無理やり飲み込んだように見えた。

 

「そっか、疲れてるなら早めに切り上げようかな。じゃあ私の曲をカットして…」

 

「いやいやいやお前の歌聞きに来てるんだから。ギター教えてもらうのはおまけみたいなものだろw」

 

「そんなに私の歌好きなの?w」

 

「好きだな。そして冗談じゃなくてその辺のライブハウスでライブしたら金とれると思うぞ。」

 

「嘘だよw下手じゃないとは思うけどそんなに上手くないのは分かってるよ。」

 

「結構本気なんだがな…」

 

「まあいいや、じゃあ僭越ながら一曲・・・」

 

いつものように歌いだす白石。

 

この日だけは何をうたったか覚えていない辺りきっと本当に疲れていたんだろう。

 

その日はそのあとに少し雑談をして帰った。

 

自分でも後になって気づいたことだが、
当時の俺は彼女の曲を聴くのが、
より正確に言えば彼女に会いに行くのが
一種の精神安定剤的なものだったんだと思う。

 

何度も言うがあまり話の合わない
サークルの奴らといるより
白石と軽口を叩いているほうがずっと有意義だった。

 

その日は七夕だったが生憎の天気で、そんな空の上でまでリア充が湧く日にも非リアな俺はバイトだった。

 

傘で上半身が濡れるのはある程度防いだが下半身、特に足元は絞れるだけ濡れていた。

 

スタッフルームに入って行くと店長がタオルを渡しながら笑いかけてきた。

 

「大分濡れたね。色男に成ったんじゃないかい?」

 

「水が滴っても所詮俺は俺ですがねw」自虐したところで痛くも痒くもない。

 

客観的な事実だ。

 

ハハッ、っと店長は笑う。

 

「君は君であればいいんだよ」ニコニコ顔でジャムさんは言い切る。

 

「・・・何気に深い発言ですね・・・」

 

「だろう?だからこの前の子のことを私にだね・・・」

 

「さぁ!仕事しますよ。店長!」

 

「ああ、待ちたまえ小島君!」

 

俺のバイト先は天候がどうであれにぎやかだった。

 

帰りがけに雨は止んだ。

 

通り雨だったらしい。

 

閉じた傘を片手に帰路につく。

 

「・・・」

 

公園への横道。

 

耳を澄ます。

 

涼やかなギターの音色が濡れた道を通ってくる。

 

雨上がりにもやるんだろうかと考えながらも足は公園に向いていった。

 

彼女は、白石はいた。

 

公園に唯一の東屋にポツンと。

 

取り残されたみたいに。

 

「白石?おーい、白石さん?」

 

「・・・うん?ああ、お兄さん・・・そっか今日も来たんだ。」

 

今初めて俺を認識したようにいう白石。

 

「ギターの音が聞こえたから、いるかと思って。」

 

「あ、そっか。雨やんでたんだ・・・」

 

雨が止んだことも初めて気づいたように言う白石。

 

「その、どうかしたのか?」

 

いかに鈍い俺でも流石におかしいと感じて問う。

 

いつもの白石からは考えられないほどの勢いのなさだった。

 

「うん、その、別に、何でも・・・ないよ?」

 

基本的に白石は正直だ。

 

というよりも自分に素直と言えばいいだろうか。

 

感情をそんなに隠そうとしない女の子だったし、たいていの場合はちゃんとそれを言葉にした。

 

そんな白石が嘘をついてもばれるのは当然ともいえるだろう。

 

「何でもない人間はそんな反応しないんだよ・・・無理に話せとは言わないけどさ・・・」

 

そういって白石の横に許可なく、彼女とは反対の方向を向いて座る。

 

「まあ、アレだ、俺が無理に聞き出すのも違うからな。言いたかったら言えば良いし、言いたくなかったら楽しいお話でもしよう。」

 

このあいだあった伊達のばか話は傑作だったと思ってネタを考えているうちに、

 

「ねぇ、お兄さん。」

 

「ん?」

 

「どうして、そんなに優しいの?」

 

「優しい・・・ねぇw」

 

せせら笑う。

 

たぶんおおよそは間違ってはいないと思う。

 

自分で言うのも中々に変な話だが、優しいか優しくないかと問われると多分優しい類何だろう。

 

基本的に人を見限れないし苦しんでいる人をどうにかしたいと思ってしまう。

 

そのくせそんなことをおくびにも出さないから伊達からは「ツンデレ」という結構な称号をいただいてしまった。

 

自分のそういった点はあまり好きではない。

 

「俺は人を楽しませるのが楽しい人だから、それに悲しいよりも笑ってたほうがいいじゃん?」

 

当たり前だけどさ、

 

笑いながら言う。

 

答えになっていないなぁと思いながら。

 

シリアスなんて柄じゃない。

 

いつだって楽しいほうがいい。

 

人生は一度しかない、俺は俺の周りの奴に笑っていて欲しい。

 

だから俺はバカをやって生きるぞ。

 

いつの日か伊達が俺に言った言葉。

 

当時は随分衝撃を受けたものだ

 

そんな伊達の言葉が今でも活きていると思う。

 

「そっか・・・そうだよね・・・うん、よし!」

 

一度顔を叩いてから立ち上がる白石。

 

「お?」

 

「お兄さんありがとう!まだ大丈夫だから、もう少し悩んだら相談するね!」

 

いつもの彼女の活発さだ。

 

「ん、そっか。」

 

内心では色々グルグル考えているくせに素っ気ないように見せる俺。

 

本当にこれだから伊達からツンデレ何て結構な称号をいただくのだろう。

 

「うん。元気出た!じゃあお兄さん!」

 

「はい?」

 

「私お腹すいたな!何か奢ってくれてもいいんだよ?」

 

「・・・」

 

知ってたか?

 

本当に驚くと人間、声も出ないんだぜ。

 

とにかくさっきまでの深刻そうな雰囲気とのギャップがありすぎた。

 

だが仕送りもそんなに多くないし緊急時の為のものでできればそれには手を出したくない。

 

バイトも給料日直前だ。

 

その旨を伝えると、

 

「よし、じゃあスーパーに行こう!私が料理を作ってあげよう。」

 

キッチン貸してね。

 

完全にいつものに戻った状態で白石は堂々と俺の家に上がり込むと宣言したのだった。

 

「五分、いや、三分でいいからここで待て。」

 

やんわりと断った俺だったが白石は譲らず結局スーパーを経由して家の前までついてこられて俺が折れた。

 

「はーい。エッチな本はちゃんと隠してねw」

 

皆まで聞かずにドアを閉めて掃除、もとい隠ぺい工作を始める。

 

とりあえず部屋中の窓を全開にして風を通す。

 

その後、伊達秘蔵のベット下のトレジャーたちは押し入れにぶち込み、散らかった衣類はドラム型洗濯機さんの胃袋に詰め込む。

 

「ふむ、まあいいか。」

 

とりあえず人間が住む最低ラインの部屋にはなった。

 

時計を見る。

 

二分半。

 

パーフェクトと思ったが目についたリセッシュを部屋中に散布してジャスト三分。

 

完璧だ。

 

「お待たせしました。お嬢様w」

 

俺がふざけてドアを開けながら言うと、

 

「メルシーw」

 

何て言いながら部屋に入ってきた。

 

「へぇ、いい部屋だね。それにまあまあ掃除もしてるみたいだね。」

 

第一声から謗られることがなくて小さく安堵した。

 

大学まで徒歩五分。

 

築十数年。

 

十畳一間で家賃4万。

 

地方の一学生には勿体ないほどの部屋。

 

この地区にしては高いほうだ。

 

「そうだな。悪くはないな。」

 

「いいなぁ。一人暮らし。私もしたいなぁ。」

 

「いずれするようになるよ。」

 

しかし自分の部屋に制服姿のJKがいるというのは中々違和感があった。

 

いつも入り浸っている伊達達は自分の家のように過ごす。

 

それもまた問題だと思うが。

 

じゃあさっそく、

 

そういってスーパーの袋の中の食材を持って台所に向かう。

 

「一番得意なんだ!」

 

白石はそういってオムライスの食材を見繕った。

 

「お兄さんは適当にテレビでも見てていいよ。」

 

「ああ」

 

「あとパーカーか何か貸してほしいな。制服汚すと困るし。」

 

「ああ。うん。ほれ。」適当にラックにかかっていたパーカーを渡す。

 

「うわ、ぶかぶかだ。」

 

「ああ、だな。」

 

半ば上の空で応対する。

 

あ、ご飯は炊けてるんだ、とか

 

まな板が意外と可愛い、
とか終始声が止まることなく、
話しっぱなしだったが
白石は慣れた手つきで調理を進めていた。

 

対して俺は結構真剣に悩んでいた。

 

いくらそれなりに話せるとはいえ一応俺も一人暮らしの大学生なのだ。

 

そこにホイホイ来るということは普段からそうやって男の家に行ってるのだろうかとか、俺は男として見られていないのだろうか、

 

それとも信頼の表れなのか、なんてことで頭が占有されていてテレビから聞こえるアナウンサーの声が耳を素通りしていく。

 

後で考えてみればこの時点で白石のことでこんなに心乱されている時点でどういう感情を彼女に抱いていたか分かりそうなものだが、まだまだ青かった俺はそれを認識していなかったのだろう。

 

笑い話もいいところだ。

 

と言ってもあのころから大して時間は経っていないのだが。

 

思いのほか早く料理は完成した。

 

見た目だけでいえば以前作った不格好な俺のそれよりも断然うまそうだ。

 

「どうぞ、召し上がれ。」

 

これでまずいとか言ったら漫画だな・・・

 

なんら躊躇することなくオムライスを口に運ぶ。

 

「・・・これは!」

 

「どう、かな?」

 

「白石、お前、欠点とかないのか・・・?」

 

「いや、数学がダメかな・・・でも口に合ったみたいでよかった、自分だけだったら失敗してもいいんだけど、それを人に食べられるのはちょっとねw」

 

そう言うと安心したように息をついてから白石も自分の料理を食べていく。

 

「うーん・・・もうちょっと上手く出来たかもなぁ・・・」

 

口ではそう言いながら料理はどんどん減っていく。

 

「ペース早いな。腹減ってたのか?俺は半分くらいでいいから食うか?」

 

「いや、さすがにそこまでは・・・」

 

もはやお約束のように白石の腹の虫が鳴く。

 

「・・・」

 

「・・・その・・・ちょっとだけ欲しい、かな」

 

「最初からそう言えよ・・・」

 

白石は一人半前をぺろりと平らげると「お茶入れるね。」

 

といって台所に行った。

 

がそこは初めて入ったキッチン、

 

食器類は見れば分かるからいざ知らず、茶の位置までは把握できていないようである。

 

「俺やるから座ってろ。」

 

「いやいや、お兄さんこそ座っててよ。」

 

「俺の家でお前が客だろうが、その辺に座っとけ。」

 

半ば無理矢理に白石を台所から追い出す。

 

自分の家で人を働かせているという状況が落ち着かなかった。

 

何より何もしないと色々と考えてしまう。

 

「コーヒーと茶どっちがいい?」

 

「ん~、お茶で。」

 

「はいよ。ちょっと待ってろ。」

 

「今更だけどお兄さんの部屋って特徴ないよね。」

 

「そうだな・・・」

 

茶を入れながら適当に相槌を打つ。

 

「お兄さんって彼女いなさそうだよね。」

 

「そうだな・・・」

 

「じゃあ私が彼女になってあげようか?」

 

「そうだn・・・はn!?」

 

驚きすぎて手に熱湯をぶちまける。

 

「どわっち!」

 

慌てて蛇口をひねり冷水で冷やす。

 

「ん?!どしたの?」

 

白石が慌てて台所に顔を出す。

 

「なん、でもない。というかお前今何て言った!」

 

「ん?!どしたの?」

 

「そこじゃねぇ!」

 

「え、だから付き合ってあげようかって。」

 

「お前は・・・」

 

頭が痛い。

 

絶対にからかわれている。

 

「もうお兄さん慌てちゃってw」

 

「冗談にしても笑えるものにしとけよ・・・心臓に悪い・・・」

 

「・・・嫌だった?」

 

そうやって不安そうな瞳で俺を見るんじゃない。

 

「その・・・申し出自体は嬉しいもんだが・・・白石が俺に本気でいうようには聞こえないなw」

 

慎重に言葉を選びながら応える。

 

「まあ、何年か経って二人とも彼氏も彼女もいなかったら付き合おうか?w」

 

「何とも悲しい予定だな・・・」

 

小さく笑いながら、どこかで叶えばいいなと望んでいる自分がいた。

 

それから茶を入れて二人でとりとめのない話をした。

 

白石の高校の話、俺の大学生活、二人の愚痴、

 

11時過ぎになるまで話題が尽きることもなく話し続けた。

 

さすがにそのころになると白石が時計を気にし始めた。

 

「そろそろ帰るか?」

 

話題に困った時の定番である伊達のあほな話(このときは自転車で5、6m程空を飛んで前方に一回転した話)を区切り尋ねる。

 

「うん、あんまり遅くなるとダメだしね。」身支度を始める白石。

 

「送っていくからな。」

 

有無を言わせずに言い切る。

 

如何に人の少ない地方といっても変質者が皆無というわけではない。

 

白石は断ろうとしたようだったが俺の強い物言いに何も言わずに頷いた。

 

「うわ、また降り出したな・・・白石、傘折れたんだっけ?」

 

窓から外を見ると通行人が足早に帰路を行く姿が映った。

 

「うん、公園着く直前に風で。」

 

「参ったな・・・」

 

俺の部屋に傘は予備を含めて2,3本あったはずなのだが間の悪いことに数日前にいつものメンツが来た時に貸したまま返ってきていない。

 

俺の使う一本を除いて。

 

最寄りのコンビニまでは徒歩で6,7分。

 

いけない距離ではない。

 

「少し待っててくれ。傘買ってくる。」

 

振り返りながら財布を掴んで白石を見るときょとんとしていた。

 

「え、一本あれば良くない?」

 

「え、いや、だが、だな・・・」

 

そうなるとつまり、傘が一本で白石を送っていくわけで、

 

「お金勿体ないよ。私の家そんなに遠くないし。」

 

「そうか・・・じゃ、いいか・・・」

 

我が友人たちに感謝と謝罪の念が同時に湧くという奇妙なことが起こったがそれはそれ。

 

とにかく結果として俺は白石を相合傘で送っていくことになった。

 

「忘れ物は?」

 

「ん、大丈夫。」

 

「じゃ、行くか。」

 

改まっていう必要なんてないのだが、俺は俺で緊張していたんだ。

 

「相合傘なんて初めて・・・」

 

俯き加減に白石がつぶやく。

 

心臓が一度だけ飛び切り大きく跳ねる。

 

慌てて俺は動揺を隠そうと軽口を叩く。

 

「そうか?俺は何回もあるけどな。」

 

「・・・女の子と?」

 

「それはないな!」

 

「やっぱりw」

 

納得されると凹むなんて言うと彼女はまた笑った。

 

そうやって少し話していると不意に会話が途切れた。

 

そう強くもない雨音以外は車が通る音しか聞こえなくなった。

 

「お兄さん、少し、速い。」

 

途切れた時と同じように不意に白石が声を出した。

 

余計なことを考えそうだからと無心で歩いていたからだろう。

 

歩幅の違いからか白石をよりも早いペースで歩いていたらしい。

 

必死になって俺の速度に合わせようとしている白石が目に入った。

 

「っと、すまん!濡れなかったか?」

 

「うん・・・大丈夫、だけど、そんなのじゃ女の子エスコートできないよ?」

 

「いや、面目ない・・・」

 

少し立ち止まってから再び歩き始めようとして、あることに気づく。

 

彼女の片方の肩、より正確に言うと傘の外側にある方の肩が濡れていた。

 

「何やってんだよ白石!肩濡れてんじゃん!ちゃんと入れよ。風邪ひくぞ。」

 

「あ、う、うん。」

 

遠慮がちに内側に身を寄せる白石。

 

と、ここになって俺氏、気付く。

 

あれ、近くね!?

 

白石の肩が触れる。

 

公園で横に座ることはあっても触れ合うほどの距離はギターを教えてもらう時だけだ。

 

だがそういったときは白石が教えることに集中していて俺も意識しないようにする(これがまた中々不可能に近い)のだが、今回のように白石が素の状態での状況は初めてであった。

 

気のせいかもしれない、気のせいだと思うが俯く彼女の耳が赤いような気がした。

 

俺はこういった経験が悲しいことに皆無だったために大わらわだったが、意外にも白石も余裕が無さそうに見えた。

 

これまでの付き合いで分かったことだが、(やはり伊達と同じで)平時は人を食った性格だからか、彼女は非常にハプニングに弱いように思われた。

 

しかし自分の身ながら意識し始めると彼女の髪の香りや白い首筋が妙に蠱惑的に見えるから不思議なものだ。

 

「男は単純」とは至言だとつくづく実感した。

 

色々耐えきれなくなって、今度は俺が少し傘からはみ出て、はみ出たほうの肩が雨に濡れだした。

 

「ねぇお兄さん。」

 

「ん?」

 

声が上ずりそうなのを抑えて聞く。

 

「私ね、雨の日って結構好きなんだ。」

 

「・・・俺の周りにはあんまりそういう奴はいないかな。」

 

どちらかというとアウトドア派が多い友人たちは雨を嫌がった。

 

逆にインドア派は天気なんぞといって興味がなさげだった。

 

ちなみに俺は寝やすいから好きだ、というと、不精だねw、と彼女は笑った。

 

「雨音以外聞こえないとじっくり考え事ができるし、雨が降ったらいつもと違う表情を見られるの。」

 

俺の話を聞いている時とは違った笑顔で微笑む。

 

その表情に若干の不安がよぎる

 

「じゃあ、さ、つかぬ事を聞くけれど・・・」

 

「?、何?」

 

「あー、・・・その、俺といて、楽しい?」

 

時間がたってみればわかることで彼女は無理をして俺に合わせているんじゃないかと不安になってしまったのだろう。

 

しかしこの時の俺の茹であがった頭は思考を軽く放棄していた。

 

「いやその、参考程度に、面白くないと俺のアイデンティティが揺らぐというか―」

 

聞かれてもいないのに言い訳を始める。

 

そんな中で白石の声が耳を打つ。

 

「楽しいよ、とっても」

 

本当に一瞬だけ、雨の音が止んだ。

 

俺の目を見てまっすぐ、白石はそう伝えた。

 

「私の知らないこといっぱい知ってるし、面白いし、いっつも聞く伊達さんの話で大笑いしちゃうし、何より」

 

「・・・何より?」

 

緊張していた。

 

顔が暑かった。

 

心音がうるさかった。

 

白石の顔と同じくらい赤い自覚があった。

 

「お兄さん、いい人だもん。」

 

「っ!」

 

「ん?どしたの?」

 

「なん、でもない。むせた。」

 

出来るだけわざとらしくないようにせきをした。

 

にやけそうな口元を慌てておさえた。

 

白石はにやけてたからきっとばれてたんだろうけれど何も言わなかった。

 

「あ、あれ、私の家!」

 

白石が声をあげた。

 

指さしたのは新しいとも古いとも言えない二階建ての一軒家だった。

 

玄関まで行くと白石が傘から出ていく。

 

そこにあった確かな温度が徐々に薄れて、やがて消えていった。

 

「送ってくれてありがとね。」

 

「いや、当然だしな。」

 

そういってまだ少し赤い顔をして二人で見つめ合うって、何を言えば良いのかわからなくなって少し沈黙する。

 

「・・・時間あったらまた行くね。」

 

「・・・ん、掃除しとく。」

 

ぶっきらぼうに、だけどできるだけ優しく言って、白石が家に入るまで見送った。

 

一連のやり取りを思い出して沸き上がった感情の名前もよくわからないまま、それが抑えきれなくなってにやけながら全力で走り出した。

 

話したら後で伊達に笑われた。

 

部屋の玄関まで来てようやく落ち着きを取り戻した。

 

いかんな、しっかりしないと・・・

 

そう考えながらドアノブに手をかけ―静止する。

 

5mm程下げていたはずのドアノブが元の位置に戻っている。

 

その時、俺に電流が走る。

 

俺の部屋の鍵は俺が一本とあの男以外持っていない。

 

そう判断し、鍵を開け、ドアノブを下ろし、ドアを開ける!

 

「ふはははは!食らえ!南斗水鳥拳奥義!伊達百裂拳!」

 

避・・・否・・・死!

 

とか考えて死ぬわけがなく予想通り過ぎて軽い安堵すら覚えながら見飽きた顔を見る。

 

「やっぱりお前か・・・」

 

うちに来ることが多い伊達には一応ということで合鍵を渡してある。

 

先ほどとの落差に目眩がする。

 

生憎とつねった頬がリアルだと教えてくれた。

 

南斗水鳥拳の使い手は今後一生使わないであろう伊達百裂拳の構えを解く。

 

「珍しいな、お前がこんな時間に居ないなんてどこにいってたんだ?」

 

「あー・・・」

 

こいつは基本的にスキルが違いすぎる。

 

推察力もだが出し抜けるとは思っていない。

 

時間を余計に食うだけだ。

 

「あ、ありのままに今起こったことを話すぜ…白石を家まで送ってきた。」

 

端的かつ完璧な文章。

 

対して伊達は、

 

「極・刑☆」

 

死刑判決。

 

「待て、キレるな。白石に飯作ってもらっただけだ。」

 

「!?」

 

「白石が何か奢れっていったんだが金ないって言ったら作ってあげるって言われたんだよ。」

 

「切り刻むぞ?」

 

「で、白石の傘壊れたっていうから相合傘で送ってきた。」

 

「小島が!泣くまで!俺は!殴るのを!止めない!」

 

「胸倉掴むなって・・・そうだ、白石の作ってった飯まだ残ってるけど食うか?」

 

「我が生涯に一片の悔いなし!」

 

「せめて食ってから言えよ・・・」

 

とりあえずお茶でも出すために部屋の中へ。

 

「おかまいなくていいぞ?」

 

「そうか?じゃあ白石の飯もいらないな?」

 

「ごめん!嘘!構ってくれないと死ぬ!自殺する!」

 

「アホかw」

 

「あ!皿とかも白石ちゃんの使ったやつでいいぞ!」

 

流石伊達。

 

歪みのなさに感服する。

 

当然ながらそんなことはせず適当に流しながら伊達に皿を出す。

 

夏場なので中途半端に残った夕飯の処理に困っているところだった。

 

「で、お前は何しに来たんだ?」

 

「ん?もりゃもまえ、ちらいちちゅんぽもちんてんみちゅいちぇだま…」

 

「喋るか食うかどっちかにしろよ・・・」

 

聞き取れなくはないがこれを人前でやったら後々伊達が困るだろう。

 

「ガシャガシャガシャ!ガァツガァツ!」

 

「食うんかい!話せよ!」

 

「そりゃお前白石ちゃんとの進展について聞こうと思ったんだが・・・その様子だと心配なさそうだな。」

 

口角をあげる伊達。

 

だが意地の悪さは感じられない。

 

ここがこいつが人から好かれる所以なのだろう。

 

「ほっとけ、自分はどうなんだよ?」

 

「ん?何だ?俺の夜の営みについてでも聞きたいのか?w」

 

「・・・遠慮する・・・」

 

これはこんなだが腐っても医学部医学科。

 

その上先程挙げた人の良さもある。

 

多少の見た目のハンデなど吹き飛ばして余りある。

 

伊達は伊達でこれもまた話にできる恋愛をしているから後で書いてもらうのも悪くないかもしれない。

 

「まあ、あんまり深くは聞かないが、気を付けろよ?」

 

「ん?」

 

「深い付き合い自体は悪くないが、深入りしすぎるなってことよ。」

 

それからすぐに「聞き流せ」と小さく苦笑した。

 

伊達がこんなことを言うのはあまり無かったので妙に印象深かった。

 

そんなことがあってから三日経った七月下旬。

 

白石は夏休みに入っていたが俺は俺とて夏休み前の試験に向けて詰め込み作業を行いながら合間々々で白石の顔を見に公園に通っていた。

 

「どうしたのお兄さん?顔青いよ?」

 

その日の彼女の第一声はそんなだった。

 

「ん?ああ、寝不足だと思う…」

 

全てバイトのせいとは言わないがやはりバイトによって時間を拘束されていたのは事実だった。

 

別にシフトを組むジャムさんの責任ではない。

 

日頃からやっていなかったツケが目の下の隈と青い顔だ。

 

「単位落とすと救済措置がないって噂なんだよ・・・」

 

学部の性質上、所謂必修科目は無いに等しかったが親のお陰で奨学金も貰わずに大学に通えている幸せを考えると出来れば単位は落としたくなかった。

 

「無理はしないでね…」

 

余程俺の顔色が優れないのか白石は心配したように言った。

 

「なんかあったら白石が看病してくれると嬉しいなぁw」

 

いつものようにヘラヘラと軽口を叩く俺。

 

こんな場面で真顔になるのはらしくない。

 

「ん~、気が向いたらねw」

 

こういった会話が俺たちらしい会話だ。

 

白石の曲を聴いてから家に戻る。

 

経済学と経営学のレポート達との格闘は深夜を過ぎて早朝までに及んだ。

 

「死ぬ・・・」

 

食欲も湧かずにコンビニで買ったポカリを口に含んで突っ伏す。

 

「日頃からやっておかないからだ。バカめ。」

 

対する伊達の切り返したのは辛辣だったが表情は心配そうに見える。

 

なんだかんだでこいつも優しいものだ。

 

「顔色わりいぞ?午後の講義は?」

 

「今日はフルコマ・・・」

 

「おいおい・・・」

 

伊達の顔が引きつる。

 

「とにかくお前顔色尋常じゃないぞ?午後の試験無い科目は休め。」

 

「3コマだけ試験・・・」

 

「4、5コマは適当に代筆頼んどけ。飯は俺が作りに行ってやるから薬局よって薬買って寝れ。」

 

「・・・あ、金ない・・・」

 

財布を置いてきたためポカリも伊達から奢ってもらった次第だ。

 

「ああ!ったくどうしようもない奴だな!ほれ、裸で悪いけど。」

 

適当に野口さんを俺の手に握らせる。

 

伊達・・・いい奴過ぎて泣ける・・・

 

「十一な?」

 

「・・・マジかよ・・・」

 

3コマの試験をどうにか切り抜け、最寄りの薬局によって風邪薬とカロリーメイト先輩を購入し家に帰る。

 

「頭回らん・・・」

 

白石に会う約束してたなそういや・・・

 

断っておかないと・・・

 

這うようにしてベットに向かい、若干霞む目で白石に風邪で行けなくなった旨をメールで伝える。

 

とそこから唐突に体が怠くなった。

 

恐らく仰向けになったからだろう。

 

意識が遠のいていきながら時計を見た。

 

二時半。

 

伊達が来るのはおそらく六時ごろ。

 

ひと眠りすればちょうどいいだろうとこぼれかけた意識をそのまま手放した。

 

次に意識を取り戻したのは五時過ぎ。

 

まどろみの中で名前を呼ばれていた。

 

「にぃさん!お兄さん!」

 

この呼び方は・・・「白、石?」

 

「大丈夫?お兄さん?」

 

「なん、で?俺、いけないって、メール、したはず・・・」

 

「気が向いたら看病に来るって言ってたでしょ?ほら、しっかりして」

 

口調こそいつもの調子だがそれがどこか柔らかい。

 

「ほら、お兄さんでも食べられそうなの買ってきたから。」

 

この町の特産にして医者が青くなるという果物。

 

リンゴだ。

 

「待っててね、剝いてきてあげるから。っと、その前に・・・」

 

白石がおもむろに俺に対して手を伸ばす。

 

額に白石の手が置かれる。

 

冷たくて柔らかい。

 

「う~ん・・・結構熱あるみたいだなぁ・・・」

 

「むしろ体温上がりそうだよ・・・」

 

「うん?なんか言った?」

 

「何でもない・・・」

 

寝返り打って顔を背ける。

 

「ふーん?まぁいいや、じゃあリンゴ剝いてくるね。」

 

「包丁でケガするなよ・・・?」

 

「大丈夫だって。お兄さん優しすぎw」

 

微笑む白石のその表情と言葉がえらく印象に残っていた。

 

「君を忘れない~♪曲がりくねった道を行く~♪」

 

リンゴの曲ではなくスピッツの「チェリー」を口ずさみながらリンゴを上手剝いていく。

 

「どうよ!一回でいったよ!」

 

皮を途切れさせることなく一回で剝いたことを満足げに示す白石。

 

その白石の服装に目をやるとあることに気づいた。

 

「私服…?」

 

そうか、もう夏休みか・・・

 

「ん?ああ、そっか。お兄さんが私の私服見るの初めてかもね。どうかな?似合う?」

 

白いTシャツにホットパンツ。

 

典型的な夏らしい格好の少女が少し気恥ずかしそうに動く。

 

・・・マジでリアルなのだろうか?

 

これでつねった頬が痛くなかったら絶望しかねない俺だったが伊達の時と同様に、だが今回は幸いなことに現実だった。

 

「ああ、可愛いよ。」

 

「!?」

 

・・・ん?俺今発言ミスったんじゃね?

 

白石は今「似合っているか」と聞いたんであって俺の返答は完全に俺の考えを口にしたそれである。

 

俺の言葉が不意打ちだったのだろう。

 

見る間に白石が赤くなっていく。

 

「ああ!待て!今のはミスだ!いや白石が可愛いのは事実なんだがそうではなくて…」

 

こんな時に限って思考がまとまらない。

 

風邪のせいにしても凡ミスだ。

 

「よ!よく似合ってる!・・・と・・・思う。」

 

尻すぼみに力が抜けていく。

 

「う、うん。あり、がと」

 

その言葉を最後に沈黙する。

 

「り、リンゴ剝いちゃうね・・・」

 

「あ、ああ。頼むわ・・・」

 

十畳の部屋にリンゴの皮が剝かれる音だけが響く。

 

「できたよ。」

 

数分後に白石が声をかけてきた。

 

先程のから少し時間がたったおかげかとりあえず普通に見える。

 

皿には綺麗に切られたリンゴと一本のフォークがあった。

 

「ああ、ありがとな。じゃあさっそく・・・」

 

ベッドを降りてテーブルでいただく。

 

時期じゃなくても旨い辺りは流石は名産。

 

「・・・あれ・・・?」

 

幾つかリンゴをつまんでいると気付いたら目から涙が流れていた。

 

別に涙を流すほどに体に痛みが走ったわけでも無ければ悲しすぎたわけでも無い。

 

じっくり考えてみればわかることだが
体調不良を引き金にして
精神的に弱っていたことなどが
重なって不意を突いて少し落涙してしまったらしい。

 

「え!?ちょっと、お兄さん!大丈夫?」

 

「あ、ああ・・・大丈夫・・・」

 

袖口で強引に目元をこする。

 

弱ったな、中々止まってくれないや。

 

「どこか痛いの?救急車呼ぶ?」

 

「いや、ホント、だいじょぶだから。少し、精神的に色々重なっただけだから・・・」

 

「全然大丈夫じゃないじゃん!ああ、もう!」

 

袖口で目元を抑え続ける。

 

情けないな。

 

こんな歳になってぼろぼろ泣いてるなんて。

 

そう思っても涙腺は中々閉まってくれない。

 

そんな風に考えていると白石の足音が聞こえ、俺の前まで来てから止まる。

 

そのまま少しの間を置いて柔らかな感触に包まれる。

 

気付いたら、白石に抱きしめられていた。

 

俯いて泣いたからだろうか、頭をそのまま胸元の方に引き寄せられて抱きしめられる。

 

「し、白石・・・」

 

「いいから、じっと、して・・・」

 

「・・・」

 

抱きしめられたまま後頭部を撫でられる。

 

顔の位置は左右の胸の間。

 

「辛かったら、吐き出していいから、お兄さん。無理しちゃだめだよ?」

 

優しく、諭すように、言い聞かせるように、白石は俺に対して話しかける。

 

「大丈夫、大丈夫。嫌なことも、大変なこともいっぱいあるから、ゆっくり行こう?ね?」

 

「うぅ・・・ふ、ぅ・・・」

 

白石の言葉で閉めたはずの涙腺がまた緩み始める。

 

白石の体に行き場のなかった腕が抱き着く。

 

傍から見たら男の俺がみっともなく一回りも二回りも小さい女の子に泣きついてるようだっただろうが白石は何も言わずに、優しく、ただ優しく頭を撫で続けてくれた。

 

「「・・・・・・」」

 

10分ほど経った。

 

流石に泣き止んだ。

 

泣き止んだのは良いのだが、俺も白石も完全に離れるタイミングを失ってしまった。

 

(しかも・・・)

 

位置が悪い。

 

いや、ある意味では最高のポジションと言えるかもしれないが、こう、意識しないでいるのが難しい位置であるのは言うに及ばない。

 

JKの谷間である。

 

更に始末に悪いのは発育もいいことである。

 

しかも先程までそこで泣いていたのかとか未だに抱き着いたままだとか思ってグルグルと思考が渦になっていく。

 

薄手のTシャツ一枚の下の下着の感触まで感じる。

 

いやに時計の秒針が大きく聞こえる。

 

互いの鼓動が、互いの吐息が聞こえる。

 

「・・・ごめん、白石、もう大丈夫・・・」

 

「うん・・・」

 

辛うじてでたかすれ声で白石がゆっくりと離れる。

 

「その・・・迷惑かけた・・・」

 

「うん。大丈夫。また辛くなったら言ってね?その時はお兄さんの泣き顔じっくり見てあげるからw」

 

「バーカw・・・ごめん、それと、ありがとう・・・」

 

「・・・うん。」

 

今まで見た中でも一番優しい笑顔が俺に向けられていた。

 

「えーと・・・と、とりあえず晩御飯作っちゃうね?おかゆでいい?食欲ある?」

 

白石が聞くと俺が答える前に台所に向かう。

 

まだ若干顔が上気しているのが分かる。

 

そりゃ冷静になってみるとちょっと、というかかなり恥ずかしいが。

 

「あ、ああ・・・」

 

聞いてもいないだろうが返答をする。

 

再び台所に立って作業をし始める白石。

 

「その・・・リンゴでもつまんで待ってってよ。」

 

そういう白石は顔を背けて俺に見られないようにしていたが耳まで赤かった。

 

「・・・ん」

 

バツが悪い空気のまま時間が進む。

 

口の中で崩れていくリンゴの味が分からなかった。

 

「ごめんお兄さん。用事あるんだ。」

 

おかゆを作り終わった直後に白石は顔を赤らめながらすぐに帰って行った。

 

部屋に残ったのはほとんど入れ替わりに入ってきた医学生と病人の二人だけだった。

 

「で、よかったのか?白石ちゃん帰して?」

 

「別に・・・何もする気無かったし・・・」

 

「疚しいことが何もなかったと?」

 

「・・・」

 

返答も出来なくて押し黙る。

 

「ったく心配になってきてみたら・・・」

 

「・・・すまん」

 

「まあいい。だがしばらくは白石ちゃんと無理に時間作って会うの控えろよ?それで期末落としたなんて白石ちゃんにも気使わせることになるぞ?」

 

「ん・・すまん・・・迷惑かける・・・」

 

「お互いそれは言いっこなしだろ?まあいいや、洗い物やっておくから薬飲んで寝てろ。」

 

「ん、ありがと・・・」

 

「貸し一な。」

 

小さく笑う伊達の顔を見れなかった。

 

見たら涙腺が緩んでいる今だと感極まりそうな気がした。

 

そこからの二週間弱、八月上旬までは伊達の言った通りほとんど白石の所には行かなかった。また面倒をかけるのは流石に憚られた。

 

行ったとすれば二日で治った風邪の報告の一度ぐらいである。

 

最も、試験が迫ってきたのでバイトを休むと白石には言ってあったから帰りにフラッと立ち寄ることも無くなったというのも要因として大きかった。

 

「試験終わって余裕出来たらまた来るよ。」

 

「ホント?お兄さんいないと観客ゼロだからさ。来る意味無くなっちゃうよw」

 

「また来るってw」

 

「約束ね?」

 

白石が右手の小指を出してきた。

 

「・・・ん、」

 

まさか高校卒業してから女子高生と指切りなんてするとおもっていなくって、幾分か気恥ずかしさと照れくささと、それを微かに上回る喜びを感じながら期末試験が終わるまで白石に短いながら別れを告げた。

 

人間、漫然と生きていると一日って言うものは意外と短かったりするものだが二週間っていうのは中々長かったりするものだったりする。

 

「試験長ぇよ~・・・」

 

学食で伊達に数学を教わりながらぼやく。

 

「まぁ、お前からしたら心のオアシスから離れた様なもんだからな・・・」

 

「それは・・・」

 

「違うのか?」

 

違うとはとても言えなかった。

 

「俺ってもしかして分かりやすい・・・?」

 

「何だ?今更か?w」

 

「・・・聞くんじゃなかった・・・」

 

ため息交じりに机に突っ伏す。

 

「まあ、そこも含めてお前の魅力じゃないか?wあんまり凹むなよw」

 

「・・・」

 

何も言えずに黙っていると伊達がまた言葉を続けた。

 

「しかし、いい機会だったんじゃないか?ちょっと白石ちゃんから距離取れて。」

 

「…どういう意味で?」

 

「ああ、深読みすんなよ?単純にさ、少し離れてみると大切なものの大切さに気付くって話よw」

 

「・・・三日でもう分かったっての・・・」

 

顔を背けながら言うと伊達が小さく笑った気がした。

 

自分はそれなりに我慢ができる人間だと思っていた。

 

色々なものに妥協もしてきたし、20年も生きていれば全てといわないまでもある程度自分という人間がどういう奴か位は理解していると思っていた。

 

だからまぁ、誰かを好きになったことはあっても本気で一人の女の子が気にかかるという事態が今まで無かったんだと気づいて、白石に対しての自分の感情というものは分かってたけれど、

 

自覚すると関係が変わってしまいそうな気がして気づかないフリをしていたのにも理解しながら意識しないようにしていた。

 

「はぁ・・・」

 

どうにもならないのにため息をつく。

 

「とりあえず試験でヘマやらかさないようにしろよ?白石ちゃんから離れた意味無くなっちまうぞ?w」

 

「う~・・・」

 

「なんていうか…お前女子だったらモテただろうなぁ・・・w」

 

「気味の悪い話するなよ・・・コーヒー買ってくるけどいるか?」

 

「ん、ブラックで。」

 

とりあえず外に出て気持ちを入れ替えよう。

 

そうでなければ伊達の言った通り意味がなくなってしまう

 

八月に入って数日たった。

 

俺の人生の中でも指折りで長い二週間がようやく終わったのだ。

 

大学は日程上金曜まであったが、火曜の2コマが俺の前期の最期の試験だった。

 

幾つかレポートが残っていたが徹夜続きからの解放で俺は若干テンションが上がっていた。

 

だからだろう。

 

「そうだな・・・白石誘ってどっか行こうかな?」

 

いつもの中々に奥手な感じはどこへ行ったのか。

 

らしくもない考えが浮かんだ。

 

これまたいつもからは考えられないような感じで思い立ってすぐにケータイで白石に電話をかけた。

 

二週間弱ぶりに声を聞くと思うと小さく胸が高鳴った。

 

前もってメールくらいすれば良かったなんて考えながらコール音を聞いていると七、八回目辺りでそれが切れた。

 

『はい・・・白石です・・・』

 

耳元で聞く二週間ぶりの彼女の声は覚えていたそれよりも少しだけ高い声だった。

 

こんな風に記憶は薄れていくんだろうどうでもいいことを考えるあたり、きっと疲れているんだろうなんて考えながら話し始める。

 

「あ、白石?小島だけど・・・」第一声が裏返ってないか些か自信がなかった。

 

『あ、え?お、お兄さん!?ご、ごめん!ちょっと待って!』

 

「お、おお・・・」

 

白石の慌てように少し驚きながらも黙って待つ。

 

すると白石の後ろから話し声が聞こえる。

 

彼氏?違うよ!

 

というような主旨が聞こえて数秒経つとまた白石が通話口に戻ったようだ。

 

『待たせてごめんね。今バンドの練習で学校の部室にいてさ・・・』

 

「ああ、いや俺こそごめん。急に電話して。先にメールとかすればよかったな?」

 

『ビックリしたよwお兄さんの番号聞いてなかったから知らない人からいきなりかかった来たかと思ったよw』

 

「そっか、そういやそうだったな。」

 

雨の日に白石のアドレスと番号を貰ってはいたが電話をかけるのは今回が初めてだった。

 

『で、今日はどうしたの?急に電話なんて。もしかして会いたくなったとか?w』

 

幾分か白石の声が上機嫌に聞こえるのは気のせいだろうなんて考えていたからだろうか。

 

「ん・・・会いたくなった・・・」

 

はずみでつい考えていたことを口に出してしまった。

 

『えっ・・・え?』

 

「あ、いや、その・・・」

 

言った後で白石が目の前にいるわけじゃないのに赤面する。

 

一体何を考えてるんだ?

 

頭が回っていないにも程があるんじゃないか?

 

「えーと、ごめん、ふざけたわけじゃないんだけど・・・あー、期末試験終わったからさ、暇な日があれば、その、どっか、遊びに、行こうかなって」

 

途切れ途切れになりながら言葉を紡ぐ。

 

『あ、う・・・』

 

軽口の返しが予想外だったからだろう。

 

白石の反応は非常にかわいらしいものだった。

 

電話口の向こう側の顔が想像できて上がった口角が戻ってこない。

 

「ま、まあ、白石が嫌なら全然いいんだけどさ・・・」

 

『い、嫌じゃない!全然!嫌なんかじゃ!』

 

「・・・随分強調するな・・・」

 

『と、とにかく嫌じゃないから!ちょっと今は立て込んでて話せないから後で掛けなおす!じゃあね!』

 

「あ、ちょ!・・・切られたか・・・」

 

まあ考えすぎて何もしないよりもマシかと思いながら残ったレポートが憂いにならないようにと珍しく上機嫌で作業を進めた。

 

「なあ、伊達さぁ、デート行くならどこがいいと思う?」

 

図書館の三階。大人数で申請をすると借りられる会議室。

 

クーラーも飲食も自由ということでいつもつるんでいるメンバーで固まってだらだらする場所はここと暗黙の了解がなされていた。

 

その日は伊達と被った講義のレポートを数人でこなしているときに二人になったときので伊達に報告もかねて質問をしてみた。

 

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 

「いや、だからデートって行くとしたらどこがいいのかな?」

 

レジュメから目を上げずに言う俺を心底不思議そうにのぞき込む伊達。

 

「デートってあれか?広辞苑によると『異性と二人で日時を決めてどこかへ出かける』と条項を満たすとデートとみなされるいうデートか?」

 

「お前が他にデートというものを知ってるんだったら教えてくれ。というかよくそんな広辞苑の内容覚えてんな。」

 

「デートだと!?まさか白石ちゃんとか!?」

 

「反応遅くね!?てか反応の順番逆じゃね!?」

 

「何々?デート?デートなのか?どこ行く予定なんだ?ん?」

 

「・・・」

 

「うわぁ・・・お前、俺といた数年間の中で一、二を争うくらい『こいつ、ウザッ!』って顔してる・・・」

 

「だってなぁ・・・」

 

こんなテンションで来られたら流石にウザいったらない。

 

「とりあえずこの辺りじゃいいところはないから電車でどっか遊びに行こうかって話はしてる。」

 

「へー、ほー、ふーーん・・・」

 

・・・ウゼぇ・・・

 

「まぁ、あれじゃね?いいんじゃねーの?前に進めるんなら何でも」

 

「んー・・・なのかな?正直嫌われてはないと思うんだがな…」

 

「そりゃ嫌いな奴だったら部屋に来て飯作ったり風邪の看病来たりなんかしないだろ。」

 

アホかと言外に含みながら伊達は俺を見やる。

 

「はーぁ、遂に小島に彼女か・・・しかも現役JK・・・なんだそれ!エロゲか!」

 

「一人で盛り上がんなよ・・・」

 

「まぁ、でもさ」

 

声のトーンが変わる。

 

いつもよりもよっぽど穏やかで理知的な声音。

 

「本当によかったよ。お前にようやくそういう人ができてさ。」

 

「・・・だな・・・」

 

毒気を抜かれた俺は気恥ずかしくて言えなかったが心から伊達に感謝した。

 

話し合って白石との行先は電車で一時間程の距離にある水族館に行こうということになった。

 

東京ならきっとこんなに時間がかからないんだろうなんて思うが移動手段がない以上は仕方ないことである。

 

「地味に遠いよね。」

 

駅前で待ち合わせて電車に乗ると開口一番で白石が言った。

 

まあ、往復で二時間あればもう少し何かできそうなものである。

 

「そうだな・・・しかしこんなに移動時間あってもなぁ・・・なにしようか」

 

「お兄さんの最近あったすべらない話とかは?」横に座った白石が何とはなしに話を振ってくる。

 

「また地味にハードルの高いのを…他に無いのか?」

 

「じゃあお兄さんの初恋とか?」

 

「だから何だって総じてハードルがたけぇんだよ!?もうちょい聞いて楽しいのにしないか?」

 

俺のツッコミにケラケラ笑う白石。

 

「でも聞いてみたいなぁ。お兄さんの初恋。」

 

「・・・別に、大したことのないガキの恋愛だったよ。失敗の見えた恋愛だったなw」

 

「ふうん・・・失恋だったんだ・・・」

 

「白石は?お前ならいくらでもいい男寄ってくるだろ?」

 

「うーん・・・告白されたことは何回かあるけれど・・・中途半端な気持ちで付き合うのは失礼だから全部断ってるよ。本気で好きになった人はまだいないかな・・・」

 

「何か意外だな、白石位だったらいままで彼氏いてもおかしくなさそうなのに・・・」

 

「む、色々な取り方ができそうだね?軽い女って意味にもとれるよ?」

 

可愛いって素直に受け取ってくれよ・・・

 

そう言いたくなったがこの前の家の件があるので喉元でそれを飲み下す。

 

「まぁ、お兄さんがそう思ってるんならそれでもいいけどさ・・・」

 

小さく口をとがらせる白石。

 

そうはいってないのだが・・・

 

「ふぁ・・・そういったわけじゃないんだが・・・」

 

止められなかったあくびが口から漏れ出す。

 

「あれ?寝不足?」

 

「ん。少しな・・・」

 

今日のために前もってレポートを終わらせてきたと伝えるのは些か恥ずかしくて、訳は話さずにただ同意する。

 

「寝ててもいいよ?お兄さんまた目の下にクマ出来てるし。」

 

「そうか?気にしてなかったんだが・・・」

 

「私もうちょっとしたら夏休み終わるのにまた倒れられたら大変だよ。」

 

「・・・いや、しかし白石といるのに寝るっていうのも・・・」

 

「い・い・か・ら!ね?」

 

「・・・はい・・・」

 

有無を言わせぬ口調に渋々目を閉じる。

 

「乗り換えになったら起こすから、短いけど寝てて、ね?」

 

穏やかな声がいつもよりも近い気がして、寝る気がなかったのに俺は意識が遠のいてきた。

 

住んでいる町から県庁所在地まで約50分。

 

既に10分ほど経過していたから正味40分ほど。

 

意識を手放していた体感時間は長くはなかった。

 

「おにい・ん、お兄さん!」

 

「ん・・・?ああ、そっか・・・」

 

意識が戻ってくる。

 

時間こそ短かったが中々いい睡眠だったと思われる。

 

「すまん、熟睡してた・・・何か俺、変なことしなかったか?」

 

「え、う、うん・・・」

 

「・・・してたんだな・・・」

 

「べ、別に気にしなくていいよ。肩に寄りかかられただけだし。・・・あ、ほら!乗り換えだから!急いで!」

 

「あ、ああ」

 

上気した顔を見られないようにだろう、白石はせかしながら俺の手を引き電車から降りる。

 

初めて握る彼女の手は年相応な大きさで俺のよりも細くて白い指で、同じ人間なのかと思うくらいに柔らかかった。

 

「白石・・・」

 

「な、何!?」

 

「・・・いや、何でもない・・・」

 

きっとここで何か言ったら白石は手を放してしまうだろう。

 

俺は何も言わずにつながれた手に少しだけ力を込めた。

 

嫌がられるかもしれないと思い少し躊躇ったが白石は赤くした顔をうつむき加減にしただけで何も言わなかった。

 

電車を乗り換える。

 

そんな彼女に少しだけ意地悪をしてみる。

 

「なぁ白石?・・・離さなくて、いいの?」

 

ちょっとだけ離されるリスクを考えながら掴まれている左手を少し上げる。

 

「っ~~!!お、お兄さんが離してくれないから離さないだけで別に繋いでなくてもいいからね。」

 

彼女の言動に小さく笑みがこぼれる。

 

「じゃあ、俺が離したくないから、このまま、でいい?」

 

たどたどしく言葉を紡ぐ。

 

たぶん今俺は見たことないほどに赤くなっているであろう。

 

だって人生で指折りで心臓が速く動いている自信がある。

 

「す、好きにすれば?」

 

「ん・・・じゃあ、このままな・・・」

 

何を話すこともなく二人でそっぽを向いたままただ座りながら彼女の手を握る。

 

白石の手の感触があまりに慣れなくて力を入れたり不必要に指を動かしてしまう。

 

「・・・いや、だったか?」

 

「ううん、別に、大丈夫・・・でも、付き合ってる人たちが手を繋ぎたがるのよくわかるよ。」

 

「ん?何で?」

 

「ドキドキするけれど・・・どこか安心する・・・」

 

「・・・だな・・・」

 

白石は自身が言ったようにそれこそ安心したように乗り換えの時の俺のように眠り始めた。

 

乗り換えた駅から目的地までは30分。

 

長いような短いような時間だが、その間左手はこのままであると考えれば幸せといっていいだろう。

 

というかもっと長くても問題ない。

 

むしろもっと長いほうがいい。

 

各駅停車の電車が止まる。

 

慣性の法則で白石の頭が俺の肩に寄りかかる。

 

心臓が急速に縮んでから同じく急速にはずむ。

 

こんなにまじまじと顔を見るのは雨の日以来だ。

 

俺以外の前でもこんなに無防備なんだろうか。

 

あの時と同じだ。

 

陰が落ちるほどに長いまつげ。

 

通った鼻筋。

 

快活で良く笑う割に薄くて小さな口。

 

それらがいつもよりも近く、いつもよりもより魅力的に見える。

 

きっと怖かったのだ。

 

関係が変わってしまうことも、そうなって横に居てくれるとは限らないと考えることも。

 

いつからだろうか近くに居てこんなに愛おしいと思えるようになったのは、こんなに傍にいてほしいと思ったのは。

 

握った手に力が籠る。

 

せめて今だけは、つないだ手の感触が少しでも長く残って欲しいと願うように。

 

「おい、白石、白石!ついたぞ。」

 

「んん・・・あ、着いたんだ・・・んー・・・」

 

大きく伸びをする白石。

 

「あれ・・・?」

 

「どした?」

 

「う、ううん。別に・・・」

 

起こすときに離した俺の左手を少し見た後で視線を逸らす白石。

 

何だこいつ・・・

 

クッソ可愛い・・・

 

写メに撮りたい。

 

「早くしないと電車発車しちまうから行くぞ?」

 

「ん・・・」

 

寝ぼけ眼のままフラフラと歩き出す。

 

見るからに危なっかしい。

 

手を伸ばせば届きそうな距離、真横に立つ。

 

「駅から少し歩くみたいだけど大丈夫か?」

 

「ん・・・だいじょぶ・・・」

 

やや舌足らずな様子でいう白石。

 

歩けば元に戻るかと思いきや足取りは少しフラフラしているままだ。

 

階段を上る時に自然、手が伸びてしまった。

 

今度は右手で彼女の左手をそっと握る。

 

払われるかと思ったが何も言わず白石は少し手に力を込めた。

 

駅で昼食をとってから外へ出る。

 

海が見える。

 

今住んでいる街は海がないので故郷の風景以来、実に懐かしいものだった

 

「海か・・・懐かしいなぁ・・・」

 

「お兄さんってどこ出身だっけ?」

 

「東経140度、北緯40度の県だよ。」

 

「・・・どこ?」

 

「ググってくれ。」

 

水族館までは歩いて10分かかった。

 

夏の日差しが中々きつくて、

 

「東北でこんなに暑いのは反則だ」って言うと白石は笑ってたのを覚えている。

 

着いた水族館はそれなりに有名な場所と夏休みだけあって結構な人出だった。

 

「結構な人だな・・・」

 

「もう少し少ないかと思ってたけど夏休みだしね・・・」

 

「白石はここ来たことあるのか?」

 

「ううん、本当に地味に遠かったりするんだよね。だからお兄さんと来るのが初めて・・・」

 

「・・・」

 

そういうことを笑顔で言われると困る。

 

正視できない。

 

「お兄さん、お兄さん!」

 

「ん?」

 

白石が目元を細めて、口だけを動かして笑う。

 

俺をからかう時の、いつもの癖だ。

 

「離さないでね?w」

 

白石が自分から握った手を少し持ち上げる。

 

「あー・・・分かった・・・」

 

駅でのお返しだよ、そういって今日一番の強さで握られた手を一瞬見て、顔が暑くなるのが判って、

 

のぞき込んできた白石が嬉しそうに笑った。

 

白石はほとんど初めてという水族館を興奮気味に、俺をまさしく引っ張る勢いで見ていった。「意外と深海生物って可愛いよね!」とか。

 

「カニって意外と大きいよね!」とか。

 

「イルカって大きいと鯨になるんだよね!」とか。

 

とにかく表情豊かに、見るもの全てに反応する彼女を見て一時間かけてきたかいがあったと思えた。

 

「はぁー!遊んだ遊んだ!次どこ行こうか?」

 

「いや、白石。電車の時間とかあるからそろそろ出ないと・・・」

 

「えっ!嘘!?そんなに時間たったの!?」

 

「着いたの昼過ぎだったしな。」

 

「そっか、電車、一時間かかるもんね・・・あーあ、もうちょっと遊びたかったなぁ・・・」

 

「またくればいいだろ?」

 

「・・・またどこか誘ってくれるの?」

 

どこか不安げな表情を浮かべながら白石は俺を見つめる。

 

「当たり前だろw行きたいところあれば言ってくれよ。計画立てるし。」

 

あんまり遠いところは勘弁なと付け足すと白石は嬉しそうに目を細めた。

 

「じゃあ温泉がいいな!ここ温泉も有名だし!」

 

「ここまで来て帰って2時間かかるだろ?日帰りじゃ辛いぞ?」

 

「・・・泊まりでもいいよ・・・?」

 

「はぁ!?」

 

「別の部屋取ればいいじゃん!」

 

「ですよねー!!」

 

ちょっとでもそういったことを考えた俺がバカでした。

 

「費用はお兄さんもちで!」

 

「バイト代飛ぶわ!」

 

二人で顔を見合わせて笑う。

 

こんなテンションで電車を待って、電車に乗ると疲れたのか白石はすぐに寝始めて、それを見て俺も眠ってしまって、帰りの電車は乗り換えの二回とも車掌に苦笑されながら起こされた。

 

そんなデートに(仮)が付くような俺と白石の遠出が終わってからしばらくして、俺は帰省するという伊達と一緒に電車に乗って3時間ほどかけて一年と数ヵ月ぶりに地元に帰るのだった。

 

夏休みっていうものが意外と長いのは長年学生をしてきているので当然ながら知っていたがここまで長いのは初めてで、伊達と一緒に地元に帰って、

 

免許取って少し遊んでいたらいつの間にか九月の中旬くらいになっていて、そのころになってから俺はまた伊達と一緒に大学のある街に帰ってきた。

 

夏休みにもいろいろあったのだけれどそれで中編のラノベくらいかけそうなのでここでは一旦抜いておこう。

 

時間あったら書くので興味のある人は書いてくれると早く書くかも。

 

東北のひと月っていうのは季節が変わるのに十分なほどのもので、夏は30℃手前まで行くのにひと月もすれば長袖の出番が近づいてくる。

 

「しかしもうすぐ見納めかぁ・・・」

 

駅について開口一番、伊達が言ったのは夏服のJKを見てのこの一言だった。

 

アホがいつまでたってもアホというのを再認識した。

 

「ああ、だな・・・」

 

ケータイ片手に適当に流しながら大学の前まで行くバスを待つ。

 

「おいおい、何かしょっぱいなぁ?白石ちゃんの夏服見納めだぜ?」

 

「・・・まぁいいんじゃね?むしろあいつの制服は冬服ほとんど見たことないから。」

 

「惚気か?」

 

「別に、ほら乗るぞ。」

 

タイミングよく来たバスに助けられる。

 

正直な話、あいつならなんだって似合うだろうなんて考えていると分かったらどんないじりを受けるか分からない。

 

「そういやさ、最近白石ちゃんと連絡って取ってんの?」

 

「ん、大体週一くらいで電話してた。メールもちょっとしてたな。」

 

「ほほう・・・?」

 

「深読みするな。大した内容じゃないよ。夏休みの時期違うから休み明けの試験が厳しいとか、

 

最近練習上手くいかないとか、そんな内容だよ。」

 

「十分リア充です。本当にありがとうございました。」

 

「いやいやいやいやw」

 

冗談めかして白石に会いたいって言ったこともあった。

 

その時は「私も」なんて言われて本当にみっともなく煙草吸いながらむせた俺がいた。

 

これこそ惚気だろうがマジで絞められかねないのでこいつには内緒だ。

 

「リアルJKと恋愛とか台風で飛んできたチャリのサドル頭に刺さって即死しろよ。お前。」

 

「死にざまが中々生なましいな・・・っと、もう大学着くぞ!」

 

押し忘れていた降りますボタンを押して降りるとひと月ぶりに大学の正門前についた。

 

「なつかしさすら感じるわw」

 

「しかし大学何て暇なときとことん暇だよなぁ」

 

「長期の休暇は結構あるし週休二日だし?」

 

「そうそうw」

 

二人で少し話をした後分かれて(と言っても道路を挟んで向かい側に伊達が住んでいるわけだが)自宅に帰る。

 

「はぁ!空気入れ替えしないとな!」

 

南向きの部屋は窓を開けると風が入ってきた。

 

夏の臭いとはまた違う。

 

「・・・秋だなぁ・・・」

 

我知らず呟いていた。

 

短い秋が終われば長い冬がくる。

 

一年が半分終わったのだと実感した。

 

バックの中身をばらしたりしていると白石からメールが来た。

 

内容は『お兄さんいつ帰ってくるの?』

 

「・・・そっか、言わないで帰って来たんだ。」

 

白石には下旬に帰ると先週の電話で言ってあったから今日ついたことを知らないのだ。

 

「ちょうど、今日、帰って、来たよっと。」

 

数分後にまた白石から着信。

 

『早く言ってよ!今から行くから!』

 

「マジで!?」

 

時計を見ると4時半過ぎ。

 

部活がないなら少し遊んでいたといったところだろうか。

 

習慣とは恐ろしもので来ると言われると反射的に部屋を掃除する態勢に入ってしまっていたが、長期休暇ということで帰省の前に掃除していたのを思い出す。

 

「・・・そっか、掃除しなくていいのか。」

 

良い事なのだが何となく肩透かしを食らってしまう。

 

やることもないので茶を入れようと湯を沸かしているとチャイムが鳴った。

 

「空いてるんでどーぞ!」

 

これだけで入ってくるだろうかと半ば気にしていたが

 

「・・・お邪魔しまーす・・・」

 

おずおずと白石が入ってきた。

 

「おお、久しぶり!髪伸びたな!」

 

「う、うん。そだね。」

 

「その辺座ってろよ。ちょうどいま茶入れてるから。」

 

「う、ん・・・」

 

よく見ると妙にきょろきょろする白石。

 

「どうした?綺麗な俺の部屋不思議か?w」

 

「え?い、や、別にそういうことじゃ・・・」

 

「?」

 

らしくない。

 

いつも闊達な白石らしさに欠けている。

 

「何か言いたいならはっきり言えよ?それともあれか?トイレ?」

 

「デリカシー無いの!?ねぇ!」

 

「うわすまんから!怒るなって!」

 

「・・・その、会いに行くって言ってすぐきちゃうとか…期待してるみたいだし・・・

 

久しぶりに会うからお、お兄さん元気かなって思ってたら・・・態度素っ気ないし・・・

 

何か私だけ気にしてるとか・・・その、色々考えちゃって・・・」

 

「・・・あのなぁ・・・」

 

俺だって色々思ってるよ。

 

言いたいことだってあるし話したいんだよ。

 

それでも素っ気ないのは玄関から入ってきた一瞬見ただけでそっち見て会話できないからだよ。

 

少しは察しろよ・・・

 

「俺もその・・・なんていうか、早く会いたかったのは同じなんだけど・・・こう、変に意識しそうだら、出来るだけいつもと同じ対応しようとしてて、すまん。それで気に障ったなら、謝る。」

 

「そう、なんだ・・・」

 

二人して顔を真っ赤にしながら顔を背けて会話する。

 

しばらくの沈黙。

 

先に破ったのは俺だった。

 

「その・・・帰ってきてすぐに白石に会えたの嬉しいし、だからその・・・お前が気にするようなことは別にないから・・・」

 

「う、うん・・・」

 

お互いに意識しまくりな状況のくせにそんなことを言う辺り、救えない男である。

 

「「・・・・・・」」

 

どちらからいう訳でもなく見つめ合う。

 

テーブル一つの距離何てたかが知れてて

 

吸い込まれるように俺の方から近づいて行って

 

白石も止めるわけでも無くて

 

むしろ目を閉じている。

 

「・・・いいか・・・?」

 

主語もない文章なのにどういう意味かはこの上ないほどよくわかる。

 

断れるかもなんて考えていたが白石は黙ったまま小さく頷いた。

 

距離が近づいていく。

 

目の前に白石の顔がある

 

・・・距離が、近づいていく。

 

「小島ーーーー!!!荷ほどき終わったー!遊びに行こうーーーー!!!」

 

伊達ぇええええええええええぇええぇぇぇええええ!!!!!!

 

「・・・・・わり、邪魔した!」

 

「今回ばっかりはマジでタイミング悪いわ!ふざけんな!」

 

「いいよいいよ、出ていくから楽しめ!」

 

「あほか!」

 

この日は結局伊達のタイミングの悪さによって(後で真面目に謝られた)白石とはこれ以上何もなく帰っていった。

 

・・・ホント伊達爆ぜろ・・・

 

夏休みが終わるとコンビニバイトに戻った。

 

「店長ー!戻りましたよー!」

 

「おー!小島くーん!会いたかったよー!」

 

「いや、そこまででも・・・」

 

「えー・・・」

 

「あ、お土産ありますよ!名産の日本酒と銘菓です。」

 

「おお!流石小島君!」

 

「誰も店長にとは言ってませんよ?」

 

「小島くーん!」

 

二人で笑う。

 

いい上司に恵まれたなぁ。

 

本当はコンビニバイトで一月も空けるなどそうそうできないのだが店長の「学生は遊んでなんぼだ!」という言葉でこの時期まで帰省出来た。

 

そういった意味でも同じことが言えるだろう。

 

「時に小島くん、何か変わったかい?」

 

「?何でですか?」

 

「いや、何故だろうね・・・何となく何かかわったかなぁって。こう、一皮むけた感じ?」

 

「そうですかね・・・?まぁいいこと?とかもありましたからw」

 

「うーむ・・・例の子かい?おじさん気になるなぁ?」

 

店長・・・50過ぎのおっさんにクネクネ動きながら言われても…

 

「そうっすね・・・飲み奢ってくれるならいくらでもw」

 

「中々強かだなぁwまあいいや。今日終わったら少し待っててくれ、行きつけのお店につれて行ってあげよう。」

 

その日の仕事が終わって店長につれていかれたのは街で一番の繁華街の外れにある一店

 

昼はカフェとしてやっている店らしく二十歳になってそんなに時間が経ってない若造が入るには少々小洒落た店だった。

 

「で、どんな感じなんだい?」

 

酒が入って俺もジャムさんもちょっと出来あがった頃にジャムさんはその話を振ってきた。

 

俺も俺で皆まで話さないでいいものを酔いのせいもあって全部話してしまった。

 

「面白いねぇ・・・まるで物語じゃないか。現実にあるなんてねぇw」

 

「自分でも驚いてますよwまさかそんなことが起こって、しかも自分がそれの中心にいるってことに。」

 

ここでジャムさんは一息ついてから

 

「いいかい、小島君!人生においてそうそう話があって一緒に居て楽しい女の子なんかいないんだ!早めにけりをつけたほうがいいんだよ?」

 

いつもの調子とはかけ離れた強い口調に驚いているとおじさんは口の中で何か言いながらそのまま前のめりに倒れていった。

 

「申し訳ないね兄さん。そいつ酒が入るとそんな感じなもんで。」

 

マスターと思しきおじさんがお冷をもって俺に話しかけてきた。

 

「こいつもそういう女と知り合って幸せに暮らしてたんだけどね。子供が生まれて少ししたらがんで早くに無くなっちまってね…きっと・・・幸せになって欲しいと思うんだよ。」

 

マスターは寂しそうに言うと優しい目でジャムさんを見ていた。

 

大学ってものは休みが長いし中高と比べると出来ることが格段に広がる。

 

それでも学生主体の行事とかはあるっていうから実にありがたい。

 

10月中旬になると金、土、日の3日間行われる学祭が始まる。

 

「いらっしゃーい!メンチカツ大変お安くなっておりまーす!」

 

「同時販売のチュロスもございまーす!いかがでしょうか!?」

 

一般客の入り始める二日目。

 

うちのサークルは中々の客入りを見せていた。

 

「チュロスー、メンチカツ、いかがでしょうか?・・・ふう・・・」

 

声を張って客を呼ぶ。

 

材料費は自分らで出したが完売すれば飲み会の代金としてバックされる形だ。

 

「小島君さぁ、少し休んできてもいいよ?」

 

二年生の先輩が声をかけてくる。

 

「いや、こいつ彼女来るの待ってるんだよ。」

 

「まて!彼女じゃない!」

 

伊達の一言に諸先輩が敏感に反応する。

 

「はぁ!?小島君彼女出来たの?」

 

「おもしろそうだな!」

 

「wktk!」

 

「いやいやいや、そんなの出来る面に見えますか?そんな子いませ―」

 

「ん。あれ白石ちゃんじゃね?」

 

「!?」

 

見ると何人かの友達と一緒に白石がうちの店の方を見ていたが俺が見ると目線を逸らしてしまう。

 

「・・・すまんちょっといってくる・・・」

 

「早めになー。」

 

口調が笑っているのが判る伊達の声を背に白石のほうに向かう。

 

「し、白石・・・」

 

背を向けていた白石に近づいて声をかけるとビクッと反応したが逃げることもなく俺の顔を見る。

 

「あ、お、お兄さん・・・い、忙しくないの?」

 

「いや、うん、まぁそれなりに・・・」

 

気まずい。

 

全てはあの忌々しいメガネのせいなのだ。

 

実はバイトに復帰してから白石に会おうと公園に行ったのだが姿を見られると逃げられ、

 

メールも返信は来るが至極素っ気ないという日々が続いていた。

 

「へー!お兄さんが麻衣の言ってた人!?」

 

「嘘!もっとイケメンだと思ってた!」

 

「ねー!どこにでもいそうな感じの人!」

 

俺と白石が距離を測りかねているときゃいきゃいと一緒の子たちが騒ぎ出す。

 

どうやらJKというのは手心とか加減という言葉を知らないらしい。

 

事実であるが人から言われるとそういったものは刺さりやすいのが常である。

 

俺のライフはとっくに0なのだが・・・

 

「ほら麻衣!何やってんの!一人じゃ来れないからって私ら誘ったのに!」

 

「わ、ちょ!い、言わないでよ!」

 

白石の背後の長髪の女の子がいうと慌てる白石。

 

うん、可愛い。

 

ヤベェ可愛い。

 

「お、お兄さんさ!暇な時間あるかな!?」

 

「お、おお。もうちょいしたら交代の時間だけど・・・」

 

「じゃ、じゃあさ!い、一緒に回っていいよね!」

 

「!お、おお!べ、べつにいいぞ!」

 

「何というか・・・中学生みたいだな・・・」

 

気付くと伊達が後ろに立っていた。

 

「べ、別に!?そんなことねーし!だ、だいたいなんでいるんだよ!」

 

「お前があんまり遅いからなw言い訳は後で聞いてやる。さて初めまして、かな。

 

こいつの友達の伊達って言います。よかったらうちのチュロスどう?後ろのお嬢さん方も可愛いからサービスするよ?w」

 

こいつは何だって顔が普通のくせに態度がイケメンなんだ。

 

こんなのモテるにきまってるだろ!

 

店の前まで白石たちを連れていく。

 

「お、小島君!話は終わった、か・・・い」

 

先輩陣が固まる。

 

というのも皆俺の斜め後ろ辺りを見ている。

 

そう、白石だ。

 

「えーと・・・その子は、小島君の友達かい?」

 

「・・・はい、そうですね・・・」

 

突き刺さる視線の鋭さ。

 

その中に蠢く感情は嫉妬か殺気か。

 

「初めましてお嬢さん!俺、小島君とは仲良くさせてもらってて!」

 

「バカ!俺が一番仲良いわ!」

 

「お嬢さんお名前は!?」

 

「お兄さんの先輩たち?面白い人ばっかりだね!」

 

明るい表情で話す白石。

 

個人的には嬉しい限りである。

 

嬉しいんですが気付いてください、白石さん。

 

みんなあなた狙いです。

 

「しかし何だって小島、お兄さんって呼ばれてるんだい?キャンパスの中でその子見たことないけれど。」

 

先輩の一人が気づいたようにいう。

 

「あー・・・」

 

説明したらリンチであるのは目に見えている。

 

何とか言い逃れなければ!

 

「この子まだJKだよ?」

 

だてぇぇぇえぇええぇ―――――!!?

 

「おう、小島!ちょっと来いや!」

 

「野郎ども!晒し首だ!」

 

「マネージャー!店任せた!」

 

「ちょ!ま!伊達ええええ!!」

 

「終わったら遊びに行ってきていいから今だけしめられろやw」

 

結局打ち上げの飲み会で全容を話すと言ってようやく離してくれた。

 

店の近くの簡易なベンチに白石は座っていた。

 

先程までいた友達たちがいなくなっている。

 

「あはは!お兄さんは周りの人まで楽しいね!」

 

「ああ、ホントにな・・・」

 

もはや否定する気すら起こらない。

 

しかし幸いなことに白石との微妙な距離感はあまり感じなくいつもの調子に戻りつつあった。

 

「あれ?白石。友達たちは?」

 

「あー・・・うん。あの、えっと・・・」

 

「?」

 

「その、なんていうか・・・気を使ってくれたみたいで・・・」

 

「あー」

 

瞬時に大方を察した。

 

察したからこそ二人で少しの間黙ったまま違う方を見ていたんだろう。

 

「えーと・・・どっか行きたい店とかあるなら連れていくぞ?って言っても大体食い物何だがw」

 

一つ息をついて落ち着いてから白石に聞く。

 

「・・・たこ焼きと焼きそばとフランクフルトとお好み焼きと焼き鳥と―」

 

「食うなぁw」

 

つうか焼いてばっかり。

 

「・・・奢ってね?w」

 

そういって白石は俺の顔を見て笑った。

 

まだどこかぎこちない。

 

もしかしたら元通りとはいかないかもしれない。

 

きっと関係は変わっていくものだからそれを望むべきじゃない。

 

でもせめて、関係が変わっても白石が笑っててくれたらいいなと思っていた。

 

白石と店を巡っていく。

 

価格設定が学祭だけあって祭りの縁日よりは安く白石はどの店も楽しそうに見て回って、二人で一緒に一つのお好み焼きやらたこ焼きやら食べたりした。

 

「意外と美味しいんだね。正直もうちょっとレベル低いかと思ってた。」

 

そういいながら白石の両手にはそこらの売り子の兄さんたちからサービスしてもらった食べ物類が下がっている。

 

知り合いが売り子だったりしたのも多少は関係あるかもしれないが下手したら買ったものと同じくらいサービスの方が多いんじゃないかって量だ。

 

とりあえずそれらを持ってやる。

 

「まぁ粉物とか飲み物は別にして加工品とかは冷凍揚げたりしてるだけだからどこも似たり寄ったり何だよ。ちゃんとした店のだって業務用だったりするわけだし」

 

「あーそっか、なるほど・・・お兄さん、たこ焼きちょうだい!」

 

「まだ食うか!?タコ焼き三つ目だぞ!?相変わらずよく食うなぁ・・・」

 

というか飽きないのだろうかと思いながら手に下げたたこ焼きの袋を渡す。

 

呆れるほどに白石はよく食べる。

 

たぶん俺より食っている可能性があるが見た目はいたって普通。

 

というか女子が羨むプロポーションだ。

 

「余った分は先輩たちに持っていくから無理すんなよ?」

 

「だいじょぶ!だいじょぶ!まだ腹六分くらいだから。」

 

炭水化物オンリーだっただろうと言いかけてやめる。

 

きっと気にしているだろうなと思って横目で見ると本当に幸せそうにたこ焼きをほおばっている。

 

悩みなんぞ無さそうで結構なことだと少し笑ってしまう。

 

そして白石は物を食べてるときに最高に幸せそうな顔をする。

 

「?どしたのお兄さん?タコ焼き食べたいの?」

 

「食い気ばっかりだなぁwじゃあ一個もらうぞ?」

 

「食べさせてあげようか?w」

 

「お前俺がそうしてくれって言ったらどうするんだよw」

 

「別にいいよ?w」

 

「・・・」

 

「私の勝ちだね!」

 

「くそ、からかい返してやろうと思ったのに!」

 

「じゃあお兄さん負けたから罰ゲームね!」

 

「あー?まぁいいけど・・・金のかからんもので頼むぞ?」

 

「うーん・・・何にしようかなぁ・・・」

 

決まってないのに罰ゲームって言ったのか・・・

 

「あ!」

 

「お?決まったか?」

 

「うん!えーとね、勉強教えて!成績悪いと軽音できなくなっちゃうんだ!」

 

「あー、数学以外ならできないことはないがブランクも大分あるからコツぐらいしか教えられないぞ?」

 

「別にいいよー。でも場所どうしよっか・・・ってお兄さんの部屋でいっか!」

 

・・・マジで?

 

「マジで?」

 

「まじで!」

 

「あー、いや、その・・・部屋汚いし!伊達達よく来るし!それからえーと・・・」

 

何とかして俺の部屋以外にしなければ。

 

確かに白石は何度かうちに来たことはある。

 

しかしだ、頻繁に俺の部屋に居られると俺の理性の方が耐えきれない可能性が非常に高い。

 

いや、この前の白石の反応から見てそういうことをしていいのかもしれないが・・・

 

「・・・ダメ?」

 

卑怯である。

 

そう聞かれたら断ることなんてできないだろう。

 

「ではでは、我々の店の完売を祝して!」

 

「「「「かんぱーい」」」」

 

三日間の祭りが終わった。

 

うちのサークルの出店は大成功で、上位の売り上げとまではいかないまでも完売で二次会までの代金は無しと言えばなかなかだったということがわかる。

 

「伊達もお疲れ。大変だっただろ?」

 

「二日目はお前がいなかったから特になぁw白石ちゃんと二人だっただろ?その時はどうだったのさ?」

 

別に話さなくてもいいのかもしれないが伊達が作ってくれた時間である。

 

簡潔にでも報告はしておくべきだろう。

 

「ん・・・また公園行くって言ったら笑顔で『うん』って返されて赤面したw」

 

「変わんねぇなぁw」

 

「お?小島君とあの子の話かい?」

 

「聞かせろよ小島!」

 

「出来れば紹介してよ!」

 

「あああああ・・・・」

 

寄ってくる先輩たちの中心にいる俺に残された感情はただただ絶望である。

 

当時のバイトにおける俺の基本のシフトは月火金の16時から21時と不定期で土日に8時間程度。

 

水曜日は全休で店長にいってあるので基本はバイトもなしの完全フリー。

 

木曜日は5つあるコマのうち4つコマがあるのでこちらも基本はバイトなし。

 

それでも結構ハードであるが時間が取れないこともない。

 

ベストなスケジュールではないものの色々と時間の調整なんかもしてくれているしそれなりに融通も利くので店長には本当に感謝している。

 

「ふーん。じゃあ水、木が一番時間取れるんだね?」

 

学祭も終わって一週間。

 

十月の下旬の公園はもう肌寒い風が吹いてきていた。

 

その日もバイト終わりに公園によると白石に暇な日はいつかと聞かれた。

 

公園で会うのは久しぶりだ。

 

制服が冬服に代わっているあたりが時間が経ったんだなぁと再確認させる。

 

翌週の水曜日が来るのは早かった。

 

1人暮らしだと結構あるのだが日々が経つのが意外と早い。

 

やることが多くてというのも一つの要因だろうがやはり白石と一緒に居るとすぐに時間が経ってしまうというのもあると思う。

 

「お邪魔しまーす・・・」

 

「まぁ適当にくつろいでくれ。って言ってもお前は意外とうちに来てるのかw」

 

話の通り白石は次の週の水曜日にうちにやってきた。

 

こっちに帰ってきたのは9月の下旬。

 

意識して生活していれば精々1か月じゃ一人暮らしの男の家でもそんなに汚くならない。

 

無論のこと掃除もしたが。

 

「お茶でいいよな?」

 

「うん。ありがと。」

 

うちは家具として勉強机があるもののここは他人にはあまり座らせたくなかった。

 

俺のほぼすべての作業スペースであるし伊達から借りた秘蔵のトレジャーとはまた違う俺自身のコレクションもかくしてあったりするので非常に危ない。

 

幸いなことに我が家にはこたつ机もあるので今回はこちらに活躍してもらうことになる。

 

「あー、こたつ布団もうかけたんだ?」

 

「最近寒くなってきたからなー。ほれ、お茶。」

 

「ん。どうも」

 

制服姿のJKが制服でこたつに潜って茶をすする希少なシーンを目撃しながら俺も同じように茶を啜る。

 

「で、教えてっていうけど何の教科のどの辺かによるぞ?」

 

日本史や政治経済と言った所謂暗記科目はセンターでもそれなりの成績を出せたから多少のブランクのある今でも教える程度のことはできるだろうが、

 

元から苦手で数式なんかほとんど使わない文系大学生の俺からしたら現役高校生に数学を教えられるほどのスキルはない。

 

「とりあえず暗記科目かな。数学・・・は捨てるから。あと余裕があったら漢文。」

 

「ん。おけおけ。とりあえず道具出しとけ。」

 

「わかったー。」

 

高校の頃の参考書なんていうのは
実家においてきてしまっている。

 

夏休み中に言ってくれれば
参考書やらノートやらを
持ってこれたのだが。

 

「とりあえず暗記物は丸々暗記するんじゃなくて大筋を覚えていきながら細かい部分を少しづつ埋めていく感じだ。わかんないところあったら聞いてくれ。」

 

そういうと白石は頷いて黙々と勉強を開始する。

 

そうなると分からない部分が出てくるまでは俺は必要が無くなってしまうのでとりあえず読書でも始める。

 

「んー・・・」

 

一時間半ほど問題を解いたりしていた白石が伸びをする。

 

「休憩するか?」

 

「うーん、そだね、ちょっと休もうか・・・」

 

少し疲れたように肩を叩き、後ろに倒れこむ白石。

 

「・・・腹見えるぞ・・・?」

 

丈が足りなすぎるという訳でもないようだが多少は足りないらしく少し白石の肌が見える。

 

「んー?興奮したー?w」

 

「お前なぁ・・・あんまり挑発するなよ・・・?俺は俺で色々限度ってものがあるからな?」

 

「真面目だなぁwお兄さんさ、いつか話したこと覚えてる?」

 

「・・・何の話かによるな。」

 

「何年か経って二人とも付き合う人いなかったらって話。」

 

「・・・あったな、そういや。」

 

何となく気恥ずかしくて視線を逸らす。

 

「その約束さ、その、少し、早めてもいいよ・・・?」

 

言葉をかみ砕いて、理解して、白石に向き直る。

 

今までのどのときとも違う、真剣な眼差しで俺を見ている。

 

いや、待て、待て待て、待てって!

 

犯罪ですから!?

 

確かに好きですけど!

 

明確に好意はありますけど!

 

だからってだな!

 

「・・・いいよ?」

 

白石が腕を広げる。

 

誘うような視線と言葉にフラフラと花に誘われる蝶のように白石の方に近づいて行ってしまう。

 

頭ではわかっているのに。

 

これがいけないことだと理解しているのに。

 

「・・・・・・いいよ?」

 

誘うように、それでいて確認するように、白石は俺の眼を見ていってくる。

 

いつかみたいに、抱きしめられる。

 

ああ、なんでだろう。

 

心から安心する。

 

「ねぇお兄さん・・・私って魅力ないのかな・・・?面と向かって言うなんてできないからいっつも軽口ばっかりで、いっつも合わせてくれるお兄さんに甘えちゃって、これでも結構、本気で言ってるんだけど・・・」

 

「白石・・・」

 

「私じゃ、いや、かな?」

 

「いや、じゃない、けど・・・ん!」

 

俺の言葉で白石の腕の力が強まる。

 

不意に、伊達の言葉を思い出した。

 

曰く、「女の子が勇気を出した時は不安なんだろうからちゃんとしたほうがいい。」

 

「?おにいさ、うわ!」

 

少し強引に白石を抱きしめる。

 

「・・・ごめん、痛くないか?」

 

「ううん・・・もう、遅すぎ・・・私だけ期待してるみたいで不安になっちゃうよw」

 

「うん、ごめん。」

 

「だめw許さないよ。」

 

「・・・どうしろと?」

 

「・・・言わせるのは無しだよ?」

 

いつかみたいに白石は目を瞑った。

 

小さく戸惑って、抱きしめていた手を緩めて右手を白石の後頭部に添える。

 

緊張して、動悸が激しくて、加減が出来なくて強引に引き寄せるようになってしまって

 

いつも見てきた顔が近づいてきて

 

始めてのキスは勢いが強すぎて歯と歯がぶつかってしまった。

 

「白石さ、ホントに・・・俺で良かった?」

 

一息ついて聞くと白石は唐突に言った。

 

「んー?なんで?」

 

「いや・・・白石可愛いしいい子だし、だから、もっと他の奴の方がよかったんじゃないかなー・・・って思って・・・」

 

「お兄さんいい人だし面白いし言うほどカッコ悪く無いと思うよ、それに、その・・・」

 

「うん?」

 

「お兄さん『で』良かった、じゃ、なくて、お兄さん、『が』、良かった、かな・・・」

 

はにかむ様な口調で気持ちを伝えてくれる白石。

 

俺も俺で赤面しているので恥ずかしいが白石が伝えてくれたのだ。

 

俺も伝えなければならない。

 

気持ちは言葉で伝えなければ理解できない。

 

「俺も、『他の誰か』、じゃなくてお前で、お前が、良かった。」

 

モテない、軽口しか叩けない男が精一杯気持ちを伝える。

 

何とかかんとか言い切ると白石は笑いながら「可愛いなぁ」なんて言って抱き着いてきた。

 

幸せって言うものが理解できた気がした。

 

「伊達さぁ。その・・・ありがとな。」

 

唐突と言えば唐突に、伊達に言った。

 

「ん?どした、改まって、気色悪い。」

 

何か悪かったな・・・

 

「いや、こう、迷惑かけて来たなぁと・・・」

 

「礼なら口じゃなくて行動で示せ。飯奢れ。」

 

良い奴なんだけどこういったところは実にはっきりとしている。

 

「まぁ飯くらいなら。」

 

「・・・意外だな。いつもなら断るのに。何かいい事でもあったか?あれか?
白石ちゃんと付き合うことになったとかか?w」

 

「・・・・・」

 

「え、おい、マジか・・・?」

 

「すまん、言うの遅くなった。」

 

「てめぇ小島!とうとうやったな!よし!みんな呼ぶぞ!」

 

リンチだろうかと身構える。

 

まあ彼らなりの祝福なのだから受け入れるつもりではある。

 

「めでたいなぁ!遂に年齢=彼女いない歴脱出か!祝うぞ!みんな来なくても俺が一人で祝う!」

 

「何でだよ・・・」

 

力なく突っ込みながら騒ぐ伊達に笑いかける。

 

そんなに邪気の無い顔で嬉しそうにしてるの見たら何も言えなくなるじゃないか。

 

「ほら、午後の授業サボるぞ!宴会だ!」

 

「はいはいw」

 

サボりも今くらいは良いかなんて思って、こいつの優しさが染みて、顔を洗いに行ったトイレから中々出ていけなかった。

 

白石と付き合ってからの一日の流れは、

 

大学の講義を受けに行き、バイトのある時は午後からバイトをして公園で白石と会ってからうちに行って勉強したり雑談したりするような日々を送っていた。

 

「そういえば白石もう少ししたら誕生日だっけ?何か欲しいものとかないの?」

 

12月の中旬、もうすっかり季節は冬になっていた。

 

その日もうちに遊びに、もとい勉強しに来ていた白石に思い出したように聞いた。

 

どこかの会話の中でちらりと出た様な気がして確認のために聞いてみたのだった。
「うん?お兄さんw私の誕生日は3月だよ?w」

 

「あれ?そうだっけ?・・・誰かのと間違えたかな・・・」

 

「いいよ別にwでも急にどうしたの?」

 

「いや、その、近いんだったら祝った方が良いのかな、とか思って・・・」

 

にやっと笑う白石。

 

「ふーん・・・そっか・・・」

 

「なんだよ、その顔は・・・」

 

口の端を上げて眼が細くなるいつものイタズラを考えたときの笑いかただ。

 

「別にーw可愛いなぁと思ってさw」

 

「・・・男に言う言葉かねw」

 

そう言いながら俺も俺で口角が緩んでいるのが判って顔を逸らす。

 

それを見られて白石からまた「可愛いなぁw」なんて笑われた。

 

「なぁ小島君。一ついいかな?」

 

「はい?どうしました店長?」

 

「この前僕は小島君から聞いたと思うんだ。『店長の言葉で彼女ができた。背中を押された。』って。」

 

「そうですね。言いました。」

 

ジャムさんの言葉も後押しになったし
相談にも乗ってもらっていたので
一応報告する必要はあると思って

 

伊達同様ジャムさんにも白石の話はしていた。

 

「じゃあ聞くがね?・・・なんでクリスマスイブに君はバイトしてるんだい?」

 

「何でですかね…」

 

俺が聞きたい状況である。

 

いや、そりゃ俺だってこの日が空くように店長に掛け合ったり同僚に聞いたりしていたしスケジュールは万事合うようにしていた。

 

していたはずだが・・・

 

「福士君(前にも出たがイケメンの同僚)が穴あけたりしなければこんなことにならなかったと思うんですよ・・・」

 

穴をあけた理由がしかも「彼女とデート!」なんて言ってこの街から離れていると聞いた時は殴り倒してやろうと思ったが、

 

困ったような店長の声を聞かされては俺としても行かない訳にはいかなかった。

 

「呼んでしまった僕も悪いんだがね・・・しかし小島君も言ってくれれば他を当たったりしたのに・・・」

 

「店長には色々世話になってますからねwまぁもうちょっとですし!」

 

そうは言ってもあと一時間少しあるのだがと思ってそわそわする。

 

しかしジャムおじさん、あなたが悪いわけじゃない。

 

元凶は福士君だ。

 

やはり爽やか系のイケメンは信じてはいけないらしい。

 

気になってまた時計を見る。

 

「・・・やっぱり気になるかね?」

 

「・・・・・・少しだけ」

 

嘘で誤魔化してもこの人はつけ込んでこないだろうがそうするのも気が引けた。

 

「・・・私もね、同じような経験があるんだ。ただ僕は小島君の方じゃなくて彼女の方と同じ立場でねw約束してたんだけどやぶられてしまってねえ。」

 

しみじみと語りだす店長。

 

口をはさむこともできず黙って聞く。

 

「何時間も待って、『もう帰ろうか、いやもうちょっと』って何回も考えてたよw」

 

「店長・・・」

 

「・・・湿っぽくなってしまったねwおや!もうこんな時間かい?小島君、お疲れさま!」

 

「え?いや、そんな・・・」

 

時計を見る。

 

ジャスト一時間残っている。

 

「私からのクリスマスプレゼントは『一時間分の時給』だよw」

 

「店長・・・」

 

申し訳なさと優しさが染みる。

 

涙腺に来る。

 

最近涙もろくて堪らない。

 

「行っといで!今日に呼び出してしまったお詫びだよ。あ、それとね、クリスマスケーキの在庫が幾つか余っててねw誰かが持って行っても判らないかもねw」

 

「・・・今度必ずお返しします・・・」

 

少しうるんだ目で言って頭を下げる。

 

店長はいつもよりさらに優しい目で笑いかけてくれた。

 

「着いたー!」

 

山間の街には珍しい吹雪によって阻まれながらなんとかアパートが見えるところまできた。

 

中々に大変でいつもの2倍程度の時間がかかってしまった。

 

「・・・?あれ、もしかして・・・」

 

目を細めるとうちのドアの前で立っている人影を見つける。

 

ケーキもあるので走りはしないものの出来るだけ歩く速度を上げる。

 

「やっぱり!白石!」

 

「あ・・・お兄さん・・・」

 

「何やってんだよお前!風邪ひくだろ!」

 

頭には大量の雪。

 

ずっと待ってくれていたんだろう。

 

よく見れば頬が赤くなっている。

 

「バカだなぁ・・・ほら、雪払って、家はいるぞ。」

 

そういって白石の頭や肩の雪を払う。

 

「えへへ・・・」

 

「・・・何だよ?」

 

「待ってて良かったなぁってwいつもより優しいし、いつもより気が利くみたいだし。」

 

マフラーで口元を隠しながら白石が笑う。

 

目線は俺の手の中の箱。

 

「・・・今のお前に軽口言えるほど余裕ないんだよ・・・ほら、早く入るぞ。」

 

「でもごめんな。連絡しようともしたんだが雪の中でケータイがうまく使えなくて。」

 

「ううん。大丈夫・・・っくしゅん!」

 

心なしか白石の顔が赤い。

 

「あー、もうほら!風邪ひいたかもだぞ?ほら、少し顔寄せろ。」

 

「えー、チュー?w」

 

額に手を当てながら体温を測ると小さく白石が笑った。

 

「・・・後でな・・・ちょっと熱あるかもだな。薬出すか・・・つか顔冷えすぎだ。結局いつから待ってたんだよ?」

 

「約束の時間からだから・・・一時間弱とか?」

 

・・・本当に店長に感謝だ。

 

流石にもう一時間もしたら確実に風邪をひいていただろう。

 

「お前なぁ・・・あんまり心配させんなよ・・・」

 

「うー・・・ひっぴゃんにゃいでよ・・・」

 

両頬を引っ張る。

 

冷たいが柔らかくて伸びる。

 

・・・意外に楽しい・・・

 

飽きが来ずに遊べそうだがこらえて立ち上がる。

 

「水と薬持ってくるから待ってろ。こたつの電源入れとけ。」

 

「うん・・・えへへーw」

 

会ってから終始にやけっぱなしの白石を置いて台所に行く。

 

コップに水を入れるが白石に持っていく前に俺が飲み干す。

 

幸せそうな顔しやがって!

 

「・・・ほれ、薬。」

 

若干ぶっきらぼうだがこれ以上は無理である。

 

俺の目には毒だ。

 

「あ、うん。ありがと・・・」

 

「ほら、コートよこせ。マフラーも。」

 

「うん。」

 

「あと上着とズボンと・・・」

 

「それはダメ!」

 

「下着は?w」

 

「ならいいよ?w」

 

「おい!」

 

ようやくいつもの調子に戻る。

 

「そうだ、ケーキ貰ったんなら切ってこなきゃな。ちょっと待っててくれ。」

 

「あ、私やるよ?」

 

「いいから、休んでろ。お前風邪引いたら看病に行くの大変だろうが・・・」

 

「・・・優しすぎw」

 

「うっせwとりあえず少し休んでろ」

 

白石の頭を乱暴に撫でながら言うと目を細めて黙って従った。

 

一応の買い物を済ませてはあったが「私が料理するよ!」と言っていた白石を休ませるとなると俺の料理スキルの出番になるが、

 

自炊など米を炊いて味噌汁を作る程度しかしていない俺ではキツイ。

 

「あー・・・白石さ、一緒にやらん?」

 

「ギブアップ早すぎだよwまあいいやお薬飲んだしw」

 

そんな感じで白石には申し訳なさを感じながら二人にしては少し狭い台所に立って料理を始めた。

 

その日の遅めの夕食は西洋的にシチューがあったり、かと思えば仕送りで余ったいたワカサギのから揚げであったりいろいろとどうなんだという献立だった。

 

「そもそもこれは米で食えばいいのか?それともパンか?」

 

「どっちがいいだろうね・・・たぶん絶対的な回答はないと思うよ?」

 

「だな・・・とりあえず俺は米かな・・・」

 

「この後ケーキもあるって言うのがなんかねw」

 

二人で話しながら食べているといつの間にか料理が無くなっていた。

 

と言ってもいつものように白石が俺よりも食っているのだが。

 

店長の好意でもらってきたケーキに関しても白石の胃に(正直総量だと心配になるほど食っている)入って行った。

 

洗い物をしながら時計を見ると10時半を少し過ぎていた。

 

まだあまり遅い時間でもないが送っていくのにも今日の気候だと時間がかかりそうだ。

 

「そういや白石、今日何時までいいんだ?」

 

食器の水気を切りながら白石に声をかける。

 

歯磨きをしていた白石が口をゆすいでから応える。

 

「んー?今日?泊まってくるって言ってきたから大丈夫だよー?」

 

些か間延びした声がする。

 

・・・ん?

 

「・・・・・・んん?」

 

「んー?だからー・・・泊まるって言ってきたから大丈夫だよー」

 

「・・・いや!いやいやいや!」

 

待て。

 

色々待て。

 

俺としては非常にうれしい申し出である。

 

であるがしかしである。

 

一応付き合っているとは言うもののキスすら数えるくらいの回数しかしていないし何より、

 

「・・・白石さん今いくつ?」

 

「?17だよー」

 

アウトだよ!駄目だよ!

 

いや、待て!うちに泊めること自体を強制しなければ法の上では何ら問題がない!

 

問題はないが理性が!

 

「んー?どうしたのお兄さん?」

 

主にお前が原因なんだが・・・まあいい。俺が我慢すればいいのだ・・・

 

「な、何でもない・・ふ、風呂入れてくる・・・」

 

よろめきながら立ち上がって風呂場に向かう。

 

何もしないと色々と考えてしまいそうだった。

 

・・・いいのか?いや、しかし・・・

 

混乱する中風呂をいれて、顔を洗ってから白石の所に戻る。

 

「しらい・・・寝てんのか。」

 

白石はこたつに体を埋めて寝ていた

 

席をはずしていたのは多く見積もっても10分ほどだったはずだ。

 

だが考えてみれば雪の中一時間近く立ちっぱなしだったわけで、そういえばさっきも返答が間延びしていたりしていたし疲れていたのだろう。

 

「・・・どうするかな。」

 

このままという訳にもいかないのが困りものだ。

 

下半身だけ温めるのもよくないと聞いたことがある。

 

「薬飲んでたし・・・ベッドの方が良いよな。」

 

白石を起こすのも忍びない。

 

「・・・運ぶか。」

 

こたつにもたれる白石を背中側に倒して抱え上げる。

 

お姫様抱っこの状態だ。

 

「・・・軽い。」

 

人一人なのでそれなりではあるが身長も標準以上で食事も結構な量を体に入れる白石は想像よりも軽かった。

 

ベットまでは多くても精々三、四歩の距離である。

 

それほどの労でもなく起こさないように白石をベットに横たえる。

 

「あーあー、幸せそうな顔してw」

 

寝息を立てる白石の頬を指の背で軽く撫でる。

 

意識が戻ったらしく薄目を開けてこちらを見る。

 

「あ、おにーさん・・・?」

 

「あー、いいから寝てろ。でも出来れば服脱いでくれ。皺になるから。」

 

「・・・襲う?w」

 

「冗談言ってねーで脱げ!」

 

「はーい・・・」

 

「うわ!バカ!俺見てるのに脱ぐな!」

 

いきなり体を起こしてニットセーターを脱ぎ始めた白石に背を向ける。

 

「お、俺風呂入ってくるからお前は寝てろ!風邪ひきかけてるんだから!」

 

白石の返事を待たずに脱衣所の方に逃げる。

 

「・・・落ち着け、落ち着け。」

 

この状況自体が落ち着けるものじゃないが何とか落ち着こうと湯船につかりながら考えを整理する。

 

「ふー・・・」

 

とりあえず少しは落ち着いた。

 

「風呂入って早々に寝る!」

 

行き着いた結論はシンプルでしかしながらこれ以上ないほど明確だった。

 

起きていると色々考えてしまうだろうが寝ていればそんなこともあるまい。

 

そうと決まれば即実行である。

 

この時間さえも余計なことを考えてしまいそうで怖かった。

 

服を着て部屋の方に戻ると電気が消えていた。

 

俺としては寝る準備は万端であり後はこたつにでも潜ろうと考えていた。

 

豆電球で見える様子だと白石の着ていた服が畳まれていたが幸いなことに白石は首元まで布団をかぶっていた。

 

「ん・・・おにーさん、あがったの?」

 

「起きてたのか?」

 

枕元まで歩いていきベットの縁に座る。

 

「まどろんでた・・・いまなんじかな?」

 

「11時半前だな。」

 

「そっか・・・お風呂、はいいや・・・もうなんか、凄く眠い・・・」

 

「うん。ごめんな・・・」

 

「謝んないでよ・・・私が勝手に待ってたんだよ?」

 

「急に決まったとはいえバイトあるって言っとけば待ってなくてよかったじゃん。だから、ごめん・・・」

 

白石の声のする方に手を伸ばす。

 

「おにいさんさ、頭撫でるの好きだよね・・・」

 

「何だろうな、こう、猫とか犬とか撫でるのと感覚としては同じ感じだと思うんだが・・・」

 

「ペット・・・?」

 

「まぁ、より大事なんだけどな・・・」

 

「言ってて照れない?w」

 

「・・・少しなw寝なくて大丈夫か?」

 

「うん、もう少し・・・しててもいいよ?」

 

「・・・素直じゃねーなーw」

 

可愛いから全力で許すが。

 

少しの間の沈黙。

 

その間も手はゆっくりと、でも止まることはなく動く。

 

「・・・白石?おーい」

 

「・・・ん」

 

「寝そうだな・・・じゃあ俺も・・・」

 

立ち上がろうとして、服の袖口に僅かに抵抗を覚える。

 

白石が袖を捕まえている。

 

「・・・」

 

「俺はどうしたらいいんだよww」

 

「・・・ちゅー、してないよ?」

 

「・・・はぁ・・・」

 

ため息をつきながら、それでもたぶん口元は半笑いで。

 

再びベットに腰掛けて白石の顔の方に顔を近づけていく。

 

白石の唇と触れ合う。

 

「ん・・・」

 

「・・んん!?」

 

急に白石に抱きしめられる。

 

と同時にキス自体も激しくなる。

 

暗い中でも判るほどに白い彼女の腕が絡みついてくる。

 

「・・・ぷは!ちょ、しらい、ッ!」

 

一度離れたと思ったらまた強引に引き寄せられる。

 

相変わらず舌まで柔らか・・・ってそうじゃなくて!

 

考えがそちら側に溺れると自制が出来なさそうで怖くなる。

 

再び離れてから少し間を置く。

 

「ごめんな。・・・お前に我慢させてたかも。」

 

「私も、ごめんね・・・いっつも、口で言えなくて・・・」

 

潤んだ瞳が見える。

 

それ以上の言葉はない。

 

吐息がかかるほどの距離を保ったままで黙ったまま二人で見つめ合う。

 

「その・・・白石さん。これ以上はちょっと・・・」

 

目線を逸らす。

 

俺が我慢でき無そうでキツイ。

 

「・・・お兄さんなら、いいよ?」

 

「!」

 

いいよ。

 

いいよってのはつまりそういう意味であって、そういう意味とはつまりそういうことをすることであって・・・

 

「・・・る」

 

「え?」

 

「ね!寝る!」

 

「あ、ちょ、お兄さん!?」

 

洗面所の方に駆け込むような足取りで向かって強すぎるほどに強く扉を閉めてしゃがみ込む。

 

心臓の音が、軋むぐらいの音がする。

 

破裂しようが止まろうが、不思議ではない程に脈打っている。

 

白石の表情が、言葉が、抱き着かれて感じた体温が、リアルすぎるほどにリアルで、目を閉じても鮮明に浮かんでくる。

 

「流石に無理だって・・・」

 

年下の女子に対して積もっていく感情に自己嫌悪をしながらその日は明け方くらいまで眠れなくて起きたら昼前になっていた。

 

そっと扉を開けて部屋をのぞくと白石の姿がなかった。

 

ベッドも綺麗に直され代わりにこたつの上に書置きが見つかった。

 

趣旨としては、

 

『ベッド貸してくれてありがとう。お料理何品か作ったから暖めて食べてください。風邪は引いていませんでした。』

 

ということだった。

 

ちなみに裏面には

 

『ps.お兄さんの意気地なし!また来るからね!』

 

という耐えたにもかかわらず罵倒されるという文言で閉められていた。

 

「・・・ということがあったわけなんだが、伊達よ、俺はどうしたらよかったと思う?」

 

「とりあえず一回でいいから俺と変われ。JKとできる状況で何でしないんだ?ふのーか?お前?」

 

「・・・何だって新年始まる直前にそこまで言われてるんだろう俺?」

 

大みそかの夜、俺は伊達ともに大学から歩いて15分ほどの寺に初詣に来ていた。

 

地方だからと思っていたが思いのほかの人の入りで些か驚いていた。

 

ちなみに白石とは元日に来るつもりである。

 

「ちゃんと男として反応もすれば仕事もしてくれるよ・・・ただ、年下のJKを相手にその場の勢いとかでいたすのもいかがなものかと思って・・・」

 

「その思慮の深さは尊敬に値するし、お前の『自分の部屋だから強引に!』とか『付き合ってるから!』みたいなところがないのは純粋に素晴らしいと思うが・・・

 

白石ちゃんとしては勇気だしたのに恥かかされたようなもんだからなw」

 

「・・・俺が悪い?」

 

「男女交際ってのは基本的にバランスとタイミングだというのが俺の持論だ。それに当てはめれば…まぁ今回は非があるなw」

 

「ままならねぇなぁ・・・俺は俺で気使ったんだが。」

 

「んー。自分の考えとかすべきじゃないかと思うことが相手にとってそのまましてほしい事じゃないからな。その辺は折り合いをつけながら頑張れ。」

 

アドバイス的なことはくれたが要するに、「俺には関係ないから。」と言われている気がしないでもない。

 

「なんだかなぁ・・・」

 

甘酒を大仰にあおってそのまま、なんとはなしに空を見上げる。

 

吐いた息の白が空の鈍色に溶けていく。

 

除夜の鐘が鳴り響く。

 

煩悩の1つも消えてくれそうになくて一人苦笑した。

 

「さて、俺は帰って寝るが小島どうするよ?」

 

二人で初詣を終えながら帰路につく。

 

「そうだな…白石と一緒に初詣行くから俺も寝るかな。」

 

「寝させねーよ!?」

 

「何で3秒前と言ってること違うんだよ!?」

 

「白石ちゃんと初詣に行くと聞いたからお前は今日寝られる運命に無いのだ!」

 

「知るか!寝るわ!」

 

「あ、おーい!こじまーー!だてーーー!」

 

「ん!?」

 

伊達の騒がしさのせいで気づかなかったが既に家の近くまで来ていた。

 

前にも言ったかも知れないが俺と伊達の家は車が行き交うのも苦労するような道路を挟んで向かいに住んでいる。

 

その俺の家の向かい、つまり伊達の家の前に何人かの人が固まっているのが判る。

 

と言うかあれは…

 

「…お前ら何でいるの?」

 

バイト先まで尾行してきた友人たちだ。

 

「え?これから伊達の家で新年飲みだろ?」

 

黙ったまま後ろにいる伊達の方に振り向く。

 

「みんな!明日こいつ初詣デートらしいから!」

 

「よっしゃ飲むぞ小島ふーーーー!!!」

 

「宴じゃーーーー!!!」

 

「羨まし過ぎんだろ小島ごらーーー!!!」

 

「まて!とりあえず待て。白石は未成年なわけだから酒臭い俺なんかで行きたくない。

 

今日はこのまま風呂に入って寝る。」

 

「ほほう、伊達、どうする?」

 

「そういやさっきこいつから面白い話聞いたんだが、クリスマスに・・・」

 

「だてええええぇぇえええええ!!!」

 

こいつ悪魔何かか!?

 

「何!?クリスマスデートとな!?」

 

「けしからん!!けしからんぞ小島!!」

 

「どうするよ?来ないならちょうどいい酒の肴が聞けたしみんなで共有しようかと思うが、いや何!別に誰もお前の話とは言ってないさ!」

 

「貴様は悪党だ・・・」

 

精一杯の感情をこめて伊達をねめつける。

 

「はーはーはははは!!!さいっこうの褒め言葉だ!」

 

伊達の腕が肩に回る。

 

「飲むぞーーー!!!」

 

「「「「「おおーーーー!!!」」」」」

 

ご近所様から見れば新年早々からはた迷惑なバカ大学生だっただろうが今にしてみれば俺らにとっては青春の1ページになっていた。

 

「あったまいて・・・」

 

気が付けば伊達の家で皆伸びていた。

 

調子に乗って「初日の出を見よう!」なんて言っていたが初日の出はすっかり姿を現している。

 

10時過ぎだ。

 

「おい、おい伊達!俺帰るからな。」

 

伊達の頬をぺちぺち叩くと呻くような声で、

 

「おう、じゃぁな・・・」

 

とだけ言いそのあとは息絶えたかのように再び眠り始めた。

 

「酒好きなくせにうわばみいないもんな・・・考えてみたら」

 

酔いが回っているのか俺も独り言をつぶやきながら伊達の家を後にしそこから徒歩20秒ほどの家につく。

 

「ふぅ・・・酒臭いか?」

 

自分の匂いっていうのは意外と気づかないもので嗅いでみても判らない。

 

とりあえず酔い覚ましもかねてシャワーを頭からかぶる。

 

白石との約束は12時にここだ。

 

風呂に入って一息つけばちょうどいいころ合いになるだろう。

 

「おにーさん!来たよー!」

 

「おー、いらっしゃい。」

 

「えへへー、何か久しぶりな気がするなぁ!」

 

「まぁクリスマス辺りまでほぼ毎日来てたしなw」

 

「だねwよし!とりあえず何か作るね!」

 

「おー」

 

文章だけ見ると白石に色々とぶん投げているダメ彼氏だが白石が「クリスマスは自分一人で作れなかったからどうしても」といっていたのでとりあえず任せることにした。

 

「ほれコート。」

 

「あ、いっつもありがと。」

 

「ついでに下着。」

 

「・・・襲う気もない癖に・・・」

 

「あー、聞こえねー!腹減ったなー!」

 

「はいはいw」

 

耳に痛い話だ。

 

だがそこはそう簡単にしてはいけないと思うのだ。

 

俺が単にチキンというのは勘弁してほしい…

 

「はい、おいしいか分かんないけれど。」

 

出てきたのはペペロンチーノだった。

 

「相変わらず料理上手いなぁ。店出せば?」

 

「お金ないよw」

 

「否定するのそこかよw」

 

二人で他愛もない話をしながら箸、もといフォークを進める。

 

「ご馳走様でした!」

 

「お粗末様でした。あ、お兄さん口についてるよ?子供みたいw取ってあげよっか?」

 

「え?マジで?スゲー恥ずかしいやつじゃん!」

 

適当にティッシュを取って雑に口元を拭う。

 

「そんなに慌てなくてもいいじゃんw」

 

「慌てるわ!」

 

カッコ悪いし、いじられるし。

 

「・・・いま思ったらさ、私達ってあんまり彼氏彼女らしいことしてないよね・・・」

 

「・・・そうか?」

 

うちまで遊びに来てご飯作ってご飯食べて一緒に勉強して…

 

俺からしたらもう十分過ぎるほどだと思われるのだが。

 

「・・・逆に何をしてないと・・・?」

 

ぎしあんを除けばリア充すぎて大抵の非リアは胸やけを起こしかねないと思われるのだが。

 

「うーん・・・膝枕?」

 

「仮にしてって言ったらしてくれるのか・・・?」

 

「1分10円ねw」

 

「あー、全然払うからして欲しいw」

 

「しかたないなぁ・・・」

 

眉を下げてはにかみながら、白石はこたつから足を出して膝を折って座った。

 

「じゃあその、お邪魔します・・・」

 

クリスマスとはまた違った変な緊張感の中、白石の膝の上に頭を預ける。

 

感触としては低反発枕とかに近い気がした。

 

「どう、かな?」

 

「うん・・・何か枕ともまた違った感じだな。でもあれだな。

 

のぞき込まれるって普段ないから少し新鮮だ。」

 

「そっか・・・意外とまともなコメントだね。」

 

「何言うと思ってたんだよ・・・」

 

「『これが白石の太ももかぁー』とか?」

 

「・・・全く思わなかったと言えば嘘になる・・・」

 

視線から逃れるために寝返りを打つ。

 

「こっちも膝の上に何か乗ってるってこともあんまりないから少し新鮮だよ?w」

 

そう言って白石が俺の頭を撫で始める。

 

「・・・あんまりやると気持ちよくて寝るぞ?」

 

「たまにはいいんじゃないかな?初詣は・・・起きたらかな?」

 

冗談っぽく白石が笑って言うがもう意識が遠くなり始めている。

 

「やべ・・・マジで寝そう・・・」

 

「1時間くらいしたら起こす?」

 

「すまん。そうしてくれると・・・たすかる。」

 

「ホントに子供みたいwお休み、お兄さん・・・」

 

意識とともに声も遠くなり始めて頭を撫でられる心地いい感触も少しずつ薄れていく。

 

新年は最初の日から幸せすぎるほどだった。

 

「ん・・・」

 

意識が覚醒する。

 

「なんじ・・・」

 

起き上がりながら時計を見る。

 

既に5時過ぎ。

 

部屋は薄暗くなっていた。

 

1時間どころか3時間ほど寝ていたらしい。

 

「お?」

 

そういえば白石の膝枕ではなく普通のクッションになっていた。

 

そして背中の方に柔らかいが温かい感触を感じ振り返る。

 

白石が俺に抱き着いて寝ていた。

 

「はぁ・・・」

 

ため息をついてしばらく悶絶する。

 

誓って言えるが嘆息したのはこの状況に不満があるわけじゃない。

 

元気になっている愚息が果たして生理現象だけであるかがそこはかとなく不安になったのだ。

 

白石の柔らかさが伝わってくる。

 

起こさないように向き直って向かい合うような体制になる。

 

スゲーあったかい。

 

白石の言葉を思い出す。

 

たしかに考えてみたら十分にリア充だったがここまでべたべたとかイチャイチャとかしてないと言えばしてないかもしれない。

 

未だに手を繋ぐのも少しぎこちない気がする。

 

単純に俺が気恥ずかしいとかもあるが俺と白石の距離感が何となくそんな感じでないってのもデカいかも知れない。

 

それでもクリスマスのこともあって白石に我慢させていたと気づいた。

 

「・・・迷惑かけっぱなしだなぁ・・・」

 

一人ごちて静かに苦笑する。

 

今年は少し頑張ろうかなんてぼんやり思いながら白石が起きるまでぼんやり眺めていた。

 

起き抜けに雪道を二人で歩く。

 

東北の人なら良く分かると思うけど雪明かりは実はものすごく明るくて、

 

夏の夜中なんかよりはよっぽど見える。

 

それでもいうことがあるなら、

 

「しかし家に居たら気づかなかったが今日やたら寒くないか?」

 

「そうかな?毎年こんなもんだよ?」

 

そりゃぁ本州最北の県な以上覚悟はしていたが寒い。

 

雪に関しても毎年2mは積もるというのだからたまったものではない。

 

海沿いでないだけに風はないから暴風雪ということはあまりないがそれにしても寒い。

 

「移動手段が限られるから嫌いなんだよなぁ、冬。」

 

「雪遊びではしゃぐような歳でもないしねw」

 

余談だが俺はこの数日後に伊達達に誘われて全力で雪合戦&雪像づくりをしたりしている。

 

「・・・あれ?」

 

「ん?どうした?」

 

白石が少し驚いたようにコートのポケットを探る。

 

「手袋忘れちゃったかも・・・お兄さんちかな。」

 

「貸すか?」

 

俺は適当にポケットに入れていた手袋を白石に差し出した。

 

「うーん・・・あっ!良いこと考えた!お兄さん×2!手袋片方だけ貸して!」

 

俺の頭には疑問符が浮かんでいたがとりあえず手袋を片方だけ白石に渡す。

 

いきなり足元に投げつけて「決闘だ!」といったのは伊達だったか。

 

ありし日の冬の思い出である。

 

「これで・・・あ、もう一個はお兄さんが使って!」

 

「?おお。」

 

白石が左手、俺が右手にはめた状態だ。

 

「はい!お兄さん!」

 

そういって白石は俺の方に右手を出してきた。

 

「え?何?膝枕の金?」

 

「違うよ!私そんなにがめついイメージ!?」

 

「何?じゃあ『お手』とか?」

 

「お兄さん・・・わざとだよね?」

 

半ばあきれ顔で白石は俺の方を見てくる。

 

「冗談だってw」

 

白石の手を握る。

 

と同時に白石と横並びになる。

 

思えば白石の歩調に合わせるのも大分慣れた。

 

雨の日が懐かしい。

 

「ふふw」

 

唐突に白石が笑いだす。

 

「どした?」

 

「ううん、何か、お兄さん、私の歩調に合わせるの上手くなったなぁと思ってw」

 

「俺もそう思ってたところだよw」

 

初詣に行くまでも行ってからも結局こんな感じで、「何を願ったんだ?」って聞くと「お兄さんには秘密w」なんて定番の返しをされた。

 

「お兄さんてさ、いつから冬休みなの?」

 

1月の中盤。

 

すっかり家にいるのが当たり前になっていた白石と休みの話になった。

 

「二月の初旬から四月の頭までだな。」

 

「長い!ずるいよお兄さんたちは!」

 

「そうはいっても俺が決めてるわけじゃないしなぁ・・・」

 

白石に向かい合い、会話をしながらも教科書から目を離さずに手を進める。

 

「そういや前期もこんな感じだったなぁ・・・忙しくて目回して、バイト行って、家事やって、勉強しようにも身が入らなくて・・・」

 

思い出に耽る。

 

言うほど忙しくなかったのかもしれないが焦燥感に駆られていたといえばそれらしくなるだろうか。

 

そういうと白石が急に俯いて考え込むような顔をし始めた。

 

「ん?どした?」

 

「いや、その・・・お邪魔じゃないかなって・・・」

 

「お前・・・今更かよ・・・」

 

「だ、だって!お兄さん忙しいならここに来ない方が良いのかなって・・・」

 

「ふむ」

 

「お兄さんてさ、いつから冬休みなの?」

 

1月の中盤。

 

すっかり家にいるのが当たり前になっていた白石と休みの話になった。

 

「二月の初旬から四月の頭までだな。」

 

「長い!ずるいよお兄さんたちは!」

 

「そうはいっても俺が決めてるわけじゃないしなぁ・・・」

 

白石に向かい合い、会話をしながらも教科書から目を離さずに手を進める。

 

「そういや前期もこんな感じだったなぁ・・・忙しくて目回して、バイト行って、家事やって、勉強しようにも身が入らなくて・・・」

 

思い出に耽る。

 

言うほど忙しくなかったのかもしれないが焦燥感に駆られていたといえばそれらしくなるだろうか。

 

そういうと白石が急に俯いて考え込むような顔をし始めた。

 

「ん?どした?」

 

「いや、その・・・お邪魔じゃないかなって・・・」

 

「お前・・・今更かよ・・・」

 

「だ、だって!お兄さん忙しいならここに来ない方が良いのかなって・・・」

 

「ふむ」

 

同級生で同じ講義を受けているというなら教え合うとかも出来るのだろうが白石は年下のJK。

 

必然、俺一人の方が効率は良いはずだ。

 

はずだが・・・

 

正直、会えないのが辛いし、その期間が長いと反動で相当デレそうである。

 

「白石に任せるよ?来たいなら来ればいいし。」

 

「お兄さんに合わせるよ?邪魔なら来ないし。」

 

二人の声が重なる。

 

「・・・正直言って来てくれないと反動が怖いんだが・・・」

 

「水族館の時も夏休みもすごかったもんね。電話口で今まで聞いたことない声で『会いたくなった』なんて言うんだもんw」

 

「うるせぇ、その話はするな・・・」

 

照れながら顔を背ける。

 

「お兄さん時々可愛いよねwよしよし、ごめんねーw」

 

「あやすな!子供か俺は!」

 

そう言いつつ白石が頭を撫でる手を本気で振りほどこうとはしない。

 

白石も分かっているのでそれについては言及しない。

 

年下のJKにされてるのかと考えると何となく思うところはあった。

 

「まぁあれかな、デレたお兄さんもレアだけどデレデレなお兄さんなんて見たことないからいいかもねw」

 

そんな白石の一言で俺の試験が終わるまでは白石が来ないことになった。

 

「はぁー!これが白石ちゃんが過ごした部屋の香りかー!」

 

・・・同時に隣人の変人が来る回数がいつにも増して急激に伸び始めた。

 

「何だって来るんだよ・・・てかいっつも来てんだろ・・・」

 

「そりゃお前白石ちゃんが来ないとなったら俺がお前のところに来るのは必然だろ!」

 

「力強く言われてもなんでだかさっぱりだ・・・」

 

まあ実際の所うちは白石が頻繁に来るまでは伊達らが「ボトルキープ」と名付けるように酒までおいて行っていた。

 

その程度には我が家に出没していたのだ。

 

自然と言えば自然かも知れない。

 

「一人だと集中できてもふとした時に辛いだろ?」

 

伊達と言う男のずるい点はこういったことを素直に言える点だろう。

 

そして冗談を絡めたりしながら言えたりするのも正直凄いと思う。

 

「お前さ、本当に人の事よく見てるよな・・・」

 

「これでも医者の卵だからなwさ、勉強するぞ!白石ちゃんに会ったとき単位落としてたなんてしょうもない理由で落ち込んでたらぶっ飛ばすからな!」

 

「はいはいw精進いたしますよw」

 

2月8日だったと思う。

 

最終日の試験を切り抜け俺はジャムさんの好意で結構無理やりに空けてもらったシフトの分の穴埋めのバイトをこなしてから明かりがついている家に帰ってきた。

 

「ただいまー!!!疲れたー!」

 

「おー、お帰りー。」

 

「あ、お兄さん!」

 

「・・・んん?」

 

何故俺の部屋から二人分の声が聞こえる?

 

いや、白石には「うちの郵便受けに鍵入れておくから勝手に上がってていいぞ。」とは言ってある。

 

「何でお前がいるんだだてぇえええぇ!!」

 

「ん?白石ちゃんにあげてもらった。」

 

白石を見る。

 

「だってお兄さんに用事あるのに外に立たせてるの悪いでしょ?外寒いのに。」

 

その通りだ。

 

白石が正しい。

 

正しいが白石と二人だけの伊達が何を言い出すか分かったものではない。

 

「まあいいや。俺の用事はもう済んだから。」

 

「あ、おい!」

 

玄関の方に既に達し、靴を履き始める伊達。

 

「お!そうだ!これ、俺らからの選別。」

 

「あ、おいって!」

 

引き留めるのも聞かずに伊達は俺に何かを渡して出ていった。

 

「大体何を・・・」

 

薬局の紙袋に入った四角い感触が確認できるそれ。

 

確実にゴムだ。

 

「3週間ぐらいか?」

 

茶を淹れなおしてカレンダーを眺めて呟く。

 

正直なかなか長かった。

 

何日かに一度ぐらいかはメールしたりしていたがそれ以外の連絡はほとんどしていなかった。

 

余裕がなかったというのも事実としてあるがこういったときに白石が拘束しない彼女でいてくれて良かったなぁと思っていた。

 

「そういや白石、どっか行きたいところとかないのか?ここ何週間かかまってやれてないからな。」

 

「んー?そうだなー・・・とりあえず」

 

「とりあえず?」

 

「いちゃつきたい、かな?w」

 

「・・・」

 

言葉を失う。

 

この時ばかりは本当に何も言えなかった覚えがある。

 

いや、したいかしたくないかと言えばしたいのが本音ではあるが。

 

「一応さ、付き合ってる、訳だし・・・その、お正月ぐらいしか、そういうことしてないし・・・」

 

少し恥ずかしそうに「付き合う」という単語をいう白石を見て純粋に、ただ純粋に愛でたい衝動に駆られる。

 

「ごめん白石・・・いい?」

 

「しょうがないなぁw」

 

先程の言葉とは裏腹に白石が苦笑するなかその背後に回る。

 

「ん・・・落ち着く・・」

 

白石の肩越しに手をまわして自分の脚の間に白石が入るだけのスペースを作る。

 

「お兄さん、その、もしかしたら、私、少し汗臭いかも…」

 

「いや、そんなことないよ?スゲーいい匂い。」

 

「嗅がないでよ!変態っぽいよ!?」

 

「男なんてみんなこんなもんだよw」

 

そういって白石の髪に顔を埋める。

 

「・・・なんだかんだ言ってお兄さんてさ、甘えん坊だよねw」

 

「・・・否定しない。」

 

「うわ!ちょ!くすぐったいってw」

 

何だこれ、幸せすぎる。

 

俺の人生か本当に?

 

「それはさておき、さっきの話だがバイト代幾らかあるし、本当にどっか行きたいとかないのか?」

 

「お兄さんと居れるならね、どこでも・・・いいよ?」

 

声がいつもより近く感じて、白石が向き直って俺の方を見てきた。

 

「こんなに密着するとさ、心臓の音、聞こえるねwお兄さんの凄い早いの分かるよ。」

 

「白石は、そうでもないな・・・」

 

「そうかな?緊張、してるんだけどな・・・」

 

「そうは見えないな・・・」

 

「じゃあ試そうか?」

 

「試すって・・・ッ!!」

 

唇が押し付けられる。

 

常々思っていたがこいつ欲求不満なんだろうか?

 

そんなことを脳裏に浮かべ白石の唇の感触を確かめていた。

 

「そういや白石、進路どうするんだ?」

 

数日経ったある日の事だった。

 

何気ない一言だったと思う。

 

いつものようにこたつに入って勉強したりしていた白石が休憩をはさんだ時に話を振った。

 

別段何か意図したわけでも、ましてその方向に話を持っていきたいわけでも無かった。

 

単純に話のタネとして興味があったのだ。

 

時期的に言えば二月の中旬。

 

白石の通う高校が進学校を謳うだけにそろそろ本格的な受験勉強が始めるんじゃないかと思っていた。

 

「んー?んー・・・」

 

「決まってないのか・・・?」

 

唸る白石の顔は優れない。

 

意外と言えば意外だった。

 

俺の場合は色々あって(説明してもいいが長くなるので端折る)ここにいるが白石位の学力があれば行けるであろう大学の選択肢は少なくないはずだ。

 

「お兄さんと一緒がいいからなぁ・・・」

 

「白石、少し真面目に話そうか・・・」

 

居住まいを正す。

 

「例えばだ、お前が同じ大学に入ってきたとして別れたらどうする?理由がそれだけなら来た意味が無くなっちゃうだろ?

 

もちろん、来てから大事なものが見つかるかもしれないがそんなもん見つからない可能性だってある。唯一言えるのは、後悔しない選択肢が一番いいと思う。」

 

伝えようとする気持ちが強すぎて説教臭くなってしまった。

 

気持ちが嬉しくないと言えば嘘になる。

 

しかし過去は変えられない。

 

後で悔いても仕方ない。

 

だからとりあえずいえることは、単純で陳腐だけれども後悔しないことが一番だと思う。

 

白石が口の中で「後悔しない選択肢・・・」と呟いた

 

「・・・どこに行きたいかは決まってないのか?」

 

終始無言を貫いていた白石がこの質問で口を開いた。

 

「ここよりは、都会に行きたい・・・」

 

「うん、よし、じゃあ少しずつ方向性を決めていこう。そうなると仙台あたりか?それとも東京?」

 

「・・・東京かな・・・?」

 

「よしよし、じゃあ私大?公立?」

 

「・・・金銭面的に公立だけど・・・」

 

「?だけど?」

 

「・・・最終的に音楽でご飯食べていきたい・・・出来れば・・・大学行かないで・・・」

 

小さいけれど、白石の言葉で、はっきりと言われた。

 

俺の視野が狭かったのかもしれない。

 

社会人になるとかそういう選択肢を用意せず当たり前のように進学という一択だろうと勝手に思い込んでしまっていた。

 

「そっか・・・」

 

その後の言葉を俺も、白石も継げなかった。

 

白石はきっと絞り出した一言だったと思うけれど、その時の俺は肯定も否定も出来なかった。

 

「・・・」

 

ただ悩んでいるよりいいと散歩をして川沿いの道で欄干に寄りかかりながら考える。

 

正直白石があの発言をしてから少しギクシャクしている。

 

というかあれから白石とは顔を合わせていない。

 

電話は出てくれないし、メールも一応は帰ってくるが俺がバイト中とかの時に意図的に返されている気がする。

 

一応の所、白石の目標がそれだというのだから否定なんかはしていない。

 

単純な話、白石になんて言えば良いのかが分からなかった。

 

白石がやりたいことなら応援してやるべきだと思う。

 

だがそれでも「がんばれ」は無責任すぎる気がした。

 

そしてこの時になってふと思い出す。

 

いつの日か何か悩んでいそうな素振りを見せて、それでも俺には言わなかったあの日の事を。

 

情けなさに頭を掻く。

 

ひとまずは成人してそれなりに成長したと思っていたのに中身なんか何も変わってなくて、

 

「やりたいことは何だ」って聞いたのは俺なくせに、いざ答えられたら解決策どころか返す言葉にすら困った。

 

夢、といえば聞こえはいいが現実味がないと言えばより近しいだろう。

 

一番最初に考えてしまったのがそんなことだった。

 

「夢は何ですか?」なんて聞かれたのは結構昔の、そう、小学校の文集くらいだろうか。

 

そう聞かれていたかと思えばいつの間にやら親や教師でさえ、「現実を見ろ!」と頭ごなしに言うようになっていた。

 

「大人になったんだから」なんて理由をつけて無理やり現実を見るようになってしまったのかと思うと自分に嫌気も起こる。

 

幸いにも明日は休日。

 

あの日からちょうど一週間である。

 

『明日うちに来れるか?』

 

内容は簡潔に、ただそれだけの文章を入力して、送信するのに入力の何倍も時間をかけて、煙草一本をフィルターギリギリまで吸ってからようやく送信した。

 

返信がきたのはその日の就寝前に最後に見た時の事。

 

『4時過ぎに行くよ~!』

 

その一言だけだった。

 

いつもよりも念入りに掃除をして、いつもよりも何割か増しで緊張しながら、白石を待っていると予定とほぼ同時刻で白石はやってきた。

 

「お邪魔しま~す!!」

 

「おう・・・」

 

「あれ、どうしたのお兄さん?元気ないね?」

 

「いや、そうか?」

 

いつも通りの、いや、いつもよりもより元気な白石に多少驚きながら対応する。

 

「あ、そうだお兄さん!この前の事なんだけどね!同じ部活の子がね!」

 

「まぁ待てって・・・茶淹れるから・・・」

 

茶を淹れて一息つきながら雑談をする。

 

少しすると間が空いた。

 

「なぁ、白石・・・」

 

「ん?何?あ、そういえばね!さっきの子の話なんだけど!」

 

「白石・・・白石!」

 

白石の話を切るために語気を強める。

 

本当は分かっているのだ。

 

白石が何故いつも以上にハイテンションで俺を聞き役に回らせようとするのかも、俺が少しでもそういう雰囲気を見せると強引に話題を変えるのかも、全て分かったうえで、その上で俺は切り出す。

 

「進路のことは…実際どうするんだ?」

 

「・・・・」

 

先程と打って変わって伏し目がちに俺を見る白石。

 

この話題を先延ばしにすることもできる。

 

でもそんなことは刹那的なものだ。

 

それは、逃げだ。

 

それに何より一番影響があるのは白石本人だ。

 

自分に喝を入れなおし白石に言葉を続ける。

 

「別に怒ってるわけでも無ければお前に対して何か言いたいわけでも無いんだが・・・その、何ていうかお前にとってもこの一年は今後の進路を決めるわけでだな?

 

早めに道を固めておいた方が良いと思うんだよ。お前が本気でそうしたいって言うなら俺はどんな目標でも出来る限り応援するつもりだからさ、現時点でお前がどうしたいのかをちゃんと示してくれよ。」

 

言い訳っぽくなってしまって自分で思い直したくせに気まずさを覚えながら白石の方を見る。

 

きっと答えは決まっているんだろうけれど、あえて聞くことにした。

 

言葉にするってことはやっぱりとても重要なことだと思う。

 

「音楽で、生きていきたい・・・」

 

「・・・そっか。」

 

白石の答えは変わってなかった。

 

心から行きたいんだと白石の意思の強さをその目から感じる。

 

そのまっすぐさが眩しい。

 

夢に向かって進める人間が放つ生き生きとした輝きだ。

 

「でも、大学は行くよ。やっぱりそれだけじゃ駄目かもだし。」

 

「・・・ん・・・分かった。」

 

「さて・・・じゃあお兄さん、改めて勉強教えてねw」

 

この話はここで終わった。

 

だからこそ、白石の言葉に俺も笑顔で頷いた。

 

一年の中で一番短い月はいつの間にか終わって3月を迎えていた。

 

とはいってもここは津軽。

 

春なんて雪が降らなくなった時のことを言うのであって、つまりそれは4月の上旬あたりだ。

 

つまりそれは白石がうちに入り浸る状況は続くことを意味する。

 

「おにいさーん!お茶切れてるよー!」

 

「え?マジで?」

 

「あー、ホントだ…どうすっかな…コーヒーでいいか?」

 

「むぅ…今日は仕方ないかぁ…砂糖と牛乳は入れてね?」

 

「はいはいw」

 

コーヒーは俺、お茶は白石という暗黙の了解ができたのもいつだったか。

 

それだけ白石が入り浸っているということか。

 

(そういや3月か・・・)

 

白石の誕生月だ。

 

と言っても3月の30日までは結構時間がある。

 

考える時間があるということだ。

 

しかしふとここで気づいたことがある。

 

そう、誕生日なんて女子に何を贈ればいいのだろうかということだ。

 

「ねぇ店長、仮に誕生日に贈られたら嬉しいものって何ですかね?」

 

駅の近くとはいえ街に人が少ないから結果的にこの店は意外と客足が少ない。

 

機を見て自分よりも大人な店長に聞いてみた。

 

「もしかして何か贈り物かい?」

 

「ええ、まぁ・・・」

 

目線を逸らしながら答える。

 

内訳としては気恥ずかしさ二割、輝くジャムさんの眼から逃れるため八割だ。

 

「そうかいそうかい。いやーそうかーw」

 

「あの、アドバイスを・・・」

 

「ああ!そうだね!」

 

あの薄笑いのなかで他に何を考えていたのだろうか。

 

「そうだね・・・私はプロポーズの時に花を渡したけどね・・・」

 

「花、ですか・・・」

 

「うん、誕生日の花っていうのもあったりするものでね?僕がプロポーズしたときはそうしたんだ。でも後で花を買ったのと違う店に行ったときに店員さんに聞いたら別の花が誕生花だって言われてね。あの時はびっくりしたなぁw」

 

「花・・・」

 

案としては良いと思う。

 

後で調べておくとしよう。

 

「そこまで大層なものじゃなくて・・・誕生日なんですよ。」

 

「あー、そっかそっか・・・ごめんね?そうだな・・・僕はアクセサリーだったかな?」

 

「なるほど・・・」

 

妥当なものだと思う。

 

だが白石は意外とアクセサリーとかをしない。

 

曰く、「ギターを弾くときにいちいち外すのは面倒。」

 

とのこと。

 

そうであればペンダントとかが良いのだろうか?

 

結局バイト中はそんなことをずっと考えていた。

 

「お兄さんさ、今日何の日か分かる?」

 

いつものようにうちに来ていた白石が俺に聞いてきた。

 

3月の末。

 

新学期を間近に控えて浮き足立ったりする季節。

 

雪もほとんど溶けかかった頃。

 

この日は勿論、白石の誕生日だ。

 

「んー?んー…マフィアの日だな…」

 

あらかじめ調べておいた答えを答えて白石の反応を伺う。

 

「え!?嘘!?」

 

「ホントだ。調べてみろ。」

 

「…ホントだった。」

 

「ほらな?w」

 

「そうじゃなくてさ!こうさ!何かあるでしょ!?」

 

むくれる白石をなだめるように、

 

「はいはいwそう慌てんなってwちょっと待ってろ」

 

少し白石を待たせて隠しておいたプレゼントの箱を持ってくる。

 

「え!なにこれ!」

 

「いや、だからプレゼントw」

 

「嘘!え、ホントに!?」

 

「自分で何の日かって振っといていうセリフか?それwまぁでも、あんまり期待するなよ?」

 

「開けるよ?」

 

手だけでどうぞと促すと白石は箱のリボンをこれでもかと言うほど丁寧にほどいて箱を開けた。

 

「・・・時計・・・?」

 

「ごめん。嫌だったか?」

 

「ううん、そんなことない!すっごく嬉しい!つけていい?」

 

確認するように俺を見るので頷くと白石は左手の時計をはずしプレゼントに付け替えた。

 

「・・・ちょっと大きいか?」

 

手首につけてみると僅かに大きいのが判る。

 

何度か握ったことのある太さだけが頼りではやはりぴったりのものは作れなかった。

 

「お店の方行ったら後でも修正してくれるらしいから今度行くか?」

 

「うん・・・うん!ありがと!大好き!」

 

抱き着いてくる白石に悪い気はしなくて、現金だなぁなんて言って俺は笑った。

 

白石の受験が近づいていくと必然だが
それまでよりも白石と会う機会は減って行った。

 

春先は三日に一回くらいだったのが
夏休みを挟むと一週間に一、二回になり
秋にもなると数週間に一度程度になっていた。

 

連絡は取るようにしていたので
距離感が離れたと感じることはほとんどなかった。

 

それでも時間は過ぎていって、気が付けばすっかり季節が巡っていて、随分と昔に溶けたと思った雪がもう少ししたらまた降り出す時期になった。

 

「お兄さんさ、最近どう?」

 

その数週間に一度の日に、白石は出会ったときのように夜の公園でギターを手に俺に話しかけてきた。

 

「どうってのはまた抽象的な聞き方だな?・・・そうだな・・・」

 

思い返してみる。

 

大学に行ってそれなりに勉強して、空いた時間はバイトだったり伊達らとどこかに車で行ってみたり、十分に充実はしていると思う。

 

これ以上は贅沢だと思うほどに充実はしているものの・・・

 

「何か、物足りない・・・かな?」

 

不思議なものだ。

 

つい一年半前は知り合いですらない人間が、今ではいないと違和感を感じるほどになっているなんて。

 

「そっか・・・ふふ・・・そっかw」

 

「何だよ・・・不気味だなぁ」

 

「いや・・・同じこと考えてるんだなぁって思ってさw」

 

「・・・そうだな・・・」

 

きっと一緒に居られる時間は、もうそう長くない。

 

少なくとも白石がここに居られる時間は。

 

それでも今は、少なくとも今は、現実から目を逸らしていることを分かっていながら俺は何も言わずに、ただ微笑んでいた。

 

「じゃあお兄さん!一年とちょっとを祝して・・・」

 

「それでいいのか?」

 

「じゃあ何に乾杯するの?」

 

「白石の合格を願おうぜ?w」

 

「じゃあそれで!」

 

『かんぱーい!』

 

白石はノンアルコールのジュース、俺はそんなに強くない日本酒を片手に乾杯する。

 

今日は聖なるリア充たちの日。

 

クリスマス・イブ。

 

本来であればキリスト教徒たちがキリストの生誕を祝う日の前夜祭である。

 

日本においてはリア充の日でもいいじゃないかと個人的に思う。

 

「しかし受験生がこんなところでこんなことしてていいのかね?もう追い込みの時期だろ?」

 

「だいじょぶだいじょぶ。今日ぐらいはいいじゃんw」

 

「まぁ、白石が大丈夫っていうんならだいじょぶ何だろうが・・・じゃぁそうだな・・・今ぐらいは受験忘れて楽しむか。」

 

「ん?愉しむ?」

 

「おいこらそこw」

 

どうしようもない会話をしながら二人で笑いあう。

 

抑圧からの解放からか白石の機嫌もいつもよりも幾分か良いようだ。

 

「どした?なんかいいことあったか?」

 

「んー?いや、何だかんだで一年以上も一緒に居たんだなぁって思ってさぁw」

 

「まぁ・・・そうだな・・・」

 

「それにその・・・」

 

「?」

 

「去年は、ほら、あんな感じだったじゃない?だから、今年はこういう風に居られて良かったなぁって・・・w」

 

少しもじもじしながら白石は恥じらうように、それでいてとても嬉しそうに微笑んでいた。

 

眩しすぎて正視できないのは俺の気のせいではないだろう。

 

「来年からは、きっと会うのも結構大変になると思うけど、これからも、こんな風に過ごせたらいいな・・・」

 

白石が口にする言葉は、きっと真実でその上現実味があって、受け入れたくなくて、どこか寂しげだった。

 

「うん・・・」

 

彼女に何と言うべきなのかという答えを、俺は持ち合わせていなかった。

 

「お兄さん・・・月・・・綺麗だよ・・・」

 

室内の、その上雪の降るこの日に月なんか見えるわけなくて、だからきっと、言いたいことは一つなのだろう。

 

「ああ・・・俺もそう思うよ・・・」

 

雪が降っているせいだろう。

 

部屋は切り取られたかのように静かで外の音がほとんど聞こえなかった。

 

白石はその日から連絡が取れなくなった。

 

正確には俺の方から連絡を取らないようにした。

 

センター試験まで二週間を切ったのだからしょうがないが、何もしてやれないのかという無力感と、俺の事でもないのに名状のしがたい緊張感と焦燥感に駆られていた。

 

「小島君、最近落ち着きないよね?」

 

「そう、ですかね?」

 

だからジャムおじさんのこの発言にドキリとしたのは事実だった。

 

直前の模試はどうやら自分の中で一番いい成績を出せていたらしい白石だったが、それでも油断することなく勉強をしているらしく、自己採点の報告以降ほとんど連絡がなかった。

 

「もしね、君が迷っているならゆっくりでもいいからしっかりやっていくといい。君以外の事で焦っているなら・・・時間が経つまで待つしかなかったりするものだ。」

 

年寄りの独り言だよ。

 

苦笑気味に店長は俺を優しく見ていた。

 

『受かったよ!これで私も受験戦争とさよならだ!』

 

三月が目前まで来ていた二月の最期の週にそのメールは届いた。

 

白石のこの一年の努力が報われたらしく第一志望の大学に合格したらしい。

 

「素直に喜べないんだろ?」

 

伊達は茶を淹れに行っていたはずが、いつの間にか後ろに回り込んで液晶画面を見てから俺にこういった。

 

「・・・さぁ?なんのこと」

 

「お前と一緒に居て何年になると思ってんだ。こんな時にそんな顔で俺に嘘つこうとしてんじゃねーよ。」

 

「俺はいつになったらお前に嘘をつけるようになるんだろうねぇ・・・」

 

「まだしばらく先だな。ま、その時まではお前の友達でいてやるよw」

 

で、と伊達は続ける。

 

「実際のとこどうするんだ?遠距離?」

 

「しかないだろうな・・・」

 

「あんまり勧めないんだけどな・・・」

 

伊達の言いたいことが分からないわけではない。

 

どうしても身近な人間に頼りたくなるのが人だろう。

 

「っていってもこれで別れるのはなぁ・・・」

 

「やっぱりあれか?自分以外の男と付き合ってほしくないとかか?w」

 

「そうだな・・・俺より白石を幸せにできる奴がいるなら普通にそいつに任せた方がいいとは思う。」

 

「あー、青春すぎて身もだえするなw」

 

「茶化すな・・・でも、そうだな・・・」

 

「お?」

 

「出来れば俺が白石を幸せにしたいし、誰にも渡したくない・・・かな」

 

「小島・・・お前・・・そんなこと素面で言ってて恥ずかしくないのか?w」

 

「お前から振ってきたんだろうが!!!!!」

 

俺の怒りの咆哮を受け流しながら伊達は笑って、

 

「まぁでも、白石ちゃんとも話し合ってみろよ。それからでも遅くないだろ?」

 

「・・・だな。」

 

どこかもの悲しい雰囲気、どこか空いた気がする距離感。

 

ああ、そうか、

 

もう、白石はいなくなってしまうのか。

 

「まだ決まってはないけどたぶん、三月の中旬ぐらいにはここからいなくなるかな。」

 

さも何気なく言っているように聞こえる。

 

何気ないように見える。

 

そんなわけないのは分かってる。

 

近くで見飽きるぐらいに見てきた白石の瞳が少し悲しみを帯びているのも、いつも楽しそうな言葉を紡ぐ上がった口角が些か下がっているのも、

 

わずかに震えているように見える体も、もう、感じられなくなるのか。

 

「うわ!どしたのおにいさん?」

 

カップをテーブルに置いた白石を何も言わずに抱きしめる。

 

こんなに近くに感じるこの感触が、体温が、彼女の声が、もうすぐ手の届くところから消え去ってしまうのが、ただ怖かった。

 

白石は俺を突き放すでもなく俺の方に腕を回してきて、

 

「・・・大丈夫だよ?長期の休みになったら帰ってくるし、その、私の所に泊まりにきてもいいし

 

・・・ただ、それより前に、私が会いたくなっちゃうかもねw」

 

心の覗いたかのように静かに俺に言う。

 

その言葉に、腕の力が強くなる。

 

白石は俺とこのままの関係でいることを望んでいてくれている。

 

言外に含まれたそのことの嬉しさを隠し切れない。

 

何をバカなことを考えていたんだろうと自戒する。

 

「ごめん、痛くないか?」

 

「大丈夫・・・もっとしてもいいよ?寂しいんだもんね?w」

 

「・・・うっせ」

 

それ以上の言葉はなかった。

 

白石に気を使わせてばっかりだ。

 

駄目だなぁなんて思いながら、
少しでも長く彼女の感触が残るように、
ただただ抱きしめ続けた。

 

「落ち着いたら連絡するね。」

 

見送りに行った時の白石の最後の言葉はそんなので、本当にあっさりと物理的距離と言うもので遠距離恋愛カップルになった。

 

「で?白石ちゃんとはうまくいってんの?」

 

五月の下旬の金曜日、突然の休講で四、五コマの無くなった伊達に誘われて早い時間から宅飲みをしていると話題はその話に向かっていった。

 

「んー?まぁ、ぼちぼちかな…」

 

「歯切れの悪い答えしやがって…一番最近白石ちゃんに会ったのいつよ?」

 

「三月…」

 

「は!?じゃあお前、白石ちゃんが引っ越してからあってないのか?」

 

「うん…」

 

呆れ顔でやれやれといわんばかりの伊達。

 

「GWとかあっただろうが…何やってんだよ…」

 

「ゼミの方とバイトで首回んなくて…」

 

一、二年の勉強不足が響いて今のゼミではついていくだけで容易ではない。

 

「はぁ・・・連絡は?どのくらいの頻度?」

 

「一週間に二回くらい電話してる。っていっても白石もバイト始めたらしいから最近はちょっとすれ違い気味だな・・・」

 

ハイボールを呷ってから続ける。

 

「もう、終わりかなw・・・考えてみりゃ当然の事か。俺よりカッコイイ奴だっていくらだっているだろうし、頭良い奴だっているだろうし、

 

金あるやつだって、性格いいやつだっているだろうし・・・」

 

自嘲的に笑う。

 

このまま続けていく自信もない。

 

そもそも白石に俺は見合わない。

 

性格も、容姿も、はっきり言ってもっとふさわしい相手がいるはずだ。

 

中途半端にダラダラ続ければその分だけ白石を拘束することになる。

 

だったら、いっそ、ここで、

 

「小島、歯、食いしばれ。」

 

「は?-ッ!」

 

右頬に鈍い衝撃が走る。

 

熱い。

 

いや、痛い。

 

この感覚は知っている。

 

確信を持って数秒後に左を向いていた顔を戻すと勢いで立ち上がった伊達がこれまでの付き合いの中でも見たこともない、怒りとも悲しみともいえない表情で拳を握っていた。

 

「こんなにイラつくのは久しぶりだよ・・・前に何て言ったよ?自分で幸せにしたいって!誰にも渡したくないって!そういっただろ!?お前の本音はそうじゃないのかよ!」

 

伊達は依然、興奮冷めやらぬ表情で俺を見て言葉を切ることなく続ける。

 

「お前は『自分で幸せにしたい』って言ったんだぞ!?それはお前のエゴだろ?お前以上に幸せにできる奴がいるかもしれない中で、それでもお前は『誰にも渡したくない』って言ったんだろ?

 

自分の言葉に責任とれよ!」

 

伊達に殴られたのが初めてなら、ここまで感情的な伊達と言うのも初めて見た。

 

いつでも飄々として、冗談ばかり言って、時には友人思いな男が初めて心の奥底を見せた気がした。

 

何も言えず黙って二人でにらみ合っていると先に根を上げたのは意外にも伊達だった。

 

「すまん。感情的になった・・・」

 

バツが悪そうにする伊達。

 

「いや、俺もすまんかった。お前の前で言うべきじゃない弱音吐いた…」

 

熱を持つ右頬をさすると伊達がまた視線を逸らした。

 

「・・・伊達、歯食いしばれ・・・」

 

「は?-ッ!」

 

ぼそっというと伊達がそうしたように俺も伊達の顔を一発お見舞いする。

 

こいつは色々と考えすぎてしまう。

 

貸し借りはきっちり、かつ早めに無くしておいた方が二人にとって絶対に良い。

 

「・・・いてーだろ?」

 

「俺のほうが絶対弱かったのに・・・」

 

「嘘つけ!全力だったろ!」

 

「全力なわけあるか!まだ5割も言ってねーわ!」

 

「ああ?じゃあ俺4割!」

 

「んなわけあるか俺は3割だったぞ!」

 

にらみ合って二人で吹き出す。

 

腹を抱えて笑って、笑いすぎて立っていられなくて、ひとしきり笑うと伊達が一杯あおってから、

 

「で、どうするんだ?まだ時間あるぞ?」

 

「あ?」

 

「新幹線。」

 

確か新青森発の東京行きは…19時44分のがあったはずだ。

 

現在時刻は18時30分。

 

ちなみに新青森までは約40分。

 

間に合わないこともない。

 

「19時発の青森行きのJRあったろ。」

 

「だけど・・・」

 

「ええい!もう一回殴られるか!?会いたいときに会いに行って何が悪いんだよ!彼女だろ!?」

 

「金ないし・・・」

 

嘘だ。

 

使い道がなくて腐っている金が口座の中にいくらかある。

 

「てめぇ今までのバイト代あるだろ。ないなら貸してやるからいってこい!」

 

蹴り飛ばされるようにしながら伊達の家から追い出される。

 

「勝手なことを・・・」

 

睨むようにドアをみるが無論返事など無い。

 

それでもこいつには感謝しなければならない。

 

いつもこうやって背中を押されてばかりだ。

 

だったら、俺もそれに応えねば。

 

「三時間半、四時間ってとこか・・・」

 

考えてみれば遠い、だが遠いといっても少し高めに金を出せばそのぐらいで東京に行けるのだから便利なものだ。

 

とりあえず適当なボストンバックに最低限の衣類だけ詰め込んで駅へ。

 

七時の電車はほとんどが学生で、男同士で竹刀を持って楽しそうに話す二人組。

 

ラケットを持って姦しい女子。

 

そして幸せそうな制服のカップル。

 

いいなぁ、あんな近くに居られて。

 

呟いた言葉は電車のレールを走る音でかき消された。

 

電車に乗っている間にしたことと言えばとりあえず白石にメールしたことだろうか。

 

考えてみればバカみたいな文面で(酔いが醒めたとはいえ素面じゃないのだから当然と言えば当然か)、

 

『今東京向かってるんだがどこに向かえばいい?』

 

なんて、白石の事を全く考えちゃいない文章で、

 

返信が来たのはもう大宮を過ぎたあたりだった。

 

だがそれはメールじゃなくて電話だった。

 

慌ててるんだろうななんて思って少し頬を緩ませながら車両の連結部分に向かい応答する。

 

「もしもし、白石?」

 

『あ、お兄さん?良かった、つながった!今、サークルの新勧終わったところでさ!すぐ行くか―きゃ!ちょ!先輩!止めてくださいって!』

 

「!?白石?」

 

『あ、だいじょぶ、だから!今から向かうね!』

 

「あ、おい!・・・切れた・・・」

 

一抹の不安が脳裡をかすめる。

 

一時間もかからないのに時間が経つのが驚くほど遅くて、やきもきしながら待っていると駅についた。

 

ただただ落ち着かなくて飛び降りるように新幹線を降りて白石に指定された日本橋口についたが白石の姿が見えない。

 

まだついていないのかもしれない。

 

少し離れて人が来なさそうなところで一服し始める。

 

「しっかし・・・」

 

頭を掻く。

 

昨日のうちは自分が東京に来て白石を待ちながら一服しているとは考えていなかった。

 

人生とは何があるか分からないものである。

 

二本目に手を伸ばしたタイミングであろうか。

 

ケータイが不意に震えた。

 

電話だ。

 

「白石?」

 

『あ、おにーさん?今着いたんだけどもういる?』

 

後ろがざわついているのは何だろうか。

 

もう終電近いから人が多いのか?

 

「ああ、もうついてる。」

 

『そっか。いまから行くからもうちょっと待っててねー。』

 

「ん。」

 

手の中の箱からもう一本取り出す。

 

考えてみれば明日は昼からバイトが入っているし、月曜にはゼミのことがあって色々やらねばならないというのに、こんなに考えなしに動いたのは久しぶりだ。

 

我ながらバカみたいな行動力だと今更になって少し笑う。

 

どれもこれもあのバカメガネのせいだ。

 

後で奢らせてやる。

 

ちょうど吸っていた煙草が終わるころになって白石が俺の前に現れた。

 

「ごめん!おにーさん!お待たせ!」

 

呼ばれて振り返る。

 

一瞬、呼吸が止まった気がして、流れる時間が遅れた様な気がして、瞬時に世界が加速する。

 

見慣れた小さな唇も、よく笑う目も、頭の中のイメージと何一つ変わることはないのに、数か月会わないだけでより綺麗になったと感じるのは何故だろう。

 

相変わらず化粧気はほとんどなくて、それなのに少し伸びた髪が一気に大人びた印象を持たせた。

 

「おー、久しぶり・・・って後ろの人たちとお前が肩かしてるひとは誰?」

 

「あ、こんちわー!」

 

「うぇーい!」

 

「へぇ、彼が白石ちゃんの彼氏さん?」

 

傍目からでも大分酔っているのは分かる。

 

男が3人、女が白石を含めて4人。

 

「新勧やってくれた先輩たちなんだけど…その、お兄さんの事話したら見たいって言い始めて…」

 

「ども!○○でぅえーす!」

 

「ちょっと、先輩!暴れないで下さいよ!」

 

仕方なさそうに白石が笑いかける。

 

止めろよ。

 

喉元までその言葉がきて、止まる。

 

そんな顔を、俺以外の奴に向けないでくれよ…

 

白石の肩を借りている男がこちらを見て名前を言うが頭に入ってこない。

 

肌が粟立つのが分かる。

 

頭の中で声がする。

 

お前は何だ、白石の何だというんだ。

 

一方的に睨み付けていると、後ろにいた男の中でまだそこまで酔っていないように見える男が白石から男を引き受ける。

 

「でもどうしたのお兄さん?いきなり来るなんてらしくないけど」

 

「いや、その・・・会いたくなった・・・じゃ、ダメか?」

 

「「「「おおおおーーーーー」」」」

 

「うぇ!あ、ぅ・・・」

 

赤面しながら俯く白石。

 

「あれあれ?白石ちゃん?」

 

「これはキスの展開かな?」

 

「え、あ、こ、困りますって先輩!お兄さんも何か言ってよ!」

 

「・・・・・」

 

思考は別の事を考えていた。

 

昔から無防備だったとはいえここまでとは…

 

「あ、す、するの?・・・ん・・・」

 

気が付くと少し背伸びをしながら白石が目を瞑って俺の方を向いている。

 

そんな白石の腕を引っ張って適当にその辺のタクシーをひっ捕まえて乗り込む。

 

「え!?うわぁちょ!ちょ・・・おにいさ・・・」

 

俺の突然の行動に戸惑う白石。

 

「白石、住所どこ?」

 

「え・・・○○駅の近くのアパート」

 

「すいません、そこの駅まで行ってもらえます?」

 

運ちゃんは不思議そうに俺らを見たが何も言わず小さくうなずくとそのまま発進した。

 

あらゆることにいら立つ。

 

こんなに心かき乱さる位なら、もっと早く白石に会いに来るべきだったということにたった今気づいたこととか。

 

肩を貸していただけの男に対して小さく嫉妬していることも。

 

それらをみっともないとか情けないとか認識していながらこんなことをしている自分にも腹が立つ。

 

「お兄さん・・・痛い・・・」

 

「あ、わ、わり!」

 

思考に気を取られて力が入りすぎていたらしい。

 

慌てて手を放すと掴んでいた部分を白石がさする。

 

「その、すまんかった・・・」

 

白石の方を見られなくて窓の外に視線を送りながら謝罪する。

 

「強引すぎだよ・・・」

 

些かトゲのある口調でそういって白石は俺が渡した時計を握っていた。

 

目的地に着くまで車内での会話はなく、

 

信号のたびにミラーでこちらの様子を見てくる運ちゃんの視線がウザったくて痛く刺さった。

 

料金を払ってタクシーを降りる。

 

「それで、何でお兄さんがここにいるのかな?」

 

視線が痛い。

 

それでも尚優しい口調なのがもっと痛い。

 

「いや、その、だからなんというか・・・こう・・・」

 

考えてみりゃ、なんでなんだろう。

 

明日は昼過ぎからバイトが入ってたりとか、月曜にはゼミの課題とかもあるのに。

 

「ちゃんと、言って?」

 

目の前の白石の瞳が不安げに揺れる。

 

ああ、そうだ。

 

ちゃんと言わなければ、電話でも話せるのにここに来たのだ。

 

目の前にいるからにはしっかり伝えなければ。

 

文章にならなくても、

 

「あ、のな、その・・・白石がここに来てから俺とゆっくり話す機会無かったと思うから、その、えーと・・・」

 

言葉に詰まる。

 

これ以上何を言えば良いのだろうか。

 

「・・・そっか、不安だったんだね・・・」

 

心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚える。

 

どんなに思っていても直接は言葉にしなかったそれが白石の口から出た。

 

情けなさと、白石を信じていないかのように感じてしまうその感情は、

 

もしかしたら付き合いだしたころからあったかもしれない。

 

それが白石の口から零れると、堰を切ったように感情があふれてきた。

 

「不安だよ・・・他に説明のしようがないくらい物凄い不安だよ。

 

俺より色んなことでスゲー奴とか一杯いるだろうし、だから・・・」

 

だから、どうというのだろう。

 

白石が望むようにするのが一番幸せになるんじゃないのか?

 

だったら、俺は…

 

「はぁ・・・おにーさん。ちょっと・・・」

 

呆れたように嘆息した後に白石が俺を呼んで

 

着ていたシャツの襟を引っ張られて

 

白石の顔が近づいて

 

何か月かぶりにする彼女とのキスは、触れるだけのもので一瞬で離される。

 

「・・・煙草臭い・・・」

 

「・・・面目ない・・・」

 

白石と会えなくなってからと言うもの、煙草の消費が速くなった。

 

原因は言わずもがな。

 

小言を言って、それでもまだ襟をつかまれたままの不思議な体勢で白石は俺を見ている。

 

「お兄さんさぁ、私の事ばっかり考えすぎだよw」

 

「は?そうかな・・・」

 

そこまで四六時中と言うことではないと思うのだが・・・

 

「今の口ぶりだどどうせお兄さんの事だから『白石が幸せなら俺は・・・』とか考えたりしてるんでしょ?」

 

図星である。

 

やはり俺は分かりやすいらしい。

 

「お兄さんはさ、もうちょっと自分にしてほしい事とか、したいこととかもっと言っていいと思うんだ。そこでぶつかることもあると思うけどその時はぶつかりながら進んでいこうよ。
・・・私も、もっと素直になるし、もっと言いたいことがあるし、伝えたいことあるし・・・だから・・・」

 

顔を赤らめて俯く白石。

 

泣きそうな顔をしているのは顔を見なくても声で分かった。

 

不甲斐ないばっかりだ。

 

支えられてばっかり。

 

今からでも変わりたいな。

 

変わって、こいつのことを俺がしてもらったみたいに支えていきたい。

 

「ごめんな。いっつも、頼りがいなくて、迷惑ばっかりかけて・・・」

 

襟を掴む白石の手にそっと触れる。

 

変わりたい。

 

変われるかな。

 

「・・・ほんとだよw」

 

「うん。ごめん・・・ありがとう・・・」

 

握っていた白石の手が襟から離れ、そのまま俺の手を握った。

 

「・・・じゃあいこっか。」

 

久しぶりに、本当に久しぶりに向けられた笑顔を見て自然と幸せになる。

 

主語がない。

 

必要ないからと言えばそれまでか。

 

握った彼女の手はこれまでよりも大きく感じた。

 

駅から徒歩で5分ほど行ったところにあるアパートの3階の一室が白石の家だった。

 

土地が土地だけに7畳一間で6万強という物件だが、

 

水準が青森のそれで固定されている俺からしたら高いだけでむしろこの条件にしては中々安い場所なのだろう。

 

「はー・・・何か疲れた・・・」

 

肩に掛けっぱなしだった荷物を下ろして言葉が自然に漏れた。

 

「不安の種を無くせたからじゃない?」

 

・・・あながち否定できないのはどこかで事実と認めているからだろう。

 

「何か私も疲れちゃった・・・もうお風呂入って寝よっかな・・・」

 

「もう12時半だしな・・・」

 

「どうする?お兄さん一緒に入る?」

 

「あほか!お前なぁ・・・」

 

俺は俺で大学入ってから一人で女子の部屋何て初めてなわけで、

 

色々考えてしまったりしているときになんてことを言ってきてんだこいつは!

 

「嘘々wでもどうしよっか?お兄さん先に入る?」

 

「いや先入って来ていいぞ。その間に荷物の整理でもしてる。」

 

「ほんと?なら結構助かるかな。
正直新歓飲みだったから先輩たち遠慮なく煙草吸ってさ・・・」

 

あ、と思い出したように白石はケータイを取り出して操作し始めた。

 

「あちゃ、やっぱり。先輩たちにすごく心配されてる・・・」

 

「あー・・・」

 

まぁ彼らからしたら

 

「突然現れた彼氏を名乗る男がいきなり後輩を攫った」

 

というシチュエーションなわけだから当然と言えば当然だ。

 

「『突然誘拐されたけどどうしたの?ご立腹?それとも妬いちゃったとか?w』だってさ」

 

何故だろうか。

 

白石の先輩たちも伊達らと同じような匂いがする。

 

「お兄さんシャワーでいいなら私もいいかな。じゃあ先に入るけど覗いちゃだめだよ?」

 

「あーはいはい。」

 

「あ、下着は漁ってもいいけど戻しておいてね?w」

 

「漁んねぇし!お前の俺の評価どうしたんだよ!?」

 

いくらなんでも散々すぎる。

 

「入りたくなったらいつでもいいからね?w」

 

すっかり上機嫌な白石はそう言って脱衣所に入って行った。

 

何とはなしに部屋を見回す。

 

整理が行き届いた部屋。

 

年相応の女子の部屋だけにぬいぐるみやらと言ったものは見られないが

 

飾り気の無さはある意味で白石らしいといえる。

 

唯一彼女の部屋らしさが主張されているものと言えば、

 

部屋の隅でスタンドに立てかけられている彼女の赤いギターくらいのものだ。

 

出会ったころから彼女が使っていたそれは変わらずに彼女の手で演奏されているようだ。

 

目に留まるものが無かったというのもあって持ってきたバックを開けて整理を始める。

 

と、自分では入れた覚えのない紙袋が出てきた。

 

「?」

 

薬局の紙袋。

 

ポルトガルの隠語的に言えばヴィーナスのシャツが出てきた。

 

察しが言ってとりあえずひっつかんだケータイの掛け慣れた番号をコールしようとして、望みの相手から電話が来た。

 

「てめぇ伊達コラ!?」

 

『おお!何?その感じからするとまだ使ってない?というか今気づいた感じかな?w』

 

何だってこいつは俺の重要な時には必ず現れて余計な手間を漏れなく増やしてくれるのだろうか。

 

中身が数個入っている位なら分かるが箱ごと入ってるってどういうことだ?

 

全部のバックに入れたとでも言うのか!?

 

『エスパーですから!』

 

「それは違うだろ!」

 

『とにかくありがたく使えよ?どうせお前じゃコンビニ行って買ってくるなんてできなかっただろ?』

 

出来なくはないのかもしれないが行きたくはない。

 

「うるせぇ!大体なんだって、その・・・仲直りして直ぐにそんな・・・そもそも白石に会いに来たのはそういう理由じゃないのはお前だって知ってるだろ!?」

 

『まぁ・・・お前ならそう言うんだろうけどさ・・・女の子は置物や宝石じゃないんだぞ?』

 

雷に打たれたような衝撃。

 

反論の勢いが削がれる。

 

「そりゃ・・・そうだけど・・・」

 

『お前の事だからどうせ色々考えてんのは分かるけどさぁ

 

・・・好きになってくれてる女の子なんだろ?お前が好きになった子だろ?じゃあ信じろよ。』

 

二の句を告げない。

 

伊達の言う通りかもしれない。

 

でも、いいのか。

 

白石はそれでいいのか。

 

本当にそれで…

 

『嫌がらなかったらOK!』

 

「あほか!・・・とにかく、お気遣いありがとう。

 

必要なら使わせてもらいますよ!じゃあな!」

 

伊達が口を開く前に電話を切る。

 

あいつの事だ。

 

繋がっていればまた何か言ってくるだろう。

 

「お兄さん?ダイジョブ?なんか怒鳴ってたけど。」

 

「い!?あ、ああだいじょ・・・」

 

予期せぬ声に思わず紙袋をバックの中に突っ込んで振り返る。

 

タオルで頭を拭きながら大きめのTシャツ一枚…って…

 

「お、お前ちゃんと服着ろよ!?」

 

怒鳴りながら顔を思い切り背ける。

 

「えー?いっつもこの格好なんだけどなぁ・・・」

 

「勘弁してくれ・・・心臓に悪すぎる・・・」

 

白い脚が何に遮られることもなく目の前にある。

 

湯上りということもあってかいつもより艶っぽく見える。

 

「・・・お兄さんってさ、昔から少しも変わらないよねw」

 

「あ、当たり前だろ・・・何言ってんだよ。」

 

白石の方を向けないので壁に向かって話す。

 

不意に、白石が歩く音がしてそのまま俺の背後で止まると、流れるように背後から抱き着いてくる。

 

「私さ、変わらないって凄く難しいと思うんだ・・・でもね、変わっていくのも同じくらいかそれ以上に難しいと思うの。どっちがいいとかじゃないと思うんだけどね。・・・人って変化しないと飽きちゃうし飽きられちゃうと思うんだ・・・」

 

ここまで言われて分からない程バカな俺でもない訳で。

 

まぁなんというか、背後から押し付けられている感覚が明らかにTシャツのそれだけなのを感じたりするのもあって・・・

 

どうすべきかは大体分かってるつもりで・・・

 

俺のとった行動は、

 

「白石・・・風呂、入って来ていいかな?」

 

「話聞いててその答え・・・?」

 

「体、綺麗にしてからのほうがいいだろ・・・?」

 

「・・・早くねw」

 

ふと白石の体温が消えて、そのままトコトコとベットに向かう。

 

後ろ姿は普通に見えるが案の定耳は相応に赤くなっている。

 

下着と適当にTシャツを選んで脱衣所に行くと、鏡に映る自分も人のことが言えなかった。

 

次の日は聞きなれない生活音で覚醒した。

 

「・・・んん?」

 

見慣れない天井。

 

濃霧の様に晴れない思考。

 

電車の通る音。

 

記憶が蘇ってきて飛び起きる。

 

「あ、お兄さんおはよう。目、覚めた?」

 

「・・・お陰様で。」

 

急に起きたのが効いたのか、はたまた夜の事を思い出して爆縮したのか心臓が異様に荒々しく動く。

 

「ご飯出来ちゃってるからさ、お兄さん顔でも洗って来てよ。」

 

「おお・・・」

 

回らない頭なりに理解したのは「新婚みたいだなぁ」なんていうことだったあたりが馬鹿っぽい。

 

「白石さ、料理上手くなった?」

 

「え?そうかな?やっぱりこっちはいろいろ高いから自炊は心掛けてるけど・・・」

 

そういって自分で作った味噌汁を啜る白石。

 

「何だろう・・・こう、温かいのかな・・・」

 

「え?いっつも冷めたもの食べてるの?」

 

「いや・・・そうじゃ・・・まぁいいか」

 

人の温かみと言うのだろうか。

 

そういうのが感じられる。

 

「そういや今日どうしよっか・・・お兄さんは?どっか行きたい?」

 

「どっか行ったりするか?一応金はあるが。」

 

金といってバイトの事を思い出す。

 

現在時刻は八時半。

 

九時過ぎに掛ければジャムさんは電話には出てくれるだろうから時間はあるが・・・

 

正直気は進まない。

 

自分の都合だけでこういったことをした手前、気が滅入るのは当然と言えば当然だった。

 

「どしたの?もしかしておいしくなかったかな・・・?」

 

「ん?ああ、いやそうじゃなくてな・・・」

 

「・・・話せないような話?」

 

そう寂しげな顔をしないでほしい。

 

俺が悪いみたいじゃないか。

 

「いや、その・・・実はな・・・」

 

話さなければまた誤解を生む可能性もある。

 

俺が話したくないというだけでギクシャクしないためにもここは話すことにした。

 

理由を話すと白石は呆れた顔をして、そのあと小さく微笑んだ。

 

「?何で笑うんだ?」

 

俺の説明でおかしなところがあっただろうか。

 

「いや、お兄さんにしてはそんなに後先考えずに行動するのは珍しいなと思って・・・それに・・・」

 

「それに?」

 

「・・・そんなに思っててくれたんだってちょっと嬉しくて・・・w」

 

「ッ!~~~!!!」

 

声にならずに小さくもだえる。

 

なんだこいつ!

 

可愛すぎだろ!

 

「すまん白石・・・先に電話かけてくる・・・」

 

理由をつけて部屋を後にする。

 

正直言って理性が持ちそうになかった。

 

「よく耐えた・・・俺・・・」

 

自身を称えながらそれでもなお脈動する鼓動を落ち着かせジャムさんに電話を掛けた。

 

「あ、店長。お疲れ様です。小島です・・・」

 

『ああ、小島君どうしたの?何か病気でもしたかい?』

 

ここで「そうです!」

 

と元気いっぱいに言えるだけの胆力は俺には無く、

 

「いえ、実は・・・」

 

かいつまみながらも洗いざらい事の子細を暴露する。

 

経緯をかいつまんで結果を文字にしてみれば

 

「彼女が心配なので後先考えず新幹線に飛び乗って今東京です!」

 

というちょっと頭のかわいそうな文章になってしまう。

 

そんなことを聞いて直後。

 

ジャムさんは盛大に俺を笑った。

 

「ぶは、ぶははははは!!!こ、小島君!君最高だよ!!!」

 

「・・・そこまで笑わないで下さいよ・・・」

 

俺が悪いから強くも怒れない。

 

というかこの場においては怒る権利すら俺は有していない。

 

くつくつとジャムさんは口の中で笑いを蓄えたまま、

 

「い、いや、し、失礼した!・・・ぶふ!」

 

「店長!」

 

流石に少し語調が強まる。

 

まだ笑う店長はしかし、

 

「小島君の男らしさに免じて今日は小島君は休み!代わりに福士君呼ぶから、精々遊んで来ると良い!じゃあ、私も仕事なのでここで!あ、お土産よろしくねー!」

 

「あ、てんちょ!・・・きれた・・・」

 

恐らく気を使わせないためだろう。

 

本当に尊敬できる大人である。

 

お土産はちゃんと持っていこう。

 

「あ、おかえりお兄さん。どうだった?」

 

少し不安そうにこちらを見る白石。

 

「ああ、店長が上機嫌で笑って許してくれたw」

 

「よかったじゃんwじゃあどうしよっか?お兄さん予定も立てないで来たんでしょ?」

 

「だな・・・遊びに行く場所にならいくらでもあるがどこ行こうか?」

 

「んー・・・じゃあさ!行きたいところあるんだ!」

 

はしゃぐように言う白石に、ご飯食べてからなと笑って言う。

 

久しぶりに心穏やかな休日を送れそうだ。

 

「んーーーー!やっぱりいいねー!」

 

「来たいっていうからどこかと思ったら…」

 

白石が言った場所は意外にも海だった。

 

レンタカーを借りたほうが色々ゆっくり見られるんじゃないかというと白石も同意して近場で車を借りてから来たのはまだ海開きもしていない湘南の海だった。

 

「なあ、ホントに良かったのか?」

 

もうちょっと色々選択肢はあっただろうとおもうのだが。

 

「えー?いいじゃん別に。お兄さん嫌がらなかったし。」

 

「いやまあそうなんだが・・・」

 

というのも白石が行きたいといったからであり、俺としては行きたい場所が無かったというのも要因として大きいと思う。

 

「海開きもしてない海何て来て楽しいのかって話だよ。」

 

「別に場所なんてどこでもよかったんだよ。

 

ただ何でもない日を特別に思えるように来たんだしw人いないから静かでいいしねー」

 

「・・・特別か?」

 

「そう、特別。あのお兄さんが私に会いたくて後先考えず自分から新幹線に乗って連絡もなしに来てくれた記念w」

 

「おま・・・はぁ・・・w」

 

口にしかけた抗議の言葉は先を行く白石が向けた笑顔を見て毒気を抜かれてしまった。

 

代わりにこぼれたのはため息と、同時に出た笑いだった。

 

こんな何でもない日のこんなことに価値を見出せる白石を羨ましく思いながら答えるように俺も笑う。

 

「あー、ギターもって来ればよかったなー。絶対気持ちよかったのに・・・」

 

「あー、それも見たかったなぁ、それを言うんだったら俺もカメラ持ってくりゃよかったな・・・」

 

「お兄さん何撮るの?女の子?w」

 

「撮るような知り合いなんてお前ぐらいしかいないわw

 

そうだな・・・バイクで目的もなくブラブラして、気に入ったもの撮るだけだよ。入道雲とか、野草とか、田んぼで田植えしてるばっちゃとか。」

 

「バイク買ったの!?乗りたい!」

 

「あんまデカくない奴な。就職はこっちになるだろうからしたらタンデムでどっか行くかw」

 

「行きたい!一杯!いろんなところ!」

 

少し強めの風が吹いた。

 

前を行きながら振り返って俺を見ている白石の髪が靡く。

 

一枚の絵の様なその光景に微かに見とれて。

 

カメラを持ってこなかったことを心底後悔して、

 

白石に「見とれてた?w」なんて言われたけれど、「ばーかw」って笑うので精一杯だった。

 

「そういえばさ、お兄さんいつ帰るの?」

 

夜になって夕食が終わり、二人でお茶を啜ていると白石がさも平然とその話題を振ってきた。

 

ここまでその話題に触れてこなかったのはお互いに理解して、かつそれを避けてきたからだろう。

 

俺がここに居られる時間なんぞたかが知れているということが。

 

「んー・・・そうだな・・・明日の昼くらい・・・かな。」

 

少しの間を置いて言ったのは

 

白石と居たいと思いながらもあまり長引くとどうしても帰りがたくなるのも理解しての言葉だった。

 

「そっ、か・・・」

 

露骨に落ち込む白石。

 

その・・・何というかこう・・・ダメージがデカいので出来ればもう少し分かりにくく拗ねるとかにしてほしい。

 

「今日で最後なんだね・・・」

 

小さく呟いた言葉がやけに大きく響いた気がした。

 

「・・・今生の別れでも無し、そんな顔するなよw」

 

「・・・お兄さんは寂しくないの?」

 

そんなに潤んだ瞳で見つめながら言われたら困るのは白石だってわかってるだろうに、

 

言葉にするのに詰まって頭を掻くと先程よりもさらに白石の声のトーンが下がった。

 

「寂しくないのか・・・」

 

「いや、寂しい!すっごく寂しい!もう帰りたくないくらい寂しい!」

 

まくしたてるように言うと驚いたように俺を見た後で白石がくすっと笑う。

 

「お兄さん必死すぎw顔真っ赤だよw」

 

「白石もな・・・」

 

二人で向かい合って赤面する。

 

何年経っても変わらないものだと思って口だけで笑ったのは秘密だ。

 

「・・・明日もそれなりに早いし寝るか・・・」

 

何をするでもなく二人で雑談をしたりしていたが、

 

昼間に出かけてきたのが響いているのか時計が12時を回ると二人とも口数が少なくなってきた。

 

「・・・やだ・・・」

 

「お?」

 

「まだ、やだ・・・・寝たらすぐに朝になっちゃう・・・朝起きて、何時間かしたらお兄さん、帰っちゃう・・・」

 

「白石・・・」

 

言いたいことが分からない訳ではない。

 

そりゃ一日、二日会いに来るだけでも中々大変なのだ。

 

次に会えるのだって二人の予定が合う時でなければいけないのだからいつになるかは分からない。

 

「そうはいっても起きてたって朝にはなるしなぁ・・・」

 

気持ちは俺も同じなわけで俺も俺で強く言い返せない。

 

「んー・・・他に選択肢は?白石の要望には出来るだけ沿うようにしたいんだが・・・」

 

「・・・てほしい・・・」

 

「ん?」

 

「・・・一緒に寝てほしい・・・」

 

「・・・・・」

 

「な、何で黙るの!?」

 

「昨日の今日でそれかよwエロいなぁwと思って・・・」

 

「ち、違!そっちじゃないし!そ、添い寝!」

 

「あー、はいはいwほれ、歯磨いてとっとと寝るぞw」

 

「・・・意地悪・・・」

 

頬を膨れさせる白石を見て内心こんなに楽しいことはないという気持ちで一杯だった。

 

きっと表情も隠しきれていなかっただろう。

 

「電気消すぞ?」

 

「うん・・・」

 

明かりが消える。

 

「・・・豆電球位つけてていいよな?」

 

「うん・・・」

 

暗すぎると昨日のことを鮮明に思い出してしまいそうだった。

 

「白石さ・・・くっつきすぎじゃね?」

 

「あ、ごめん・・・あっつい?いやだった?」

 

いや、あの・・・単純にドキドキするんです。

 

「・・・察してくれ・・・」

 

「言ってくれないと分かんないなぁ?w」

 

豆電球の薄明かりの中でも分かる。

 

いつものように口の端に笑みを浮かべて俺を見る白石。

 

「・・・言わせたいだけだろ?w」

 

「さっきのお返しw」

 

二人で笑いあって、どちらが言うともなく近づいて唇だけ合わせてキスをする。

 

「・・・寝るか・・・」

 

「・・・うん・・・」

 

そういって白石が更に俺の方によって来るとそのまま抱き枕のごとく俺に抱き着く。

 

「ちょ!?」

 

「んー?いいじゃん。私こうしてた方が落ち着くんだよねーw」

 

・・・当たってるんですがそれは・・・

 

「お兄さん暖かい・・・体にヒーターでも入ってるの?w」

 

「単純に緊張してるからこれ以上俺をからかうな・・・いや、ホントマジで。余裕ない。」

 

「はいはいwこのくらいで勘弁してあげるよw」

 

二人の声が消える。

 

「ねぇ、お兄さん・・・」

 

「ん?」

 

「・・・ごめん、何でもないや・・・」

 

「・・・ん」

 

白石が考えて言ってこない以上はそれがこたえだろう。

 

聞きたい気持ちを押し殺して眼を閉じる。

 

腕の中の白石の体温がより鮮明に感じられる。

 

柔らかい。

 

ちょうど俺の顔の近くに白石の頭が来ている。

 

すげーいい匂い。

 

シャンプーとかかな?

 

眠ろうと考えて呼吸をしているのに白石の方に意識が行ってしまって中々寝付けない。

 

瞼を開けてみる。

 

オレンジ色の薄明りの中、白石はというと

 

「・・・すぅ、すぅ・・・」

 

まさしく穏やかと言った具合に早くも寝付いてしまった。

 

心の中で寝落ちかよと小さく笑う。

 

しかし、

 

「・・・何ていうか・・・」

 

子供みたいだ。

 

よく食べて、表情豊かに笑ってはしゃいで、

 

かと思いきや甘えて来たり拗ねてみたり、疲れたらすぐ眠る。

 

まぁ・・・こういった裏表のなさが好きなんだろうけれど、

 

「・・・いつまでこうしていられるかな・・・」

 

考えたことがふと口をついていた。

 

時間的にではなく、将来的に。

 

結構本気で白石が幸せになって欲しいとは思っている。

 

でも、仮に俺じゃなくて横に立っているのが伊達とかだったら俺はなんて思って、何て言うんだろう。

 

いや、止めよう。

 

考えてもしょうがない。

 

そうなったらそうなったときである。

 

瞳を閉じて深く息を吸う。

 

白石の匂いが微かにして、温もりが感じられて。

 

心地よさを覚えながら、悩んでいたのがバカみたいにスッと眠りについた。

 

「白石さ、いつこっち帰ってくる?」

 

東京駅の構内で色々と土産を買っていれば時間になるだろうという白石の意見で色々物色しているとき気になって聞いてみた。

 

それに合わせてバイトの休みとか帰省とかを考えようというものだ。

 

「んー?そうだなぁ・・・いつになるかな・・・」

 

「確定はしてない感じか?」

 

「うん。大学は八月入ったらすぐ終わるんだけどバイトとかサークルとかあるし。」

 

「なるほど・・・まぁ早めに教えてくれると助かるな。」

 

「あ!じゃああれだ!こうしよう!」

 

「今決めるのかよwいつ?」

 

半ば呆れて白石を見る。

 

「おにーさんが『帰ってきて』って言ったときに帰ってくるね!」

 

いつもの俺をからかうような笑顔ではない。

 

白石は俺に満面の笑みで言って見せた。

 

「・・・したら、意外と早く呼ぶかもしれないぞ?」

 

「心配し過ぎだと思うよw私こう見えて一途だし、それに・・・」

 

「うん?」

 

「多分お兄さんが思ってるよりも、私はお兄さんの事好きだからw」

 

「・・・土産買ってくる・・・」

 

余りの殺し文句にその場に居続けることが出来なかった。

 

適当に見繕っておいた土産をレジに持っていく。

 

背中から聞こえる白石の声が今度は上機嫌で笑っているのがすぐに分かった。

 

ホームに行くと休日だけあった人はいたが特段何の日でもない訳で幾らか混んでいる程度だった。

 

「お兄さんさ・・・人前なんだからこれ止めた方が良いんじゃないの?」

 

白石がそう言いながら繋がれた自分の右手を少し上げて見せる。

 

「・・・もうちょいで帰るんだから勘弁しろ。今回だけだ。」

 

しょうがないなぁといったままそれ以上は白石は何も言わない。

 

「あーあ、でもお兄さん帰っちゃうのか・・・私この二日間の予定色々つぶれちゃったよ・・・」

 

「・・・俺にどうしろと・・・?」

 

もう帰るところなんだが。

 

それを聞いて白石は小さく笑うと

 

「じゃあ今度埋め合わせね?w」

 

良い彼女を持ったと実感したのは数えきれないがこれは特に印象的だった。

 

次に会う口実を彼女の方から俺にくれるのだから。

 

「ん、分かった。約束な。」

 

そう言うと白石がつないだ手を一度離して、指切り、とだけ小さく言う。

 

いつだって白石は変わらない。

 

こういったことを自分から素直に言うところも、それを自分で言いながら恥ずかしがるところも。

 

小指だけ再びつなぐ。

 

『まもなく電車が到着します。白線の内側まで・・・』

 

アナウンスが流れた。

 

「指切りげんまんうそついたら・・・どうしよっか?」

 

「しまらねぇなぁw」

 

繋いだまま、離すことなくいると電車が来てしまった。

 

「じゃぁその時決めよっか!」

 

「はいはいw」

 

つないだままいると電車のドアが開いた。

 

もう、時間はない。

 

「・・・」

 

「じゃあな」も「元気でな」もちがう。

 

数瞬だけ考えて、

 

「またな。」

 

自然に出た言葉が一番しっくり来た。

 

「・・・うん。」

 

白石が応えてから俺が歩き出すと
一歩目で白石の腕が少し伸びたのが判って
二歩目でほとんどほどけかけて
三歩目で白石の温度が消えた。

 

振り返ると足が止まりそうな気がして振り返らなかった。

 

引き延ばされたようなような感覚を覚えた数秒は、時間の流れの中に自然に溶けていった。

 

乗ってすぐに発車のアナウンスが流れる。

 

ドアが閉まる。

 

振り返ると白石が少し寂しそうに笑っていた。

 

声も聞こえない中でなにを言うでもなく、俺はただ笑って見せた。

 

白石も応えるように笑う。

 

車窓が徐々に捉える世界の位置を変え始める。

 

徐々に白石が遠くなっていく。

 

寂しさもあったが来た時よりも軽く感じる肩の荷物が確かな充足感を与えてくれていた。

 

終点まで三時間はあったが行きよりも気持ちはずっと楽だった。

 

白石と別れたのはそれから二ヵ月後だった。

 

別れようとは白石から切りだされた。

 

俺からしてみれば寝耳に水とはまさにこのことで、

 

俺の方に落ち度があれば何とかすると言ったが、

 

白石からはそういうことではないという答えが返ってきて以来連絡が取れなくなり、

 

俺も俺でゼミとかインターンシップとか就活とかが始まってしまってまともに白石の方にかまえる状況ではなかった。

 

分かっている。

 

分かっていた。

 

自分の中ではそんなことを言い訳にして逃げていたのだ。

 

理由をこじつけてフラれたという事実から目を背けていただけだ。

 

そうしていることしかできなかったのだ。

 

ただ目の前のことに没入することで名状できない感情を振り払おうと必死になった。

 

幸か不幸かそのがむしゃらのお陰で俺の身の丈には合わない程の企業から内定をもらって、

 

気付いたら東京で働く少し若い一端の社畜になっていた。

 

分かり切っていたことだが俺という人間は基本的に自分に全くと言っていいほどに自信がない。

 

だからまぁ、言い訳になってしまうが「俺以上に良い奴に出会ったのだろう」という諦観に似た感情によって白石には直接会いに行かなかった。

 

時期もあってバイトを止めてジャムさんと会わなくなって、互いに忙しくなって伊達に会う機会が減って行けば俺に親身になってくれる人間なんぞいなかった。

 

どうも俺は伊達やジャムさんの様な支援というか背中を押してくれる人間がいないと前に進めないらしい。

 

頭でごちゃごちゃ考えていながら結局白石に会いに行かなかった理由はつまりそういったことなのだろう。

 

そんなこんなで大学を卒業した俺だったがこれが予想以上に時間の流れが速くて驚いた。

 

というか体感時間が早く感じたのだろう。

 

失ったものの大きさを見ないために仕事に没頭していけば評価が上がって、

 

嬉しくないことに相対的に仕事が増えていって、それにまた没入していくという循環だった。

 

入社して一年ちょいもすればそんな俺でもがむしゃらにではなく要領よく努力するということが出来るようになり周りを見渡す余裕が出来るようになった。

 

先輩でスゲー綺麗な人がいると気づいたのはその時だった。

 

だがまぁ、自分から声をかけられるほどの社交性と言ったものは無かったので眼で追ったりするような日が続いていたある日。

 

上司とともに取ってきたそれなりに大きな仕事で部署で飲みをすることになった。

 

俺は酔うとゆっくり一人の世界に浸るとか少人数で飲むのに適しているらしく、大人数で飲むのはどうも煩わしいと思ってしまう。

 

なわけで俺は隅っこの方で諸先輩から離れて煙草をふかしながらゆっくり飲んでいた。

 

「お疲れさま小島君、大丈夫?」

 

件の綺麗な先輩から声をかけられた。

 

隅で騒ぐこともなく飲む俺を心配しての事らしい。

 

「ああ、戸田さん(戸田恵梨香似なので)お疲れ様です。大丈夫ですよ。騒がしいのがあんまり得意じゃないので…」

 

自然俺の横に座り二人だけで話すこととなる。

 

「でも凄いね小島君。結構大きい話だったのに上司さんと一緒に取ってきたんでしょ?大変じゃない?」

 

「ほとんど上司さんの仕事ですよw自分は付き添いみたいなもので・・・大変じゃないといえば嘘になりますけど、充実してますね。」

 

そりゃあまりデカくない企業とはいえ社会人二年目で過大な評価で受けているのだから大変ではある。

 

入社試験も滑り込みのつもりが何の冗談か結構良かったりして上司からは大分絞られている。

 

だがまぁ大変な状況ならその分だけ他の事を考えなくていいのだからそれでいい。

 

我ながらまだ消化できないのかと半ば呆れ、同時に女々しいとも思う。

 

未だに残る心残りを大仰にジョッキをあおって酒と一緒に飲み干す。

 

「…1本良いですか?」

 

出来れば女性の前では吸いたくはないが習慣というのは中々直すのが難しい。

 

学生の頃に酒と一緒に吸って安上がりにしようと画策したものだがどうも金が稼げても貧乏性は抜けないらしい。

 

「意外、吸うんだね」

 

「昔から止めろっては言われてるんですけどねw」

 

「おいしいの?」

 

「不味いですよw試しに吸ってみます?」

 

箱ごと向けると一瞬悩んだような顔を見せてから「じゃあ…」といって灰を落としていたほとんど吸っていない俺の手の中のをかすめとって自分で吸い始める。

 

少し驚いて呆気に取れられる俺を尻目に戸田さんは大きく息を吸って、むせた。

 

「けふ!げほげほ!」

 

「あーあーwほら水ありますから・・・」

 

頼んでおいたお冷を渡して火傷をしないように戸田さんの手から煙草を受け取り灰皿に置く。

 

年上のはずなのだが世話の焼ける・・・

 

白石みたi・・・

 

一気に半分ほど残っていたジョッキを飲み干して次の注文をしておく。

 

「・・・かぁ~!!!」

 

「ちょ、小島君!?」

 

「ッ!・・・大丈夫です。それより、落ち着きましたか・・・」

 

「あ、うん、ごめんね・・・」

 

顔を赤らめて俺を見る戸田さん。

 

どこか懐かしい感覚と、既視感。

 

途端、心臓が軋みだす。

 

押さえつけるために頼んでおいた酒をまたあおってから灰皿に残るフィルターに口紅のついた煙草を手に取る。

 

「あ・・・」

 

小さく戸田さんが声を出した気がしたが気にせず口をつける。

 

いつもと変わらない。

 

微かなバニラの香りが鼻腔を満たす。

 

「…小島君てさ、彼女いたりする?」

 

戸田さんは不思議そうな目で俺を見ながら言う。

 

「いないですよ?いるわけないじゃないですかw」

 

俺も俺で何故という疑問の眼で戸田さんを見る。

 

「いや、煙草吸ってる人って恋人出来るのかなって

 

・・・特に女性は嫌がる人多いでしょ?」

 

「まぁ、ですね。吸う奴が悪みたいな言い方をしますからね。」

 

特に今はと付け加えて小さくぼやく。

 

同時に吐き出された煙は店の空気に溶けていた。

 

「じゃあ今までは?」

 

「飲み会で後輩男性社員相手に恋話ですか?w女性陣でやってきたらどうです?」

 

「あーw私お局苦手で…」

 

何とはなしに笑って口寂しくてまた煙を吐く。

 

「で?いないの?」

 

「煙に巻けては無かったですかw」

 

小さく笑って軽く頭を掻く。

 

別に話せない訳ではないがそのあとに襲ってくる若干の孤独とか寂寥とか、そういうのが残るのが嫌だった。

 

褒められたものではないのは自覚しているがこういったときの俺は妙にずる賢いところがある。

 

白石の事を思い出したとか、人恋しいとか、きっと酔いの勢いもあってだろう。

 

気が付けば口をついていた。

 

「今、戸田さんに彼氏いるのか教えてくれたらいいですよw」

 

そう聡い人でなくても言葉の裏が読めるような文章。

 

案の定戸田さんも読めたらしく酒気を帯びた顔に更に赤みが増した。

 

「そ、そういう冗談はよくないよ!?」

 

「冗談じゃ、ないっすよ?」

 

「え…え、え!?」

 

真顔で見つめる。

 

身を捩りながら戸田さんは首を振っている。

 

十割本気と言えば嘘だがどんなに言葉を尽くしても戸田さんにそういう感情が無かったといえば嘘になる。

 

それでもこれの目的はいじることだったのだが。

 

いや、それにしてもいじりがいがありすぎる

 

先輩だし今後の業務に支障をきたすのは流石に不味い。

 

今回はこのくらいで…

 

「…ない…」

 

「え?」

 

相変わらずゆっくりと紫煙を吐いて、

 

さていつ切り出そうという余裕を持っていられるのはここまでだった。

 

「いない、よ」

 

振り向くとがっつりと水を飲み干す戸田さんが目に入る。

 

「…すみません。少し酔ってるみたいです…」

 

「う、うん…」

 

微妙に気まずくなって会話もないまま並んで座る二人。

 

唯一の救いはそこからほぼ直後と言っていいタイミングで飲み会が終わったことだろう。

 

こんなこともあってか社内で戸田さんと会うと微妙な空気になることが多くなった。

 

というかいつも通りに目で追っていると目が合う回数が多くなった。

 

そのたびに逸らされるので多少なりとダメージは負っていくのだが・・・

 

数日経ったある日。

 

上司から茶を淹れてこいと言われて給湯室にいくとまさしく茶を淹れていると戸田さんと出くわした。

 

「「あ」」

 

戸田さんは数秒視線をきょろきょろしてから、どうすることもなく作業を進めた。

 

「あの…」

 

「は、はい!?」

 

俺の方から声をかけると戸田さんの声がひっくり返った。

 

「俺、何か避けられてます?」

 

「いや、その…」

 

「この前のことは…その、すいませんでした…」

 

「あ…うん…」

 

「その、お詫びしたいんすけど…」

 

「い、良いよ別に!」

 

「いや、させてください。GWとか空いてますか?奢りますから」

 

「あ、う、っと…わ、分かりました…」

 

自分の中である程度けじめをつけたいという個人的な我儘でしかなかったが意外と押しに弱いようであっさりと申し出を受けてくれた。

 

東京っていうのは便利だ。

 

というかかっぺの俺からしたら少々便利すぎると思う。

 

大衆居酒屋ではなく少し洒落た店が幾らでもある。

 

少し田舎にも分けてくれ。

 

その店は値段的にあまり来れず行きつけというほどではないまでも、

 

内装の落ち着き具合と喫煙が出来るという非常に気に入っている店だった。

 

「小島君…ここ高そうなんだけど…」

 

「ああ、気にしないでください。今日は俺出しますから」

 

「え!?悪いよ!?ていうか私先輩だし!」

 

「いえいえ、俺から誘ってますしw」

 

何度かこのやり取りを繰り返したが戸田さんは折れることがなかったので戸田さんが席を立った隙を見て会計を先に済ませた。

 

微妙に釈然としない戸田さんに

 

「次は戸田さんがどこか連れて行ってください」というと

 

「あんまり高くないところね」と笑われた。

 

そんな感じだったので一度誘ってしまえば後は流れというか誘いやすい感じになった。

 

といってもそんなに頻繁に行ったりはしない。

 

俺もそうだが戸田さんも余裕があるとは言い難いようであった。

 

何回か食事に行ったあとの帰り道。

 

家まで戸田さんを送っているときのことだった。

 

「今日もありがとね。逆方向なんでしょ?家。」

 

「ああ、まぁ、散歩だと思えば楽なもんですよw」

 

実際東京の距離なんぞ田舎育ちの俺からしたら大したものではない。

 

「でも小島君意外と一杯お店知ってるのね?なんかどこもちょっと高級な感じで。」

 

「上司さんに教えてもらってるだけですよ。一緒に行ったことはあんまりないんですが、
でもやっぱりああいうお店だとどうしても肩肘張っちゃうんですよねw」

 

「ああ、わかるなぁ。もっと落ち着いて飲める場所がいいよね。家みたいな。」

 

「ですねぇ・・・うちの周りとかは意外と静かなんですけど少し遠くて。」

 

「いいなぁ、今度小島君の家で飲もうか?」

 

「・・・え?」

 

横を歩く戸田さんはすぐに気づいたのかそれこそしまったという顔をして見せた。

 

「あ、ご、ごめん!い、嫌だよね!忘れて!」

 

「あ、いや、その、嫌じゃないんですが、
戸田さんさえ良ければ今度・・・来ます、か?」

 

嫌がられてもしょうがない。

 

しかし戸田さんは、

 

「じゃぁ、次は、小島君の、お家で・・・」

 

「は、はい・・・」

 

「あ!わ、わた、私ここまででいいから!じゃあね!」

 

「あ、お疲れさまで・・・」

 

皆まで聞かず逃げるようにマンションに入って行く戸田さん。

 

なんだかなぁ・・・

 

言葉にできない微妙な感情を覚えながらため息をついた。

 

本当にこれでいいのかなと口の中で言葉にする直前で口を閉じた。

 

人間は「慣れ」の生き物だというのは耳にする話だが意外と真理だと思う。

 

大学で一人暮らしを始めれば
いつの間にかそれに慣れて
電気のついてない家に帰ることに慣れて

 

横に居てくれる人がいることが
当たり前になって、
いなくなったことにすら慣れてしまう。

 

東京程そういったことを実感させてくれるところはないと思う。

 

壁の薄さに驚いたり、近隣住民との人づきあいの希薄さに驚いたりする。

 

それでも気づけばそれらにすら慣れている。

 

だが何事にも例外はあったりする。

 

何となくふとした瞬間にテレビでもつけて、芸人たちが笑う声が部屋に驚くほどに響く。

 

胸の奥がざわついて、漠然と不安な感情に陥る。

 

孤独とか人恋しさが沸き上がってくるあの感覚に未だに慣れることが出来なくて、

 

伊達『未だに俺に頼ってると?いい加減もうちょい他に深い話出来る奴作れってwそれか独り立ちしろw』

 

俺「そういうなよ・・・それができないから困ってるんだろ?w」

 

「・・・含みを感じるのは俺だけか?」

 

言いあぐねるような空気を一瞬だけ出した後に

 

『ホントに、いいのか?』

 

その言葉が小さいけど、確実に刺さった。

 

確かに、ある程度は吹っ切れた。

 

それはつまり、完全には吹っ切れていないってことで。

 

それなのに他に目を移していいのかと、こいつはそう言っている。

 

『まぁ他に目を向けること自体は悪くないことだとも思うんだよ。
そうでもしないとお前は何だかんだ引きずりそうだし。ったくめんどくさい』

 

悪かったな・・・

 

しかしどうするか・・・

 

勿論綺麗だと思う。

 

好意もある。

 

白石の時のように年齢で引っかかるということもない。

 

それでもなお、どこかで「いいのだろうか?」と自分の中で渦巻く何かがある。

 

『ま、俺に聞いてもどうせすぐには答え出ないだろうから今回は悩め。
決して女運良いお前に対して嫉妬してるとかじゃないからな?w』

 

「おい・・・まぁ分かったよ。進展あったら教える、じゃあな。」

 

通話が終わってしばらく何をするともなく呆然として、煙草に火をつける。

 

嗅ぎ慣れた匂いがして、少し考えを巡らせる。

 

吸い慣れていたはずなのに嗅ぎ慣れたその匂いが鼻の奥を刺激して目の奥がわずかにがツンとした。

 

数日後、

 

戸田さんに書類を見てもらうタイミングがあった。

 

「相変わらず仕事早いね小島君。もう何年もやってるみたい。」

 

「いや、上司さんいないと全然で・・・」

 

書類のミスがないか見てもらいながらちょっとした雑談をする。

 

「あれ?戸田さん今日何か印象違いますね・・・メガネ変えました?」

 

「うん?うん・・・」

 

質問に生返事で返す戸田さん。

 

「髪もいっつも結ってるのに今日下ろしてますし。何かちょっと新鮮ですね・・・」

 

「うん・・・うん?どうしたのそんなに褒めて?なんかミスでもしたの?w」

 

「ああ、いえ、そういわけじゃ。」

 

「うん、特にミスはないかな?そうだ、小島君、今日大丈夫?」

 

「え、きょ、今日ですか?」

 

一応掃除くらいはしてあるが唐突なことで驚いた。

 

「うん、何か呑みたい気分なんだよねー。

 

金曜だし、宅飲みならお金もかからないじゃない?」

 

「まぁ、ですね…」

 

「よし、じゃあ今日で決まり!残業無いようにねー。」

 

「お邪魔しまーす!」

 

「どうぞ、あんまり綺麗にしてないんですが。」

 

最上級に綺麗にしておいても建前ってものが日本には存在する。

 

適当に買ってきた酒類をこたつ机に置いて、俺が買っておいた食材の調理を始める。

 

「すみません。
今手早く何かつまみつくりますから座って待っててもらっていいですか?」

 

「あ、うん。小島君料理できるんだ…」

 

「一人暮らしして長いですしwエンゲル係数が一番削れますからね。」

 

梅干しと長いもを冷蔵庫から取り出す。

 

長いもは細切りにして小皿に、梅干しも種を取って二つをそのまま合わせる。

 

適当料理としては自信がある酒のつまみだ。

 

名前なんぞないのだが。

 

「まぁどうぞ。おいしいかは保証しないんですけど。」

 

「あ、うん。ありがとう。」

 

「それじゃ・・・今週もお疲れさまでした。」

 

「「かんぱーい!」」

 

ささやかな声で乾杯をする。

 

外の喧騒がどこか遠い。

 

酒が入るとうるさいのは嫌になるあたり俺はきっと居酒屋は向いていないと思う。

 

「小島君てさ、彼女いないって言ってたじゃない?」

 

飲み始めて一時間半ほどだろうか。

 

俺が是非にと地元の銘酒を勧めていると酔いが回ったのか戸田さんはこんな事をいいだした。

 

「まぁ今はそうですね・・・」

 

若干言いよどんだ。

 

酔ったとはいえこれは軽々に話したいことではない。

 

「にひひー私もいないって話したじゃない?二人ともフリーで小島君の家にいて、

 

しかもお互い酔ってる。何も起こらない方がおかしいわよねー?」

 

中々嫌な突き方をしてくる。

 

「酔ってるんだから間違いがあってもおかしくないよね?」と俺に免罪符を出すあたりが特にキツイ。

 

「正直に言って戸田さんは魅力的です。お綺麗ですし仕事も出来て性格も悪くないと思っています。尊敬できる先輩です。」

 

「何々?おだてても出せるものなんて限られてるわよ?w」

 

「胸を寄せながら言わないでください・・・ですから、冗談でもそういうことを言うべきじゃないと思います。

 

俺なんかじゃなくもっといいあいてならいくらでも…」

 

「なに、それ・・・」

 

言い方を気にするほどの余裕は酔った頭には残っていなかったらしい。

 

戸田さんの眼が据わる。

 

「あ、の・・・」

 

身を乗り出して俺に迫る。

 

戸田さんの顔が目の前に。

 

心拍数が上がる。

 

「誰のせいでこんなこと言ってると思ってるの?分かってる?

 

こんな歳になってからこんなこというのなんて恥ずかしいけど、

 

しょうがないじゃない好きになっちゃったんだもん!」

 

言葉と同時に戸田さんの唇が近づいてくる。

 

スローモーションのような感覚。

 

避けようと思えば避けられたはずなのに、体が動かなかった。

 

何年かぶりにするキスは、白石のとはまた違った感触がした。

 

白石の薄い唇とはまた違って、少し厚い。

 

ほんの数秒で離れる。

 

戸田さんはそのまま俺を見てはにかむ。

 

「へへ、しちゃった、ね・・・」

 

可愛い。

 

「・・・俺でいいんですか?さっきも言いましたけど、もっと相応しい人が・・・ッ!」

 

指で唇を抑えられる。

 

無粋。

 

ただそれだけを目で訴え、そのまま何とも言えない目つきで俺を見つめてくる。

 

俺をとがめるような、それでいてどこか興奮したような不思議な眼。

 

そっとその手を取って下ろす。

 

「あの、戸田さん、これ以上、はちょっと・・・」

 

「小島君はしたくないの?い・い・こ・とw」

 

耳元で囁かれる。

 

鳥肌が立つ。

 

同時に心がざわめく。

 

「・・・これ以上は流石に、我慢できないですよ?」

 

「きゃーこわーいw」

 

「そういいながら脱がせないでください!」

 

・・・ああ、もう好きにしてくれ。

 

思考を停止させながらなけなしに残った理性で俺から襲うといったことをしなかったのが小さな矜持だろうか。

 

順番がぐちゃぐちゃだったけど、結局戸田さんとは付き合うことになった。

 

「小島君はあんまり積極的じゃないけど付き合ってたら変わるかもしれないじゃない。」

 

戸田さんはあっけらかんとそう言って笑った。

 

今日もその戸田さんからの提案で「デートしよ!デート!」と言われてきたのは

 

「水族館ですか…」

 

「何か来たくなったんだよねー。小島君は無いかな?」

 

水族館に来るたびに思い出すとかまででも無いが何となく近づかなくはなっていた。

 

別に日常生活で来ることもないから大して考えていなかったが。

 

「…そうですね…あんまり水族館とかは、

 

特に自分は地方から出てきた人間ですから休日一緒に過ごす人間がいないんですよねw」

 

「そっか…じゃあ、」

 

これからは一緒に居よう?

 

そう言って一歩前を行く戸田さんがクルリと振り向き俺に微笑む。

 

笑顔で応えた。

 

心の底から笑顔で応えようとはした。

 

いつか見た日と同じように、けれど隣に立つ人が違うそんなデートだった

 

一々何かを見て驚いたようにはしゃぐ表情が、ほんの一歩だけ俺の前を歩く姿が、

 

ちょっとした仕草が、心を揺さぶる。

 

「戸田さん…」

 

「んー?どしたの?」

 

「…いえ、楽しいですか?」

 

「うん!とっても!」

 

何を言おうとしているのだ俺は。

 

喉元まで上がってきた言葉を嚥下する。

 

「そうですか、よかったですw」

 

笑えているのだろうか。

 

果たして俺は、心の底から。

 

そんな感じで戸田さんといると心に引っかかりを覚えたりして仕事の業績が目に見えて落ちていった。

 

今まできっちり定時上がりかましていたのにそのときからはサービス残業をするようになった。

 

その日も数時間のサービス残業を終えた俺はもうすっかり慣れた電車内での吊革につかまりながらの、

 

ちょっとした居眠りをしていた。

 

が、それがいけなかった。

 

立ち寝にしては長々と寝ていたらしい。

 

気付けば乗り換えの駅から二駅も通過していた。

 

金曜日なので明日に影響するということもないが、

 

乗り過ごしたことに対する苛立ちを覚えてとりあえず電車から降り煙草を吸いに行こうとした。

 

手前勝手な話だが俺は煙草の煙をかけられるのがどうも苦手だ。

 

だが自分が吸うのはあまり我慢したくないという何とも我儘な考えを持っている。

 

その駅の分煙ルームは生憎とすし詰め状態であり、

 

そんな中では吸いたくないと駅からも出て少し歩き人通りの少ない方に歩こうとした。

 

「ん?」

 

歩いていく方向に小さく人だかりができている。

 

東京に来てからは面倒なことがいろいろあるからと人が集まるところには近づかないようにというのを決めていたが、

 

耳を澄ますと風に乗って音が聞こえてくる。

 

ギターの音色だ。

 

どうやらストリートパフォーマンスのようだ。

 

そういや白石と会った時もたまたまギターの音に誘われたんだったか。

 

今となって何もかも懐かしいと思いながら何の気なしに足はその人だかりに向いていく。

 

酔狂だなぁ。

 

自嘲的に自分をなじる。

 

彼女をつくるなんて見切りをつけたはずなのに、

 

自分の選択に後悔したりなんかしているからこんなに尾を引いているのだ。

 

俺も俺で社会人なのだから新しい出会いに目を向ければいいじゃないか。

 

人だかりの最後尾にたどり着く。

 

聞き馴染みのあるギターの音。

 

どこかで聞いた曲だ。

 

曲名を思い出す。

 

PRINCESS PRINCESSの『M』だ。

 

…いや、そんな、まさか。

 

聞こえてくる歌声はどこか、耳に懐かしい。

 

トゲのない声で、バラードの曲がよく合う。

 

俯き加減で演奏する姿。

 

俺の位置から顔は確認できない。

 

しかし彼女の手の中で奏でられている、街頭の光が良く映える赤いギター。

 

見間違える訳なんて無かったのだ。

 

ここ何年かで一番見てきた異性だった。

 

動悸がする。

 

息苦しさを覚える。

 

現実を受け止めきれない俺の頭と目の前にしかし厳然としてある事実を噛みしめて反芻し、

 

また混乱する。

 

「…どうもありがとうございました!」

 

気付けば曲が終わった。

 

どうやら最後の曲らしく数人のギャラリーはささやかな拍手を送ると誰ともなしに散っていった。

 

俺を残したまま。

 

呆然とする。

 

棒立ちのままギターを片付ける彼女を見ていると気づいたように顔を上げ、

 

眼鏡越しの彼女と視線が絡む。

 

「…うそ…」

 

彼女の―白石の手が止まった。

 

途端、動いたのは俺の方だった。

 

弾かれるように足が動き踵を返して駅の方に向かい始める。

 

「ま、まって!」

 

声が聞こえる。

 

待てない。

 

待てるわけがない。

 

何故?

 

分からない。

 

ただ、会っちゃいけないと俺の中の何かが本能的に告げている。

 

改札まであと数メートルと言ったところで袖口を掴まれた。

 

まるで縫い付けられてようにそこから動けなくなった。

 

「ま、待って、って言ってるじゃん…」

 

振り向けない。

 

振り向いて、彼女の顔を見て、どんな表情で、何て言えば良い。

 

何事もないような顔でもして見せればいいのか?

 

振り返る瞬間のそんな考えからだろうか、

 

振り向きつつ俺は至って普通な顔をして見せた。

 

「おー白石!久しぶりだな!元気だった、か…」

 

何だ。

 

出来るではないか。

 

まるで何もなかったかのように。

 

そう思って、振り向いて。

 

口元まで出かかっていた言葉を無くす。

 

今にも泣きそうな白石の顔を見て、それ以上声が出なかった。

 

「お、おい?どうしたんだよ!?」

 

「ひっく、お、おにいさ、ご、ごめ、ごめん…」

 

「え、あ、ちょ!」

 

挙動不審に辺りを見回す。

 

何か通りがかっていく人の視線がすごく痛い。

 

というか写メを取られたり「修羅場!?」とかいう嬉々とした女性同士の声が聞こえたりするのが一番つらい!

 

「と、とりあえずこっち…!」

 

白石の手を引いて再び駅から出ていく。

 

駅員からしたらいい迷惑だろうが俺は俺で人にかまっている余裕はない。

 

白石は抵抗らしい抵抗を見せないで俺に手を引かれたまま先程の白石の演奏場所までついて二人で座る。

 

未だに鼻を啜る白石。

 

間が持たなくなりそうで俺は考えなしに白石をその場に残して自動販売機まで走った。

 

「…ほれ…」

 

「…ありがと…」

 

買ってきたのがブラックと微糖の缶コーヒーの二択だったあたり、どうやら俺も混乱しているらしい。

 

本来甘党の白石がブラックコーヒーを受け取って、口をつけてから

 

「苦ぁ…」と呟いたあたり白石も動揺はしていると見た。

 

そこから数分は何を言えば良いか互いが考える時間になった。

 

「元気だったか。」「久しぶり。」「調子は?」

 

聞きたいことも聞き方も、二人ともおそらく幾らでもあったと思う。

 

空いてしまった二年という時間は少し長すぎたらしい。

 

「白石、眼鏡なんかかけるんだな。」

 

こんなどうでもいいことを一番最初に口に出した。

 

「…去年あたりから…」

 

「そっか…」

 

再び沈黙。

 

話題を考えはするものの、似つかわしくなさ過ぎて口を噤む。

 

駅からここまでろくに顔も見ていない。

 

「こっち、来てたんだね。」

 

「あ、ああ。」

 

三度、間が空く。

 

だが三度目の間はすぐに消えた。

 

「あ、あのさ!」

 

意を決して出した俺の声が予想外にデカく、白石が驚いて跳ねるのが判る。

 

顔を背けたまま俺は続ける。

 

「この際だから聞いておくけどさ、結局…俺が何か悪かった…?」

 

今更なのは分かっている。

 

それでも聞いておきたかった。

 

きっと白石から踏ん切りをつけられないのもそこに要因があるのではないかと思う。

 

「……」

 

「……」

 

白石は何も語らない。

 

それでも俺は追及はしない。

 

強く聞いても仕方ないところだ。

 

幾らでも待つつもりだった。

 

そんなとき突然電話が鳴った。

 

「あ、っと、わり!ちょっと!」

 

白石から離れて画面を見る。

 

戸田さんだ。

 

「…お疲れ様です…」

 

『あ、お疲れ~!小島君今日大丈夫かな?

 

小島君の家の近くで飲んでたんだけどこのまま小島君の家よろうかと思って~』

 

何ともない言葉だった。

 

それなのに、その言葉に心の一部が疼いて、どこかに後ろめたさを感じてしまった。

 

「あー、すみません。今は家に居なくて…」

 

『あ、いいよ別に、12時過ぎとかに行っていい~?』

 

「…分かりました。じゃあその時間に…」

 

電話を切る。

 

「…誰から?」

 

ぽつりと、白石がこぼすように俺に問う。

 

「…会社の同僚…」

 

嘘は言っていないのに、良心が痛む。

 

果たして俺は誰のことを考えてこのことを言ったのだろう。

 

戸田さんなのか、白石なのか。

 

それとも…

 

ずる賢くなったものだ。

 

自虐的にそんなことを考えるのすらおこがましいと自戒する。

 

「すまん、今日は用事で来たからこれで…」

 

鞄を持って立ち上がり歩調も速く白石から遠ざかる。

 

「お、お兄さん!」

 

背後から呼ばれて驚きとともに振り返る。

 

「また、ここに来る…?」

 

初めての時と同じように、今度は聞く側が逆になって、

 

白石は俺を見てそういった。

 

「…分かんねぇけど、ここで演奏してたらまた会えるかも。」

 

そう言って俺の方が耐えきれなくなって歩き出した。

 

俺の帰宅直後に戸田さんも我が家に到着した。

 

「ただいま~!」

 

「いや、あなたの家ではないんですが…」

 

「いいじゃな~い!別荘みたいなものよ~!」

 

それなら俺にとって戸田さんの家は別荘になるのだろうか。

 

馬鹿なことを考えてるうちに戸田さんは居間のソファーに横になった。

 

「あーあー、皺になりますよ?ほら、脱いでくださいって。」

 

「やーん!脱がせたいの?w」

 

「酔っぱらいを襲う趣味はありません…水持ってきますね」

 

「んー」

 

「あー寝ないでくださいって…ダメか…」

 

少し目を離していると安らかな寝息が聞こえ始めた。

 

弱ったな…

 

ホントに皺になるしうちには戸田さんの部屋着みたいなものはないに等しい。

 

「…脱がせるのか…」

 

誰ともなしに呟く。

 

正当な理由を得ても微妙に後ろめたい。

 

出来るだけ見ないようにしながら下着だけ残して脱がせ、ベッド迄運ぶ。

 

流石に二人で寝るには少々手狭で仕方ないと電気を消してソファーで眼を閉じる。

 

瞳の裏側に映ったのは先程目の端で捉えた戸田さんの下着姿ではなく、

 

数年ぶりに会った白石の泣き顔だった。

 

そう言えば初めてだった。

 

白石が泣いているところを見たのは。

 

あれだけ一緒に居たのに一度も見たことがなかった。

 

見せないようにしていたのかな。

 

無理してたのかな。

 

違う。

 

おそらく無理をさせていたのだ。

 

色々と考えて思考がグルグルと渦を巻き始め意識がそのままその渦に巻き込まれていった。

 

生活音がする。

 

嗅ぎ慣れたコーヒーの香り。

 

どこか懐かしさを覚えて目を覚ます。

 

キッチンに誰かいる。

 

俺に背を向けたままいる彼女が目に入る。

 

「・・・白石?」

 

確認するように声に出してみる。

 

「あ、小島君。起きた?」

 

「戸田さん。」

 

そうだ。

 

頭が追いついてきた。

 

社会人生活のうちにいつの間にか嗅ぎ慣れてしまったインスタントコーヒーの匂い。

 

大学生活の頃とは違う部屋。

 

目覚めて来れば当たり前の事なのに、そこに白石がいないことに喪失感を覚える。

 

何をそんな事を・・・

 

俺には戸田さんが・・・

 

「ごめんね。勝手にお風呂借りちゃった。

 

いまコーヒー淹れたところだったんだけど小島君もいる?」

 

「はい、いただきます。」

 

振り払うように声を出す。

 

一人で考えるとそのまま渦に飲まれそうだ。

 

「そういえば小島君。」

 

「はい?って何ですかその恰好!?」

 

コーヒーを持ってきた戸田さんの服装に完全に眠気が吹き飛ぶ。

 

「小島君が脱がせるから服がないんだよ~。

 

どこに置いたのか分かんなくて仕方ないから小島君のワイシャツ借りたんだけど、似合う?w」

 

そう、戸田さんの格好は俗にいう彼シャツの状態。

 

ちょうどショーツの辺りが見えなくなっている。

 

中々芸術的な脚線美だ。

 

エロいとかっていうよりはこう…

 

そそる…

 

「小島君、目つきエッチぃw」

 

「あ…すみません…」

 

逃げるように目線を逸らしてコーヒーを啜る。

 

朝っぱらから眼福ではあるが寝起きには些か刺激が強すぎる。

 

「今日どうしよっか?特に予定ないんだよね~」

 

「俺もですよ。まぁゆっくり過ごしま…っと!」

 

突然戸田さんがくっ付いてくる。

 

「今日一日こうしてるのもいいかもねぇ~w」

 

「悪くは、ないですかね」

 

そう答えてコーヒーを覗き込む。

 

頭の中と感情が全く一致しない。

 

黒々としたコーヒーはまるで泥のように濁っていた。

 

飲み慣れていたはずなのにいつもよりずっと苦く感じた。

 

8月の中旬に入った。

 

生まれも育ちも北国の俺にはきつ過ぎる二度目の夏の真っ盛りに

 

「暇だから」という大層な理由でアポもなしに伊達が遊びに来やがった。

 

「お前は本当に~…連絡位寄越してから来いっての!こっちは今日も仕事あんだぞ!?」

 

「この前聞いた時は明日から休みだって聞いたからさ。

 

六年も大学だと刺激の一つや二つ必要なんだよw」

 

「うるせーよ!電柱裏に潜んでる女に刺されろ!」

 

「俺が死んだらお前困るだろ?w」

 

「あーうっせ!飲みに行くぞ!」

 

「へいへいw」

 

戸田さんとも行った店について飲んでから酔いが回り出したころに伊達が口を開いた。

 

「で?最近はどうなのよ?その戸田さんって人とは?」

 

「別に・・・」

 

「小島さぁ…別にって言って何もない何てあるわけないだろ・・・」

 

何も言わずに杯をあおる。

 

「この前彼シャツされた。」

 

「お前の事一回くらい殴っても罰当たんないよな俺?w」

 

「お前殴ると痛いからやだw」

 

そう言うと伊達はお前もだろと言って笑った。

 

黙ってただあおる。

 

数分だったのか数十秒だったのか、伊達が口を開いた。

 

「お前の中で戸田さんは何がダメなんだ?一緒にいて楽しくないのか?」

 

「・・・楽しいよ。」

 

吐き捨てるように言ってしまったのは
中途半端に戸田さんを相手にしている
自分に対する自己嫌悪とか
白石に会ってからみっともなく
揺れている自分の芯の無さに耐え兼ねてだった。

 

楽しくないとは言わない。

 

しかし心の底からそうであるともいえない。

 

「まだあきらめきれてないんじゃないように見えるよ?」

 

呟くような伊達の声。

 

心臓にかかっていた重石の重さが一気に増える。

 

「白石に会った…」

 

「…どこで?」

 

微かに驚いたらしいが話を切ることもなく俺を促す。

 

何だかんだと俺も言いたかったらしい。

 

伊達が聞き手に回ると俺はここ最近の事をほぼ全て語った。

 

「なぁ小島さ、お前はどうしたいの?」

 

「…俺?」

 

首肯してから伊達は続ける。

 

「お前が何と思っていようが今の状態ってさ、言い方は悪いかもだけどわざわざ白石ちゃんに気持たすようなこと言って戸田さんもキープしてる状態じゃん?お前が明確にどうしたいっていうのが見えない。目的地がないからお前はフラフラしてるんじゃないのか?」

 

ま、それが悪いかどうかはお前が判断しろ。

 

全てを聞いてその上でも笑うような口調で伊達は続ける。

 

言葉には良くも悪くも棘がない。

 

否定も肯定も出来ない。

 

したくなかった。

 

どうしたって自分がどうにかしなきゃいけない問題から目を背けようとしている自分に気づいて、その上で自分が更に嫌いになる。

 

事実を突きつけられてぐうの音も出ない。

 

口を開くと何か理由をつけて反論してしまいそうだった。

 

言葉を吐き出さないために煙草を咥えて、火をつける。

 

紫煙はそうであるのが当たり前と言ったようにいくらか漂った後フッと消えていった。

 

それが心底羨ましかった。

 

伊達に言われて俺は俺なりに考えてみて、

 

やはり白石に会わない事には進まないんじゃないかと結論が出た。

 

といっても白石の今の連絡先は知らないので前回あった駅のあの場所に行くしかない。

 

人間ある程度の目標があると活力が出るものでサービス残業もいつもの数倍のスピードで済ませて電車に飛び乗った。

 

ある程度予想はしていたことだったが白石の姿はなかった。

 

まぁ約束しているわけでも無し、当然と言えば至極当然だ。

 

それでも一瞬見ていないからと言って「さぁ帰ろう!」とはならず、

 

とりあえず一服位しようかと座って、ニュースサイトを横目で流しながら二本目の煙草を吸い始めた時だった。

 

「…お兄さん?」

 

聞きなれていた声がした。

 

何となく前回あった時の様に逃げ出しそうになったが、

 

俺から会いにきといてそりゃないだろうといつもより深く煙草の煙を吸ってより一層腰を据える。

 

「その、ね。大した理由があった訳じゃないの。・・・音楽で生きていくって決めたけど大学通ってるわけだし、覚悟とかそういうのが必要だと思って。お兄さんがいると、どうしても頼っちゃいそうで、だから。」

 

だから連絡もしないようにして、

 

それだけじゃ自分の中では足りなかったのだろうから別れようなんて言ったんだろう。

 

こいつは昔からそうだ。

 

素直かと思えば恥ずかしがり屋で、イタズラ好きだけど耐性がなくて、

 

でも最初っから、変わらず強いままだ。

 

強くあろうとしているし人の力を借りようとしない。

 

無性にそのことに腹が立った。

 

確かに頼りなかったと思う。

 

それでも俺はお前の彼氏なのだから頼ってくれても良かったじゃないか。

 

出来ることに限度くらいあるだろうけどお前が必要としたときに横にくらいいてやれるのに。

 

少しくらい支えてやれたかもしれないのに。

 

「ごめんね。今更。自分勝手だよね…」

 

どんな時より悲しそうに白石は笑う。

 

「何だよ、それ…」

 

俺は俺でお前が幸せならって思ってたのに…ホントに勝手じゃねーか!

 

俺だっていまだに好きだからこんなに引きずって、悩んでるんだろうが!

 

それを今更…

 

「勝手ばっかりだね私…お兄さんにあった時にさ、

 

もう一回って思ったりしたんだけど…迷惑だよねw」

 

ホントに勝手だよ。

 

勝手に進めんなよ。

 

勝手に迷惑なんて言うなよ。

 

俺は俺で色々あるんだよ。

 

ちょっと待てよ!

 

「すまん…ちょっと、時間くれ。」

 

「分かってる。電話の人でしょ。」

 

疑問符すらつかないその言葉がスッと白石の口から出てきた。

 

「先に謝っておくね…私の我儘で、たぶんどんな結論になってもお兄さん傷つくと思う。」

 

それでも、

 

そう言って白石は続ける。

 

「私、お兄さんの事諦めきれないみたい…」

 

美しさを内包した儚い笑みで白石は俺に悲しげに微笑んだ。

 

白石と会ってから数日経った。

 

考えすぎてぐちゃぐちゃになった脳みそを辛うじて稼働させ仕事をこなしていたんじゃ当然残業位するだろう。

 

一度休憩を兼ねて一服しに席を立つと休憩所にたまたま戸田さんの顔があった。

 

「ねぇ小島君疲れてる?」

 

ドキッとした。

 

彼女というのは相手の事をよく見るのだろうか。

 

本当のことなど言えず少し口ごもりながら応える。

 

「どうでしょう?少し残業続きですし…ってどうしたんですか?深刻な顔して?」

 

「顔色悪いよ?早めに帰ったら?」

 

「いや、まだ大丈夫ですってw」

 

「だめ、上司命令。」

 

「…分かりました。」

 

何となく不服な感じもしながら缶コーヒーを飲み干して席に戻ろうとする。

 

「後で看病しに行くけど必要なものある?」

 

「いいですってwホントに大丈夫ですからw」

 

「ダメ!」

 

「また上司命令ですか?」

 

「今回は恋人として許可しませんw」

 

全く他意が見えない笑顔で戸田さんは俺にそう言う。

 

そしてこんな顔をされて拒否が出来ない俺も俺だと思う。

 

白石の事もあるというのに、

 

ガラスに映る自分の顔がいつもよりずっと嫌いになった。

 

「小島君は寝てて!私適当に何か作るから!食欲ある?おかゆでいい?」

 

俺が帰宅してからそう時間が経たずに戸田さんは家に来て忙しなく動き始めた。

 

俺はと言えば何か知らんが
ベッドから動くなと言われて
背こうものなら厳しい目線で
「動かない!」と訴えられる。

 

そんなもので睨まれてはむやみに動くことも出来ず、仕方なしに天井とにらめっこを始めた。

 

ここ最近は時間があればどうするべきかを考える。

 

白石のこと、戸田さんの事。

 

あんまり長く待たせるのも白石に悪い。

 

かといって戸田さんに好意がないわけじゃない。

 

見極めなければ、より大事な人を。

 

「小島君?聞いてる?」

 

「うぇ!?」

 

見つめる相手が急に戸田さんにシフトする。

 

間近で俺の顔を覗き込んだ形だ。

 

「悩みでもあるの?顔色もだけど最近ぼーっとしてる事多いよね?」

 

よく見ている。

 

本当によく見ている。

 

「別に、何もありませんてwどうしました?食器の位置とか分かんなかったですか?」

 

「んーん。おかゆ出来たから声かけたんだけど…ホントに聞いてなかった?大丈夫?」

 

「あ、ああ。すみません。ありがとうございます…」

 

わざわざ持ってきてくれたようだ。

 

「おいしいかは分からないけれど…」

 

そうはいったものの器をこちらに渡す気配のない戸田さん。

 

「あの?」

 

「いいから!一回やってみたかったんだよねーwはい、あーんw」

 

食わない訳にはいくまい。

 

せっかく作ってくれたのだ。

 

羞恥を覚えながら戸田さんの料理を平らげる。

 

「そういえば計ってなかったけど熱はある?」

 

「あんまりそんな気はしませんけど…体温計どこにいったかな…」

 

「あ、いいよ。ちょっとごめんね…」

 

不意に戸田さんの手が額に近づく。

 

今でも思う。

 

何故俺はこの手を払ったのだろうか。

 

考えるより先に体が動いていた。

 

「ッ!」

 

「あ、す、すみません!」

 

たぶん戸田さんよりも俺の方が慌てていたと思う。

 

自分でも原因不明のままいきなり手を払いのけたのだから。

 

「あ、ご、ごめんね!嫌だったよね!ベタベタして!」

 

「あ、違!」

 

「私、隣の部屋にいるから、何かあったら言ってね。」

 

「あ…」

 

弁明する間もなく戸田さんは寝室の扉を閉じて居間に行ってしまった。

 

「…何やってんだ俺…」

 

声に出さずにいられなかった。

 

情けなさとか不甲斐なさとか、そんな感情がないまぜになる。

 

俺のために尽くしてくれてるっていうのに。

 

自分勝手だ。

 

明確な原因も分からないまま自分にいら立って一時間くらいは眠ることが出来なかった。

 

それでも疲れていたのは本当らしくいつの間にか眠りに落ちていた。

 

朝日が差し始めて眩しさで目覚める。

 

「朝か…」

 

誰ともなしに呟いて体を起こす。

 

出社の準備しなくちゃ…

 

のそのそと起き上がりながら時計を見る。

 

朝十一時過ぎ。

 

完全に寝坊だ。

 

「ウッソだろオイ!!!」

 

居間の方に行くと戸田さんの姿が無かった。

 

どうやら時計がずれたとかではないらしい。

 

働かない頭で急いで連絡を入れようとしてスマホを見てみるとメールの着信が一件だけ。

 

送り主は戸田さん。

 

『小島君体調悪そうだから今日は休みって伝えておくのでゆっくり休んでください。』

 

とりあえず無断欠勤には変わりないので上司に直電する。

 

出ないものかと思ったが意外にも一回目の数コール目ですんなり出た。

 

ちょっと早めの昼休みでも取っていたのだろうか。

 

「あ、お疲れ様です!上司さん!小島です!」

 

『おお!小島!大丈夫か!?』

 

緊張しながら上司に掛けると上司の方が驚いたような声を上げた。

 

「申し訳ありません!無断欠勤なんて…」

 

『いや、それより身体は大丈夫か?
戸田君からは残業中に青い顔してたから流石に帰したと聞いていたが…』

 

字面だと思いのほか体調が酷いように見える。

 

確かに事実なのだが。

 

「あ、はい!お陰様で!すみません!今からでも出社しま…」

 

『あー!やめろやめろ!今日は良いからゆっくり休め!明日も休みだろ?体壊されたら元も子もない!』

 

「しかし資料がまだ…」

 

『最低限あるからいい!お前には私だけじゃなくて部長とかも期待してるんだから無理するな。分かったな?』

 

「は、はい…」

 

相変わらず過大な評価である。

 

もう一度念入りに『来るな』と『早く治せ』を言われて電話が切られる。

 

平日に唐突に休みをもらうなんて思っていなくて少し驚いたがもう一つしなければならないことを思いつく。

 

戸田さんに連絡せねば。

 

しかし戸田さんは昼休みにも就業後にも掴まらず、仕方なしにメールだけで済ませた。

 

それから十日ばかり経った。

 

戸田さんからは避けられている節がある。

 

理由というと思い当たるものが一つしかない。

 

やはり反射的に手を払ってしまったことだろう。

 

主に、というか全面的に俺が悪いのだから俺から話すべきなのだろうが取り付く島もない。

 

そうもなると毛ほどしか存在しなくても確かにあった自信とかってものが揺らぐ。

 

俺という人間は本当に弱い人間だと思う。

 

おそらく依存体質なのだろう。

 

高校時代から今まで伊達に依存し、大学では白石に、今は戸田さん。

 

きっと無条件で肯定してくれる人間が欲しくて、寂しいのが怖いのだ。

 

そしてこんな分析まがいのことをするのもきっと、

 

戸田さんが少し距離を置いた状況で白石に依存する言い訳なのだろう。

 

本当に醜くて、賢しい男だ。

 

こうやって自己嫌悪するくせに、それでも白石に会いにいつもの場所に足が向いているのが特に最悪だ。

 

「来るなら連絡してよ…」

 

「…すまん…」

 

そうは言いながら白石の新しい連絡先は聞いていない。

 

「全く…毎回2、30分待ってから帰るんだから。」

 

些かふくれっ面の白石はそう言っていじっていたギターをしまって俺を見た。

 

「ちょっと歩こ?ね?」

 

俺は本当に弱いと思う。

 

自分から言うべきなのに、欲しい言葉を言ってくれる白石に甘えている。

 

ゆっくり歩いて20分もすると川を越えて大きな公園がある。

 

二人で微妙な距離を維持してそこに歩いていく。

 

会話とも呼べるものなんてほとんどない。

 

それでもこの日の白石が些か上機嫌だったのは分かっていた。

 

心なしか足取りが軽そうに見えるのもそのせいだろう。

 

まぁ彼女と会わず自分に会いに来ていると解釈したのであれば納得できなくもない。

 

公園は随分と大きいところだったが街灯は少ない。

 

何となく昔を思い出すのは何故だろうか。

 

「そういや音楽の方はどうなんだ?」

 

思いついたのをそのまま口にしたので何とも漠然とし過ぎた聞き方だったが

 

「バンドの方でプロのレーベルからちょっと声かけられてるかな。」

 

自信満々といった具合に返事が返ってきた。

 

「へぇ!良かったじゃん!」

 

俺も自分の事の嬉しかった。

 

高校の頃から言っていたことが少しずつ実現に向かっている。

 

嬉しくて、同時に羨ましかった。

 

俺も昔は作家になりたいなんてささやかな夢があった。

 

歳を取ったのだろう。

 

純粋に、ただひたすらに目標に向かって行けている白石が羨ましかった。

 

「いやいやまだまだだよ。でもそんな感じだから音楽で忙しくてね

 

・・・お兄さんから彼氏できなかったんだよねーw」

 

「・・・誰か紹介してやろうか?」

 

この言葉を笑いながら言うのに幾らか間を使った。

 

できないくせにと白石は即座に言って笑う。

 

お察しの通りである。

 

そんなことが出来るなら度々白石の所に足を運んだりなんかしないだろう。

 

「でもいい人だと思うな。お兄さんの彼女。

 

お兄さんのいいところに気づけるんだもんw」

 

はにかみ笑いで俺の方を見て白石が言う。

 

今考えればお世辞だったのかもと思うけど、その時の俺は大分浮かれたんだ。

 

だって社会人になってからたぶんその言葉が一番うれしかったから。

 

いい気分のまま我が家に帰ると家の横で人が倒れていた。

 

というか戸田さんが寝てた。

 

若干呆れも入っていたがとりあえず声は掛ける。

 

「戸田さん、戸田さん!こんなとこで寝てたら風邪ひきますって…」

 

「んー…こじまくーん?あと十分…」

 

「いやダメですって。ホントに風邪ひきますから…」

 

そういって体を揺するが起きる気配がない。

 

数秒考えて、鍵を開けて扉をひらっきぱなしにして「寝てる戸田さんが悪い」と確認も取らずに抱きかかえてそのまま家の中へ。

 

靴を脱がせてからベットに連れていって戸田さんを剝く。

 

この行程に若干の慣れを覚えている自分がいることに何とも言えない感情を覚えるがとりあえず下着だけ残して後は全て脱がせる。

 

「やっぱり大変なのかな…」

 

付き合いだしてから気づいたことだが戸田さんは金曜は会社近くで飲むことが多い。

 

結構気苦労が多いのかもしれない。

 

「んんー?」

 

不意に戸田さんが寝息をあげてむくっと体を起こした。

 

「あ、大丈夫ですか?」

 

「あれー?えへへーwこじまくーん…んん?小島君?」

 

あ、酔ってる。

 

会社ではもうちょいしっかりしているんだが・・・

 

「俺の家の前で寝てましたからとりあえず家に入れて寝かせて脱がしましたけどかまいませんでしたか?」

 

「えっち~w」

 

上機嫌だな。

 

戸田さんは意外にも酒好きだ。

 

同時に俺の周りの奴らと同じく好きな割には強くない。

 

「けどどうしたの?今日定時近くで上がって言ったよね~?w」

 

「あー…」

 

どう説明しろと?

 

「元カノと散歩して元気づけてもらいました。」ってか?

 

言えるわけがない。

 

「…女の子?」

 

悟り切ったような目で見ていた戸田さんのその言葉を理解するのに数秒かかり、声すら出せなかった。

 

「やっぱりか~…」

 

「いや、いないですって!」

 

否定するしかなかった。

 

疚しさとかそういうのを戸田さんよりも俺自身に言い訳するためにだった。

 

「別に嘘つかなくてもいいよ~怒ってないし。
小島君がばれないように女の子二人を同時に相手にできる位器用だと思ってないしね~w」

 

それを信用といっていいのか分からなくて何とも言えない表情をした。

 

それでも確信に似た何かを感じたようで戸田さんは俺の声を柔らかく流す。

 

「怒ってないからさ…私、まだ、かのじょ…でいて、いいよね?」

 

その言葉は、俺が聞いた中で一番怯えた様な表情で同時に一番弱々しい声だった。

 

「うわき…」

 

「へ?」

 

「うわき、してもべつ…にいいよ…?でも、私が、いちばん、がいい…」

 

それ以上戸田さんは何も言わなかった。

 

戸田さんの体が横に倒れていく。

 

「…戸田さん?」

 

雰囲気的にいたたまれなくなって寝たふりとかかと思ったがどうやらこのタイミングで本気で寝落ちしたらしい。

 

「…何だかなぁ」

 

そっと戸田さんにタオルケットだけかけてベランダに出て静かに煙草を吸い始める。

 

どうするにしろ早めにした方が傷が浅いのは分かってる。

 

分かっていて怖いのだ。

 

人を傷つけるのがただ怖いのだ。

 

酔っていたのだろう。

 

次の日に起きてみると戸田さんは何事も無かったかのように振る舞っていた。

 

俺もそれに救われて何事もないかのように振る舞った。

 

戸田さんは最初から変わらず俺をぐいぐい引っ張っていく人だった。

 

だからその日の散歩も戸田さんの思い付きみたいなものだった。

 

夜になっても眠らない街とはいえ夜道の散歩は昼とはまた違った風情を見せたりする。

 

ゆっくりと戸田さんと雑談しながら歩く。

 

戸田さんが「あっちに行ってみよう。」というと次は俺が「こっち色々面白そうな気配がする!」

 

なんて言ってフラフラあてどなく彷徨った。

 

途中から「この方向ではまずい」とは思っていた。

 

思っていたが口には出さなかった。

 

会わないだろうなんて高をくくっていた。

 

「あっちに行きませんか?」

 

なんて一言言えば良かったのも分かっていた。

 

それでも口に出さなかった。

 

「へぇ、ここからこう駅に出るんだ!」

 

そこは白石がいつも演奏している駅だった。

 

新たな発見に純粋に驚く戸田さん。

 

対して俺はその場に来てようやく微かな期待感とそれを優に超える焦りとかに近い感情を持っていた。

 

そしてその焦りは現実になる。

 

「…お兄さん?」

 

振り向かなければいいんじゃないかとか考えたけど、それは出来なかった。

 

余りにも悲しそうなその声の響きを無視できなかった。

 

「しら、いし…」

 

振り返ってどうしたらいいのか分からなかった。

 

「綺麗な人じゃん…お幸せに。」

 

いつもの白石からは考えられないような、冷たく、それでいて吐き捨てるような口調だった。

 

たった一言。

 

その言葉が突き刺さる。

 

「あ、ちょ!おい!」

 

声をかけても白石は振り向くことなく行ってしまった。

 

「…今の人は?」

 

続きを紡ぐのは憚られたのだろう。

 

どこか分かった風に戸田さんは俺を見ていった。

 

「いや、そんなんじゃ…」

 

何も言っていないのに弁明口調だった。

 

どうしようもないほどに慌てていた。

 

「小島君さ、嘘つくとき目合わせてくれないよねw」

 

僅かに笑ったような声を聞いて、しまったと思い戸田さんの目を見る。

 

優しくて、どこかに諦めというのを孕んだ目だった。

 

「…お兄さん?」

 

振り向かなければいいんじゃないかとか考えたけど、それは出来なかった。

 

余りにも悲しそうなその声の響きを無視できなかった。

 

「しら、いし…」

 

振り返ってどうしたらいいのか分からなかった。

 

「綺麗な人じゃん…お幸せに。」

 

いつもの白石からは考えられないような、冷たく、それでいて吐き捨てるような口調だった。

 

たった一言。

 

その言葉が突き刺さる。

 

「あ、ちょ!おい!」

 

声をかけても白石は振り向くことなく行ってしまった。

 

「…今の人は?」

 

続きを紡ぐのは憚られたのだろう。

 

どこか分かった風に戸田さんは俺を見ていった。

 

「いや、そんなんじゃ…」

 

何も言っていないのに弁明口調だった。

 

どうしようもないほどに慌てていた。

 

「小島君さ、嘘つくとき目合わせてくれないよねw」

 

僅かに笑ったような声を聞いて、しまったと思い戸田さんの目を見る。

 

優しくて、どこかに諦めというのを孕んだ目だった。

 

「ごめんね、今日ちょっと用事で来たから…」

 

その場で振り返ると足早に去っていく戸田さん。

 

「あ…」

 

頭ではわかっていた。

 

戸田さんを止めなければ、何とかして引き留めなければ。

 

声を出そうとして、喉で声が消える。

 

声が出ないなら追いかけて手を引いたりとか、そのあと落ち着いてから弁明する幾らでも方法はあったはずなのに、

 

そこから動けなかった。

 

動けないまま手を伸ばして、届かないと分かって手を下ろす。

 

一人取り残されたままどうしようもない感情に苛まれる。

 

最悪だ。

 

いや違う、俺が最低なのだ。

 

そのまま帰る気にもなれず、かといって立ち竦んでいるのも出来なくて歩き出した。

 

歩いてれば少しくらいは思考が形になってくれるかと思ったが全くそんなことはなかった。

 

20分位歩いたんだと思う。

 

時計は見てないけど何となく歩いた時間が分かったのは白石と来た公園に気づいたらいたからだ。

 

ぼんやりと川面を眺めて煙草をふかす。

 

俺が全て悪いのは分かっている。

 

そのことに自己嫌悪しながら同時にどこかで良かったとおもっていた。

 

それがまた自己嫌悪を加速させる。

 

長引かない方が良いと理解しながら自分からそれを打破することをしなかった。

 

自分で言いだして傷つけたくなくて、外的要因に任せたのだ。

 

違う。

 

違うだろ。

 

人を傷つけたという事実が自分にかかるのが嫌だっただけだろ。

 

そのことに対する自己嫌悪と、これ以上板挟みにならなくていい安堵。

 

その安堵に対するさらなる自己嫌悪。

 

ぐちゃぐちゃの感情が思考を濁らせていく。

 

それでも一つだけ理解していた。

 

いい加減に決めるべきなのだ。

 

今でも好意がある白石か、尽くしてくれる戸田さんか。

 

こればかりは伊達にも相談できない。

 

俺が考えて俺が結論を出さねば。

 

数日後に戸田さんが家に来た。

 

戸田さんの方から俺に会いに来た形だ。

 

「あ、小島君!何か食べたいのある?食材買って来たんだ?」

 

戸田さんも緊張しているのだろう。

 

食材買って来たのに食べたいものあるなんて正直無理があるだろう。

 

「あの…」

 

戸田さんは俺の横をするりと抜けて台所に立つ。

 

「あ、今料理するからちょっと待っててね!」

 

「戸田さ、」

 

「小島君お肉とかダイジョブだよね?」

 

戸田さんのペースに巻き込まれそうになる。

 

長引かせない方が良いと分かってるだろ。

 

腹くくれ。

 

大きく息を吸って、それを声に変える。

 

「と!ださん・・・」

 

勢い込み過ぎて後ろの方は尻すぼみに小さくなっていった。

 

真後ろでいきなり大声を出して驚くものかと思いきや戸田さんは違った反応を見せた。

 

肩が震えていた。

 

だが戸田さんは一度深呼吸をしてから俺の方に向き直った。

 

「…この前の子の事?」

 

戸田さんが確認するように俺に問う。

 

そのまっすぐな瞳があまりにもまっすぐ過ぎて思わず目を逸らしそうになるが堪える。

 

俺から言いださなければいけない事なのだ。

 

「はい。」

 

短く、それでいて確かに戸田さんに言葉を返す。

 

戸田さんは分かっていたように頷いて。

 

そっか、といってから一拍置いて続けた。

 

「私はね・・・私以上に小島君の事理解できる人いないと思ってるし、小島君が大抵何しても許容できるし、

 

私、小島君の事、好きだし。」

 

戸田さん位綺麗な人からそう言ってもらえて、素直に嬉しかった

 

それでも、

 

悲しそうに、戸田さんはどんな時よりも悲しそうに笑って俺に言う。

 

俺の答えを知っているかのように、

 

悲しげに。

 

「…すみません…」

 

それ以上に何を言うこともできない。

 

言えなかった。

 

ただ俺は頭を下げた。

 

「うん…知ってた…」

 

下げた頭を上げると平然としたように戸田さんが笑っている。

 

そんなわきゃねーだろ…!

 

何だって都合よく眼を逸らそうとしてるんだよ!

 

爪が食い込んで白くなっている拳も、口の端を小さくかんでるのも、

 

今にも泣きそうになって目尻に涙をためているのも、全部分かってるくせに逃げるなよ!

 

俺が出した答えなんだろ!

 

お前には正面から受け止める義務があるんだよ!

 

「小島君が私の事を好きじゃないのはね、知ってた。
ううん、なんか違うな…えっと、私を見てるようで私の先に見える何か、
誰かを見てるのに気づいてたの、でも、別れるのはいやで、
ごめんね、私の我儘で余計に傷つかせることになって…」

 

「違う、違うんです…」

 

俺が悪いのだ、

 

心から思っていてくれた戸田さんに中途半端な気持ちで応えようなどと考えた俺が、

 

傷つけるのが怖いと思っていた。

 

違う。

 

そうじゃない。

 

俺は人を傷つける事をして、そのことで自分が傷つくのが怖かったのだ。

 

その都合のいい理由として傷つけるのが怖いと言って逃げたのだ。

 

「小島君さ、自分から私に何かして欲しいみたいに言ったこと無いの気づいてた?

 

私ね、それでも応えようとしてくれる小島君に甘えてたの。だから…私と、別れてください。」

 

何でそんなことまであなたが言うんですか。

 

違う。

 

俺が悪いのに。

 

俺が全て悪いと分かった上で、その上で俺が傷つかないようにという言葉なのが突き刺さる。

 

止めてくれ。

 

今の俺に優しい言葉なんかかけないでくれ

 

もっと俺を責めてくれ。

 

「他の女の子に手を出すなんて最低!」なんて言いながら一発殴られた方がよっぽどすっきりする。

 

本来なら俺から切り出すべきことで、俺が言い出さなきゃいけない事なのに、

 

涙腺が緩む。

 

視界がにじむ。

 

耐えろ!

 

こんなことまで彼女に言わせておいて、どんな顔で俺が泣くのだ!

 

泣く権利すら俺には無いだろ!

 

「…お、お断りします!」

 

歯を力いっぱい噛みしめる。

 

そうでもしないと力が抜けて涙があふれそうだ。

 

驚いたような空気が伝わってくる。

 

「そ、そのうえで、俺から言います。お、おれとわ、わかれてくだ、さい。ほかに、すきなひとができました…」

 

泣くなって…

 

どこまで自分勝手なんだよお前

 

最低じゃねーか

 

戸田さんは小さくため息をついて、そのまま小さくわらって、

 

「私と別れたこと後悔させてやるw」

 

そう言って。

 

もう戸田さんの方すら見れずくしゃくしゃに顔を俯かせて泣いている俺を、責めもせずただ立ち尽くしていた。

 

「…泣き止んだ?」

 

5分か10分か。

 

時間感覚があいまいになる位には泣いた。

 

「…すみません、最後までみっともなくて…」

 

「全くだよwあーあ、フラれちゃった。

 

二股掛けられたからには私からフッてやるつもりだったのにw」

 

何とも言えない表情になる。

 

「あーあー、ひどい顔w」

 

「…元からですよw」

 

笑った拍子にまた涙が筋を作ったのがわかった。

 

「しかしアレだね。二股男はドラマとかだとビンタで終わるよね!」

 

「…俺に拒む権利はないんでご自由にどうぞ…」

 

軽く屈んで顔だけ少し前に出す。

 

「じゃあ思いっきり…!」

 

清々しい声とともに思い切り振りかぶる戸田さん。

 

反射的に目を瞑る。

 

と、

 

優しく、

 

本当に優しく、両頬を掴まえられて、そのまま唇が何かで塞がれる。

 

「んー!?」

 

予想外すぎてテンパる俺。

 

眼を見開けば整った戸田さんの顔が間近にある。

 

「…ぷは!ふー!」

 

1、2分は続いたであろうそれが終わる。

 

「い、一体何考えてるんですか!?仮にも自分を振った相手ですよ!?」

 

しかも数分前に!

 

「ごめんね。これで最後だから・・・

 

それに、こんなに情熱的なら彼女とキスするたびに私の事思い出してくれるでしょ?w」

 

どこまで本気か分からない顔でそんなことをいう戸田さん。

 

「じゃぁね…」

 

引き留めようもなく、引き留めるわけにもいかず戸田さんは行ってしまった。

 

未だに残る唇の感触が消えるときなんてそうこないだろうと思う。

 

厄介なことをされたと頭を掻いてスマホで時間を確認する。

 

白石に伝えなきゃいけないことがある。

 

そんなことを思ってすぐに電源を落とす。

 

黒くなったディスプレイに映る俺は心なしか柔らかい表情だった。

 

今思えばよくもまぁ考えもなしに動けたものだと思う。

 

電車に乗るのも時間が惜しい気がして休日ぐらいしか動かしていないポンコツのスーパーカブを引っ張り出す。

 

走って行こうかとか思ったけど流石にそんな体力はないだろう。

 

アホだなぁ、青春になりゃしない。

 

今後はちゃんと運動しとこう。

 

そんなことを考えながら都心をボロバイクでぶっ飛ばす。

 

案の定というか白石は駅にいなかった。

 

まぁ当然なのだが。

 

白石はいないかと頭を振ってみるが見当たらない。

 

このご時世に連絡先が分からないことの何たる不便なことか。

 

…連絡先?

 

思い返してみる。

 

そういや白石は一度も連絡先を変えたという話はしていなかった。

 

繋がらなかったらそれはそれ。

 

ダメもとで電話番号から白石に電話を掛ける。

 

コールの回数は10を超えた。

 

番号を変えた可能性の方が高いだろうと耳元からケータイを話し通話終了のボタンを押そうとして、

 

その瞬間に相手が出た。

 

『白石!?』

 

「お、にいさん?」

 

鼻がつまった様な声。

 

泣いてたのかな。

 

胸が痛んだ。

 

理由は俺の事じゃないのかも知れないけど、それでも胸が痛んだ。

 

「今どこ!?家か!?」

 

『う、うん。』

 

しゃくりあげながらも俺の問いに答える。

 

「引っ越してないよな!?」

 

『うん…何?』

 

「今から行く!」

 

一方的に言って通話を切る。

 

白石の抗議の声が電話口から微かに聞こえたが知ったこっちゃない。

 

あいつが勝手に俺に自分の気持ちなんぞ言ってきたのが悪いのだ。

 

俺だって勝手にさせてもらう。

 

駅から走り出して約2分。

 

たどり着いたのは学生の頃一度だけ来た白石の住むマンションだった。

 

再度電話を掛け直す。

 

『…お兄さん?』

 

「来たけど、出てこれるか?」

 

返事はなかったがパタパタと歩く音の後にエレベーターのアナウンス音声が聞こえて来た。

 

白石がエントランスから出てきた。

 

「お兄さん!?どうしたの!?」

 

驚く白石。

 

そりゃそうだ。

 

電話してから数分で自分の家に来られては俺だって驚く。

 

言いたいことは色々あった。

 

それでもそれらは全部飲み込んで、代わりに白石にヘルメットを投げる。

 

「うわ!?な!?え!?」

 

「ドライブいこ。家で泣いてるより良いだろ?」

 

「な!泣いてないし!?」

 

意地っ張りなところは変わらないか。

 

そうだな。

 

人なんてそう簡単にコロコロ変わんないよな。

 

クスリと笑って見せると自分を笑われたと思ったらしい白石が抗議してきたが何とかかんとか言いくるめて白石と夜のドライブに向かった。

 

「お兄さんさ、今更だけどいいの?彼女さんは?」

 

信号待ちの時に白石が俺に声をかけてきた。

 

「んー?あー、ちょうど一時間くらい前かな?先に俺がフラれて逆に俺がフリ返した。」

 

「ん!?え?は?」

 

理解が追いつかないようで疑問符を大量に浮かべる白石だったが赤信号が青に変わる。

 

「舌噛むから運転中は喋んなよ?」

 

そう言って返答を待たずに発車する。

 

その後に何度停車しても白石は俺に声をかけてくることはなかった。

 

行き場もなくバイクを走らせていたが、

 

少ししてから目的地を思いついたのでそこについたのは深夜に大分近い時間だった。

 

夜の闇の中から潮騒が聞こえる。

 

いつの日か二人で来た海は昼とは違った魅力が出ていて美しかった。

 

バイクのエンジンを切ってヘルメットを外す。

 

メットを取るのに苦労している白石のを笑いながらとってやる。

 

「…こんなところまで来てどうするの?」

 

「ん?散歩に意味合いを求めるのか?w」

 

そう言って先立って歩き出すと白石は若干迷った様な顔をして数歩後をついてきた。

 

「…さっき言ってたことって…」

 

「ああ、フラれての話か?まぁそんなこともあるだろw」

 

「そんなことって!」

 

白石が俺の前に出て声を荒らげる。

 

「良くないって!そんなの!綺麗でいい人そうで!大人っぽくて!それから…それから!」

 

「うん、全部その通りだな。」

 

「ほら!今からでも謝ってきたほうがいいって!」

 

おまけに献身的で俺をよく見てるときた。

 

あんな人そういないだろうな。

 

それでも、

 

そのうえでも、

 

「お前が一番好きなんだよ。白石。」

 

口から出た言葉は緊張することもなく零れるようだった。

 

息をのむような空気と、そのあとに少し白石が口の中で小さく呻くような声を出したのが聞こえた。

 

「もう一回、付き合ってください。」

 

「お、お兄さん…だ、ダメだよ!だって私の勝手で終わらせたのに・・・

 

お兄さん今の彼女さんの方が絶対いいよ…」

 

「でも、好きだ。白石の事。」

 

理由なんて、これ以外必要ない。

 

小難しい事なんて後で全部処理してやる。

 

今一番伝えたいことは、伝えなきゃいけないことはこれなんだ。

 

「そんな、だって…でも…あ、ぅ」

 

数年前から何も変わっちゃいない。

 

とても単純なのだ。

 

一番大事で、大切で、幸せにしたい女の子はやっぱり目の前にいる白石なのだ。

 

「また」

 

「ん?」

 

「また、私の勝手で突き放しちゃうかもしれないのに?私よりお似合いの彼女がいるのに?

 

私、わたしが…またきずつけちゃうかも…」

 

ほとんど光がない海岸。

 

月明りが映す白石の顔に涙の跡が残る。

 

それでも、

 

「好きなんだ。白石が。」

 

「う、うぅ…」

 

すすり泣く白石が泣き止むまでひたすら耐える。

 

「落ち着いたか?」

 

「…うん…ごめん…」

 

泣き声が収まってきてから数分。

 

落ち着いてきた白石に声をかけた。

 

「気にすんな。今更だ。」

 

「…ふふ」

 

小さく二人で笑いあう。

 

「…お兄さん。」

 

「ん?」

 

「私からも言うね…大好きです。私と、もう一度付き合ってください。」

 

そう来るとは思っていなくて驚いて、次の挙動が遅れた。

 

白石が抱き着いてくる。

 

「!?ちょ!?おいって!」

 

慌てて離れようとするが白石はなおも離れようとしない。

 

「さてはお前…まだ泣いてる?」

 

「~~~~ッ!!」

 

顔を見られたくないのだろう。

 

今更過ぎる気がするが。

 

本当に意地っ張りな奴だ。

 

そんな時にふと思い出す。

 

「白石さ、俺が東京から帰る時に指切りしたよな?」

 

白石が俺の胸の中で無言で頷く。

 

「破った時に何するか決めてなかったから今決めていいか?」

 

再び頷く。

 

何にしようかと考えて、2秒で決めた。

 

悩んだところで仕方ない。

 

白石の肩を掴んで俺の胸から剥がす。

 

「?」

 

声も出さないで俺を見る白石は困惑したような顔をしている。

 

「…避けるなよ?w」

 

白石に顔を近づける。

 

白石はほとんど拒まなかった。

 

軽く触れ合うとすぐに離れる。

 

「…キザすぎw」

 

「ああ、流石に思ったw」

 

半泣きのまま俺を見て白石は笑う。

 

こんなに嬉しそうに笑う白石を久しぶりに見た。

 

出来ればこれからもずっと見ていたいと思う、そんな笑顔だった。

 

帰り道は行きの時よりも速度を落として走った。

 

袖口に掴まる白石の手が、背中に伝わる白石の感触が、その全てがどこか懐かしくて新鮮だった。

 

その感触を少しでも感じていたかった。

 

上機嫌な鼻歌が背後から聞こえる。

 

どこかで聞いたことがあるフレーズに気づいてはいたが曲名を思い出すのに時間がかかった。

 

DREAMS COME TRUEの「未来予想図Ⅱ」だとちょうど気づいた時にヘルメットが五回ぶつかった。

 

信号で止まった時に

 

「愛してるって?w」と聞くと「『ありがとう』だよw」なんて笑われた。

 

白石をマンションの前で下ろして、何となく名残惜しかったけど微妙に赤い顔を二人ともそれ以上そうしていられなくて俺が帰るというと白石がこちらを何とも言え無い目で見てきた。

 

半笑いでそれにこたえて曲がり角の少し手前で一時停止し後ろを振り返るとまだこちらを見ている白石が見えた。

 

それを見てまた少し笑って、

 

左折するときに五回ブレーキランプを点滅させた。

 

『こちらこそ』だったけど上手く伝わったのかな。

 

ま、たとえそれがちゃんと伝わらなくてもいいんだ。

 

だって結局、愛してるってのが伝わればいいんだから。

 

さて、長々とこんなに話したがこれにはちょっとした理由がある。

 

実はこの話をしたのは昨日がちょうど俺と白石が復縁した日なのだ。

 

そんな感じで白石とまた付き合いだしたわけだけど実はこれらは3年前の話。

 

最近の話を少しして、長かったこの話の〆にしようと思う。

 

戸田さんによくないと思って会社を辞めて、転職先は給料が少し下がったけど土日祝日はきっちり休ませてくれるからありがたい。

 

お陰で週末は狭いキッチンで二人で料理を作って、食べて、

 

何もなくただ家で本読んだりDVD見たりゲームしたりギターいじったりしてのんびりする。

 

最近も休日の時間のある時はだいたいこうしている。

 

たまには出かけたりもするがどうしても俺も白石もどこかしらで東京は住みにくく感じている。

 

人が多すぎるからだろう。

 

その反動で休日は引きこもりがちになる。

 

「お兄さんさ、今日何の日か分かる?」

 

「誕生日、は違うな、うわ、やべぇ、何の日だ?」

 

白石の家でいつものようにだらだらしていると不意にこんなことを言われた。

 

無論分かっちゃいるがにやけそうになる顔をグッと抑える。

 

「お兄さんに分かるかなぁw」

 

「んー…ダメだ!分からん!教えてくれ!」

 

「えー?どうしよっかな?w」

 

「いいじゃん。てか白石から言ったんだし。」

 

「ふふ。実はね…今日で付き合い始めて2年目なんだよ!」

 

「あ!?マジで!?」

 

今気づいたかのようにカレンダーを見てみる。

 

今日は九月十日。

 

確かに白石と復縁して2年目になっていた。

 

「マジマジ。いやー早いねーもう2年だってw」

 

「そっか…じゃあそんな俺から白石さんにプレゼントでもしようかなwギター借りていい?」

 

「うん…え?え?え?」

 

カウンターパンチを喰らって慌てる白石。

 

白石はたぶん俺に対するサプライズのつもりだったのだろう。

 

だが生憎と俺は俺で用意周到にこの日を迎えているのだ!

 

「えー、こほん。ん、んん!今日は俺主催のリサイタルにご参加いただきありがとうございます!えー次で最後の曲となります…あれ?惜しむ声が聞こえないぞ?w」

 

「ええーーww」

 

先程まで何が何だか分かっていなかった白石だがすぐに俺のノリについてくる。

 

そこらへんは流石である。

 

「はい!じゃあ今日最後の曲はback numberの「花束」をお送りします!」

 

そう言って少しだけチューニングをするとこの日の為だけに練習してきた曲を弾き始める。

 

初めてこの曲を聞いた時、歌詞が優しすぎると思っていたがサビと二番がぴったりだと思ったんだ。

 

ここで聞いたことのない人のために一部分だけ抜粋。

 

・・・法律とか引っかかるのかな・・・?

 

まぁ書くんだが・・・

 

『何回だって何十回だって

 

謝るし感謝の言葉もきっと忘れないから

 

ごめんごめんありがとうごめんくらいのバランスになる危険性は少し高めだけど許してよ』

 

俺らにはぴったりの曲を、上手くなんかない俺が歌って、

 

歌い終わってから白石を見ると小さく笑いながら、微かに泣いていた。

 

話が少し飛んで半年程経った三月三十日

 

この日は本当にたまたま白石と予定が合って、

 

かつ二人とも休みの日だったので午後から会う白石のために朝一で色々な店に向かっていた。

 

午後になって白石が家につく。

 

「お邪魔しまーす。」

 

「おー。勝手にどうぞー。」

 

玄関から聞こえる声に居間から声だけで返す。

 

数秒後に居間に白石が入ってくる。

 

「?どしたのお兄さん後ろに両手かくして?」

 

そう。

 

ちょっとしたプレゼントの為に白石が来るのを待っていたのだ。

 

「白石さ、結構前にお前に歌った歌の名前覚えてる?」

 

「どしたの突然?『花束』だっけ?お兄さんこっそりとだいぶ練習してたみたいだよねw」

 

「お、覚えてたか。じゃあってわけじゃないけど、ほい、これ。」

 

背中に隠していたものを白石に向ける。

 

「…お花?」

 

「ん。花屋に聞いてみたら今日の誕生花あるって言ってたから。ローゼンタって言うらしい。」

 

花屋の言う花言葉を聞いてぴったりだと思って思わず笑ってしまった。

 

これは最後にでもいうと面白いかもしれないから皆調べないでくれるといいかもしれないw

 

そう、今日は白石の誕生日だ。

 

白石は驚いたらしく目を丸くして俺を見てから差し出された花束をおずおずと受け取った。

 

「じゃあもう一つ。」

 

「え!?まだあるの?」

 

「うん。白石さ、曲の歌詞覚えてる?」

 

「まぁ、全部じゃないけど…」

 

「あの曲はさ、二人が結局どうなったかは明確には書いてないんだ…でも、あの、えっと…つまり、これ…」

 

ここまで言った癖に勢いに乗って最後まで言い切れずにどもるあたりが俺らしくて笑える。

 

しまらないなぁと思いながらも白石の手を取ってその手にそっとそれを乗せる。

 

手のひらに載ってしまうくらいの小さな箱。

 

「え?え、え…え?」

 

混乱しっぱなしの白石を見て少しにやついてから箱を開けてみせる。

 

高かったなんて思ったけど、このくらいの甲斐性は示したいと思って、

 

結局テンプレ通り給料三か月分の値段になってしまった。

 

少し息を吸った。

 

初めてキスしたときを思い出すくらい緊張する。

 

「……好きです。俺と、結婚してください。」

 

力みすぎることもなく言えたと思った。

 

実際はかすれ声だったみたいだけどw

 

さてどんな反応をするかと不安と期待が七対三ぐらいで混ざった気持ちで白石をみていると・・・

 

「…ずるいよ…そんなの…」

 

「!?え、ちょ!?白石さん!?いや、泣くなって!?」

 

予想外の反応で泡を食う俺。

 

せめて驚くくらいだと思っていたが予想の上を行く反応に面食らう。

 

「こんなの…断れないじゃん…」

 

「え、んん!?」

 

ぶつかってくるくらいの勢いで俺に抱き着きそのまま唇を奪われる。

 

「OK、でいいの?w」

 

「・・・バカw」

 

離れてから白石の目尻の涙を指で払ってもう一度唇を重ねる。

 

全部を経験した今だから言える。

 

俺は、白石を好きになれて本当に良かった。

 

そんなことがあってから約半年。

 

俺らの関係に変化が起こりました。

 

昨日をもって俺は白石を白石と呼ばなくなりました。

 

…昨日から苗字が小島になったからです。

 

そう。

 

九月十日にしようかと二人で決めていたので昨日入籍しました。

 

二人して、

 

「これからは名前で呼ぶのか…」

 

と大したことがないはずの事が凄いハードルが高く感じられて困っていたりしますw

 

二人の関係を表す言葉が変わっても距離感とかそういったものはあまり変わらないみたいです。

 

さて、長々とここまで書いてきましたがこれには皆に読んでもらおうって言うよりも俺自身がここに投下することによって、

 

「今までこんなことがあったなぁ。大変だったなぁ、それでも今でも白石が大事だな」

 

そう再確認するためのものでした。

 

言い方は悪いけど皆にはついでに楽しんでもらった形です。

 

ここまで本当に色々なことがありました。

 

長くなりすぎると思って端折ったりした部分もありますから本当はもっとずっと色々葛藤していたりしていますし、

 

もしかしたら上手く書けて無かったんじゃないかと思う部分もあります。

 

今でもたまに「もう少し上手くできたんじゃないか」とか思ったりもします。

 

戸田さんを傷つけて俺が幸せになって良いのかとかも思います。

 

でも全部ひっくるめて、あえて言います。

 

俺は今、最高に幸せです。

 

時間は嫌でも過ぎていくけれどその中で多少なりと成長できたんじゃないかと思います。

 

これまでの全てがあったから俺はここにいると思います。

 

白石は夢に向かって歩いて、最近少しずつだけどプロとして活躍し始めました。

 

今回俺がこれを書いたのも彼女の様にもう一度夢を追いかけたいと思ったのも一因としてあります。

 

…落としどころが分からなくなりそうなのでキリのいいここで〆にしたいと思います。

 

最後に、出会った当初俺は白石と結婚すると何て思ってもいませんでした。

 

だから皆に、伊達が学生の頃に俺に言ってくれた言葉で終わりましょう。

 

『未来は可能性で出来てるんだぜ?w』

 

最後に、言っていなかったローゼンタの花言葉を言って本当に〆にします。

 

ローゼンタの花言葉は『変わらない思い』です。

 

 

 

 

引用元:
バイト帰りに出会った女子高生との数年間の話
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1473419208/

 


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